愛するより愛されたい
婚約者であるアーロンと金髪の女子生徒が裏庭で会話しているのを見て、私は前世の記憶を思い出した。
前世の私は少し裕福な家に生まれた一人娘だった。
両親は仕事人間でほとんど家におらず愛に飢えていた私は自分だけを愛してくれる存在が出てくる少女漫画や仲間との絆ものファンタジー小説、友情ものの学園ドラマなどにはまった。
そして高校生の時には何人もの男と関係を持った。
彼等に愛されてると本気で思っていた訳では無いが、たとえ身体目当てでも優しくしてもらうと愛されてると錯覚することは出来た。
それがバレて家を追い出された。
その頃には18歳だったので、20歳だと誤魔化してキャバクラで働き出した。
本物のキャバ嬢程の会話や所作などの技術はなかったが、私が働いていたのは枕営業当たり前の下品なちょっと違法っぽい店だったので、ある程度男に媚びる方法を知っている私は人気が出た。
そして、客の一人がストーカーになりホテルで無理心中。
これが私の前世だ。
思い出すきっかけになった二人は私が前世で読んだ漫画のヒロインとヒーローである。
そして、私はヒロインのクリスティアナに嫉妬し陥れようとする悪女のオーレリアだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー2年後
大好きな漫画のヒロインに転生出来たクリスティアナは機嫌がよかった。
アーロンと恋人になれたし何故かオーレリアからの嫌がらせもなかった。
悲劇のヒロインになれないのは嫌なのでアーロンにはオーレリアに虐められたと嘘をついたが。
それを信じたアーロンによって一週間後の卒業パーティでは婚約破棄と自分との婚約発表がある。
本当に虐められた訳では無いので証拠が用意できず地位の剥奪は無理だろうけど、そこは優しい自分が懇願して助けたとでも噂を流せばいい。
これで虐められたのに相手を許す慈悲深いヒロインの完成だ。
だが、その日学校に行くととんでもない噂が流れていた。
「オーレリア様が失踪したって本当ですの?」
「えぇ、それにシリル様も行方がわからないとか。」
「私はお二人が駆け落ちしたとお聞きしましたわ。」
「まぁ、そうなんですの?」
「えぇ、なんでも国境付近で見かけた方がいるそうで。」
なによ、これは。
「確か、お二人は幼い頃からのお知り合いとか。
それに、私、昼食を一緒に食べていらっしゃるのをお見かけしましたわ。」
「私は平日にお二人でお出かけなさるのを目撃したことがあります。
それに、お二人が思いあっているという話は何度も聞いたことがありますわ。」
「えぇ、ですがオーレリア様はアーロン様と婚約なさっていました。
シリル様はオーレリア様とは同格の公爵家のお生まれとはいえ三男であられますし、オーレリア様の婚約者のアーロン様は王族ですからお二人は幼い頃からの恋を秘めていらっしゃったそうよ。」
どういうこと。
「まぁ、素敵ね。」
「本当に。でも、あまり大きな声で言ってはいけませんわ。
アーロン様のお耳に入れば大変ですもの。」
こんなの、これじゃ、これじゃ。
「そうね、秘密にしましょう。
でも、心の中でお二人を応援しますわ。」
「私も心の中でお二人の幸せを祈りますわ。」
私は婚約者に捨てられた男の恋人ってことになるじゃない!
シリルが手紙から顔を上げる。
「ねぇ、オーレリア。
僕たちの駆け落ちはどうやら王都で話題になってるみたいだよ。」
「いいじゃない。本当の事だもの。
それに、私をバカにした女と馬鹿な男の思いどおりに行くなんて許せないわ。」
「そうだね。それに僕もオーレリアがあんな男を好きだなんて誤解されるのはいやだし。」
「あれからどうなったの?」
「卒業パーティであいつらは婚約を発表したみたい。
王様は認めてないみたいだけどね。
でも、オーレリアが虐めてたっていう話は誰も信じてなさそうだよ。
それに、そんな事実はないって生徒たちが証言してるんだって。
だからオーレリアに逃げられた腹いせとか、あの女と婚約するための嘘とか、あの女が嘘をついて取り入ったんだとか言われてるみたい。」
「そうなの。」
それを聞いて、私は満足した。
前世の記憶を思い出した時、私はアーロンへの恋心を失った。
元々も恋心というより執着に近かったと思う。
今世でも親の愛に飢えていた私は自分を愛してくれるはずの婚約者に執着していただけで、アーロンのことはどうでもよかった。
そして、アーロンが自分を愛することがないとわかった今、彼に興味はない。
そんな時に思い出した存在がシリルだ。
彼は漫画の中でオーレリアに心酔していた。その根本の感情はオーレリアへの恋心であった。
オーレリアの幸せを何よりも願っていて、オーレリアが悲しそうという理由だけでクリスティアナを排除しようとする。
さらに、オーレリアが婚約を破棄され泣いているのを見てクリスティアナだけでなく、王族であるアーロンまで殺そうとするのだ。
それから私は自分を愛してくれるシリルと一緒にいた。
お昼も毎日一緒に食べて、休日も共にいた。
そうしているうちに、私も彼のことが好きになった。
だから、彼と一緒になれる方法を考えていた。
そんな時にクリスティアナが転生者じゃないかと気付いた。
彼女はアーロンと一緒の時は私に対して怯えたような態度をとる。
さらに、私に何故自分を虐めないのかなんて頭のおかしい質問までしてきた。
何を言っているのかわからないという態度をとると、怒ってアーロンは自分のものだと叫んで去っていった。
それに、やたらと私を敵視してくるのだ。
それだけならいい。
アーロンならくれてやる。
だけど彼女は私を陥れようとした。
これでも前世は女の戦場で働いていた。
それなりにプライドも高い。
そして、考えたのだ。
アーロンとの婚約が無くなればシリルとの結婚は認めてもらえる可能性が高い。
でも、貴族なんて堅苦しい生活は私には向いていないしクリスティアナの思いどおりになるのは癪だ。
だったら、駆け落ちしてしまえばいいのでは?
そうすれば、自由が手に入る。
婚約を破棄されたのではなく私からアーロンを拒否したことになる。
不安なのは、駆け落ちしたあとの生活だ。
全部をシリルに打ち明ければ彼はとても喜んでくれて私まで嬉しくなった。
「駆け落ちしたあとの生活は任せて、在学中に何とかしてみせるから。」
そう言って、本当に何とかしてしまったのだ。
そうして、私たちはわざと目撃されたりして噂を流し、国境を越えた。
ごめんなさいね、クリスティアナ。
私、売られた喧嘩は買う主義なの。
今、私たちは遠い国で平民として暮らしている。
「ねぇ、オーレリア。
好きだよ、好き、大好き、愛してる。」
「私も好きよ。」
私もシリルが好きよ。大好き。
でもね、シリル。
私を選ばない男なんていらないわ。
だって愛するより愛されたいの。
だから、ずっと私を好きでいてね。
シリル視点の愛する君へを投稿しました。