Episode66 ある休日の出来事
66話です。
ここからまた新章が始まります。
強くなるためにはどうすればよいか。
最近、そんなことを考えてしまう。
そう思ってしまった理由が、俺にはあった。…なぜならば。
「あら。おはよう。徹」
「あ、ああ…おはよう」
「徹様!おはようございます!」
「お、おはよう」
「とーるくん!おはよう!」
「は、はあ。おはようございます」
彼女たちを守りたい。そう思うようになったからだ。
最近。この3人がぐいぐい来る。詩乃、エリーナ、リル。
…というのも、なんか彼女たちの間で見えない稲妻のようなものがバチバチと打ち合ってるような…。
「もー!とおるくん!敬語ナシって言ったでしょ?」
「あ、ああ。そうだった。ごめんごめん、なんか今までの癖が抜けなくて…」
「うふふ。そーだよね。今までとおるくんはワタシに対して“先輩”としての態度だったもんね」
そう言ってリルはすり寄ってくる。
…うん、なんかこうなるともはや役得なのでは、と開き直ろうとしてしまう。
「…楽しそうね?徹?」
し、詩乃さん?なんか怖いですよ。
……ちょっと待った。なんか“#”が頭についてるけど、もしかして怒ってます?
「いいえ?別に?」
あ、そうですか。
「…ていうか、心の声を読むのやめてもらえます?」
「せ、先輩方……朝から元気ですねー…」
俺たちがやいのやいの言っていると、よろよろとあかねちゃんが通路の奥から現れた。
「あかねさん?どうされました?体調がすぐれないのでしょうか…?」
「あう…。エリーナ先輩。すみません…ご心配おかけして…」
確かに、あかねちゃんにしては珍しい。
普段の彼女はほかのだれよりも元気な印象があったのだが、今はぐったりしている。
……あのあかねちゃんがぐったりするような要因…。
『…?む。やあ!少年!』
ゾクッ…!
「うっ…」
なんか寒気がしたぞ…。そういえば、あかねちゃん関連で最近誰かに会った気が…。
「たぶん、しのくん先輩が考えてる人は関係ないと思いますよ…」
そうなのか。お兄さんがいるって以前聞いた気がするから、あの人関連かと思ったんだが…。
「というか、本当に体調が悪そうね。無理はよくないわ。予定としては、今日の作戦はお休みしてもらった方がいいかしら…」
「…え。ちょっと待って。今日作戦があったのか?」
「そうよ」
「……聞いてないんだが」
「そう何度もあなたを現場に繰り出すわけにはいかないわ。…わかってる?あなたは本来の戦闘員じゃないのよ?」
言い方はきついが、詩乃は俺のことを心配してくれている。
今にも泣きそうな顔してるしな…。
「ああ、詩乃の言いたいことはわかってるよ。…でも、みんなを守るだけの力を得るためには経験が必要だと思うんだ」
「…ええ。そうね。それに関しても私の方で調整しているわ。これからのあなたの出撃をどうするかはお父さんと相談中よ。今は様子を見るべきだろうって」
悟さんも止めているのか。…じゃあ、文句を言うわけにはいかない。
「…うん、ごめん。心配してくれてありがとう、詩乃」
「べ、別に…」
ツンデレ属性はいまだ健在である。
「そーなると…とおるくんとあかねちゃんはせれなーどでお留守番?」
「そうなるな…」
…まあ、仕方ない。
最近は立て続けに新たな能力の発現が起こっている。一度落ち着いて休養を考えてみてもいいのかもしれない。
「今日は学院も休みだし、ゆっくりしてね!あかねちゃん」
リルがあかねちゃんに声をかける。
「うう…ありがとうございます。リル先輩」
「…変なことをすると、どうなるかわかってるでしょうね?」
詩乃がジト目で俺を見ながら言った。
「…なんで俺、こんなに信用無いんだろ」
…泣きたい。
「すみません……まさか、しのくん先輩にまで気を遣わせてしまうとは…」
結局、みんなが作戦に出撃した後で、俺が彼女の看病……とまではいかないが、何かあったときのためにそばについていることになった。
基本的には俺は何かあったときのために自分の部屋に待機。あかねちゃんは俺かセレナードの管理人である中村さんに連絡を入れるようにするという具合だ。
しかし、ただセレナードにいるだけ、というのも手持ち無沙汰になるので、お昼ごはんの時間になっていたことも相まって俺が卵粥をつくってあげた。
「さっきから謝ってばっかりだな。別に気にしなくていいのに」
ただ暇だからできることをやっただけだ。
「それでも一応、しのくん先輩は先輩方から告白されているわけで…私の部屋にいるといろいろとよくないと…」
「まあ……うん。そうなんだよな…」
あまり長居するとあとで詩乃たちにいろいろと勘繰られそうだ。
とにかく早く出ていくか。
「一人で食べれる?」
「う、うーん…少し厳しいかも……ですね。何となく腕に力が入らない、と言いますか…」
……まじか。
「じ、じゃあ…仕方ないな」
俺が食べさせるしか…
「いや待てよ」
中村さんなら……ん?
あれ、なんかSSDにメールが入ってる。
噂をすれば、何とやら。
“備品の買い出しに行ってきます。
思ったよりも切らしているものが多そうなので、今日は帰るのが遅くなりそうです。すみませんが二葉あかねさんのこと、どうかよろしくお願いします。
中村”
……おい!
「えっと……」
「…俺が食べるの手伝う」
「…お手数おかけします…」
これは言い訳できんな…。
「…ふぅ。ごちそうさまです…!」
思ったよりも彼女の食欲に問題はない。
どうやら食事はとれるようだ。ひとまず安心。
「ずいぶんよく食べてたな…」
「うーん。きっと栄養失調だったのかもしれませんねぇ?」
「そうなのか?なんでまた…」
もしかしてしっかり食べてないのか?
「えへへ…心配かけちゃってますね…」
むろん、心配ではある。
どんな事情があるのかわからないが、普段食事をとれない状況なんて普通じゃない。
「…なにか…あったのか?」
「しのくん先輩…」
以前の俺ならば、むやみに首を突っ込むべきじゃないだろう、とかそんな感じでスルーしていただろう。
しかし、今は違う。
エリーナは誰にも自分の出自や貴族の宿命について相談しなかった。
リルは俺に対する気持ちを押し殺したまま、自身の発情に悩むことになってしまった。
すべてがすべて、俺のせいじゃない。…でも、もし俺がそうなる前に気づけたなら。
…そう考えてしまう。
そんな後悔はしたくない。
「…まあ、私もいっぱしの女子高生ですからね!悩みもありますよ」
にっこりと笑ってごまかすように言うあかねちゃん。
このままでいいのだろうか。
そう思ったときには口が勝手に動いていた。
「あの3人に言ったんだ。“強くなる”って」
厳密には詩乃に言ったんだけど、エリーナとリルに対して言ったことも同じように強くなければできないことだ。
「後輩の女の子一人守れない男が、3人もの女の子を守れるわけ、ないだろう?」
それが、俺の嘘偽らざる気持ちだった。
「…………………ぷっ…」
…?
「あはははは!……なるほどなるほど!そういう感じですか!…いやー、ド定番ですね」
……ん。俺はいったい何の話をされているのだろうか。
「いえいえ、すみません。先輩方がしのくん先輩を好きになったのって結構ありきたりな理由なんだなーって思ってしまって…。あ、別に馬鹿にしているわけじゃないですよ?」
「そんなこと思ってないさ」
…それよりもありきたりな理由ってなんだ?
「…そうですね。じゃあ……話しちゃおうかな」
少しだけ困ったような様子でありながら。
どこかその表情は安心したような…ほっとしたような様子にも見えた。
次回、67話。
はい、というわけで今回からはあかねちゃんにフォーカスを当てます!