Episode22 いや、絶対ヤバいだろ、あの人
22話です。今回は短めです。
…まあ、そんなことがあって、翌日。
「…………」
俺はとんでもないものを見てしまった。
「なんだあれは…」
1階のロビー。俺は食堂に朝ご飯を食べようと向かっていたところだった。
そのロビーの受付に一人、見知らぬ男がいた。
「あれー?おっかしいな…?いつもならここに綺麗なおねーさんがいるんだが……俺の勘違いだったか…?」
一見すれば、普通の男だ。…だが。
「(な、なんだ…?あの筋肉)」
服を着ててもわかる、あのムキムキ具合。体幹から骨格筋まで、バキバキだ。
「…?む。やあ!少年!」
…と、その男はこちらを見てニコッと笑うと、真っ白な歯をのぞかせてキランッ!と輝かせる。
…いや、怪しすぎるだろ。
「ま、待て待て。決して怪しいものじゃない!…あ、そうだ!俺、このセレナードに住んでる子の兄貴なんだよ!…ほら、コレその子が4歳の時の写真だ!見ろ、天使だろう…?」
……いや、わかるかッ!んなもん!
つーか、名前言えッ!名前!…バカッ、そんなに近寄んじゃねえ!4歳児の女児の写真を持った筋肉ムキムキの男とか、どう考えても怪しすぎんだろうが!!
「あ!ちょっと!待って待って!マジで!余計なことはしねえから、これだけでもあかねに渡しておいてくれ!」
「…?あかね?」
あかねって……あのあかねちゃん…か?
「そうそれだ。俺の妹、二葉あかねだ」
「はあ…そうですか。って勝手に人の心読むのやめてくれません?」
レイアさんと言い、この人と言い、本当に人の心を読むのが好きな人多いな、この辺…。
…いや待て。そもそも人の心を読む力がデフォルトで備わってるとか、何それどんなチート?
「ははは。悪い悪い。…じゃあ、はい、コレ」
渡されたのは、何かのタブレットケースだ。こんな小さなものをわざわざ届けに来たのか…。
「…じゃ、今日は帰るよ。妹によろしくな、少年」
「…と言われましても」
俺、あんたの名前知らないし。
「……あー。なる。そうか、自己紹介してなかったな。俺は二葉慶介だ。妹のあかねが世話になってる。…なんでも、活躍中だそうじゃないか、亜人間君?」
「…!」
この人、なんで俺のこと知って…!?
「じゃな」
そう言ってその人は立ち去ろうとするが、俺のことを知っている上に、あかねちゃんの関係者となれば不審者の可能性は低い(いや、まあさっきまでは本気でヤバい人だと思ってたけど)。
一度、ロビーの受付の方に振り返るが、受付の裏の部屋の電気がついていない。たぶん中村さんは不在だろう。
連絡先を聞こうと思い、もう一度あかねちゃんのお兄さんの方に振り返る。
ここまで大体2秒かからないかくらいだったのだが。
「あ、あれ…?」
その場には誰もいなかった。
「……はあ、全くお兄ってば…」
そう言ってため息を吐くのはあかねちゃんだ。
あれからお兄さん(?)がいなくなってしまったので、仕方なく託されたものをあかねちゃん本人に渡そうとして、彼女を探していた。
すると、ちょうどあかねちゃんが部屋から出てきたから、そのまま渡して事情を説明した。
そして現在に至る。
「ああいうところあるんですよねー…うちの兄貴って」
「な、なんか、自由な人だな」
個性的ではあるが、悪い人ではない……気がする。
「うーん。でも、結構変な人じゃないですか?」
「うん。こう言っちゃ失礼だけど、君の4歳の時の写真とか見せられた」
「げっ…!マジですか。あの人、まだあんなものを持ってたの…?」
げんなりするあかねちゃん。お兄さんに関して相当苦労してそうだ。
「とりあえずありがとうございます。あんな変な兄ですが、今後ともよろしくお願いします。…まあ、大体最初に遭う人は精神的なダメージを受けることが多いので、しのくん先輩もお気をつけて」
「………」
…すでに遅いかもしれない。
「ん…?」
あかねちゃんがロビーの受付を去り、俺が食堂に入った時だった。
「…あら。奇遇ね」
トレーを持った詩乃がいた。
「お前も朝飯か…?」
「うん、そうよ。あなたも……早起きね」
「ちょっと素振りを…ね」
俺の武器は刀だ。悟さんに勧められてから、俺は木刀を持って毎朝素振りをすることにした。
朝に運動することは健康にいいし、何より武器の扱いに慣れておいた方がいい。そう思った俺は、自主的に習慣づけることにした。
「精が出るわね」
そう言って、積まれているトレーの一番上のトレーをこちらに渡してくる。
「ああ、サンキュ」
受け取り、二人してメニュー前にならんだ。
この食堂は、券売機などではなく、受け取り口兼注文口となっている。メニューは上の壁に貼られており、そこから選んで調理師さんに注文する。
…ちなみにここの代金は寮経営の維持費として落とされているようだ。さすがはセイバーズ。
「そう言えば…」
なんとなく俺は思い出したことを詩乃に聞いてみることにした。
「詩乃って念力使えなかったか…?」
「えっ…?」
俺の質問が予想外のことだったのか、詩乃は驚いた顔を俺に向けた。
「え、ええ…。そうだけど…」
「ああ…いや。実は、ちょっと疑問だったんだよ。この間の朔の戦いのとき、なんで念力戦わなかったのかなって」
俺がそう聞くと。
「…私ね、能力を発揮するためには……人間の血がいるの」
そう言う詩乃の表情はどこか曇っていた。
…しまった。触れてはいけない話だったか…?
「あなたの検査をしたときは、検査するつもりだったから、人工血液を飲んでいたの」
「人工血液…」
そう言えば昔、悦子さんから聞いたことがあるな。
むやみに人間の血液を吸血することがないように作られたんだったか。
「どうしてもね……実践の時はすくんでしまうの…。戦うってなると……」
そう言って、少しだけうなだれる詩乃。
「…いや、すまん。変なことを聞いたな」
何か事情があるのかもしれない。
「要は、使えるのは使えるが、朔の時は使えなかった事情があるんだな?」
「…ええ。任務のようなときは、私は戦闘に参加できない。…そう思ってくれて構わないわ」
その時、詩乃の綺麗な瞳が憂いを帯びた気がした。
「……ああ!腹減った!そういやさ、聞いてくれよ。さっき玄関に変な人がいてさ…」
無理やりにでも話の方向を変える。
「え…?あかねのお兄さん…?」
詩乃は俺の話に食いついてきてくれた。
「ああ、そうなんだよ。びっくりしたぜ。あかねちゃんにあんな変わり者の兄貴がいたなんてさ」
「ああ…そうね。彼はすごく変わっているわ。…二葉慶介。二葉流の正当な後継者だと聞いてるわ」
「ふうん………へっ?」
二葉…流…?
「ああ、そうか。あなたは知らないのね。二葉家は由緒正しき武道家の血筋よ」
「え…そうだったのか」
それを聞いて、俺は思った。
「あれ、じゃああかねちゃんもそうなのか?」
俺がそう聞くと。
「まあ…ね。あの子にもいろいろあるのよ」
そう言ってごまかす詩乃。…うん。なんかセレナードのみんなはいろいろ抱えている人が多いな。
…ま、俺はそれでも。
「そっか。……俺、カツカレーにしよ」
本人が相談するまで詳しいことは聞かない。
今の俺には、彼女たちの深い部分に立ち入る権限はない。
そんなシリアスなことを考えながら俺はメニュー内容を調理師さんに伝える。
「…で、ずっと思ってたんだけど」
そんな中、ふと詩乃がそう切り出す。
「ん?なんだ?」
「…その服、前後逆じゃない?」
俺のトレーナーを指してそう言ったのだった。
「…………気づいた時に言ってほしかったな」
……恥っっず!!
あまりの恥ずかしさに悶える中、指摘された俺を見て、手の空いている調理師さんがクスクスと笑いをこらえていた。
次回、23話。
気づかれたでしょうか。…そうなんですよ、朔と詩乃の能力が被っちゃったんですよ!(泣)
…というわけで、今回はその辺のとりあえずの処置みたいな感じになりました…。