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第十一話:fairy tail(後)~聖槍~

折を見て前編と結合する予定です。

 ここへ来てからどれ位の時間が経ったのだろう。

 体はすっかり冷え切っており、吐いた息が白い靄となって空中へ溶けて行く。

 どれだけいようと名残が尽きることはない。

 だからといっていつまでもこの場に留まる訳にもいかなかった。

 相変わらずロクでもない世界だが、時間だけは終焉を齎そうと努めているのだから。


 いつか死という安らぎに抱かれることが決まっているとしても、空っぽのまま歩くには人の一生は長過ぎた。光……俺にとっての光は————


 「また来るよ」


 そう二見に言い残して俺は膝についた埃を払う。そして立ち上がろうとするが、足が痺れて上手くいかなかった。

 感覚の無さからすると、ゆうに一時間は同じ体勢でいたようだ。

 (このままこの場所で墓守として一生を終えるのも良いかもしれないな)

 ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。

 二見の眠りを妨げようとする者を排除し、孤独な夢から彼女を守り続ける。そしていつの日か老いさらばえた俺は彼女の傍らで息絶える。

 それはとても甘美な誘惑だった。

 きっとそれだけで俺の存在意義は満たされるに違いない。一条さえ共にいてくれたならば。


 だがそんなのは単なる俺の自己満足でしかないのだ。

 俺やナーサリアが死んだずっと先の未来で彼女が目を覚ましたとしたらどうする?

 二見が俺と同じ、いや、それ以上の孤独を味わうことになるんだぞ!?

 安易な道を選んで束の間の幸福に溺れてはならない。


 ぎこちない足取りで部屋を出ると、件の神父が声をかけてきた。


 「本日の祈りは済みましたかな?」


 全く気配を感じなかったのだが、もしかしたら俺のことをずっと待っていてくれたのかもしれない。もちろんただ監視していた可能性もあるが。

 どちらにせよ笑えるではないか。祈りなど、今の俺から最も縁遠い行為であるというのに。

 祈願といえば聞こえは良いが、それはただ体の良い他力本願なのだ。心の底からの悲願だというのなら、他人の手に委ねるべきではない。

 なら祈りとは


 「一体誰に向ければ良いのでしょうか」


 普通の聖職者であれば神だと答えるのだろう。

 だが、あの運命の夜にこの男は神の有無に囚われないと断言した。

 そんなリベラルな考えを持ったゴードンの意見が気にならないと言えば嘘になる。


 俺の呟きを聞いたゴードンは、黙考の末「人間だけが神を持つ、確かそうでしたな?」と、始業式での俺の台詞を引用した。


 「ゴードンはさんもあの場にいたのですね」

 「教会から派遣されているとはいえ、儂らも歴としたこの学園の職員ですからな。ミカミ殿のご高説を興味深く拝聴しておりました」

 

 そう言って笑う神父の姿は、俺の意見を好意的に受け止めているように見えた。

 だが俺はそれに自虐的な笑みで応じた。


 「無知蒙昧な輩が吐いた戯れ言ですよ。正直に言うと、あの場で必要とされていたのはアキト・ミカミが興味を持つに値する人間なのだと証明することでした。そのために些かの話術を弄して心ならずもの事まで言ってしまいました。まだまだ自分が未熟であると思い知らされます」


 そう言って肩を竦める。

 これ以上の詮索を避けるためであったのだが、ゴードンは知ってか知らずか更に踏み込んできた。


 「いやはやどうしてどうして、謙遜なさる必要などありませんぞ。ミカミ殿の言葉にはしかと血が通っておりました。あれは貴殿が生きる上で実際に感じてきたことです。それ位はこの老いぼれめにも分かります」


 見事言い当てられた訳だが、その事に対する喜びはない。むしろ俺を理解しようとする人間こそを警戒しなければならないのだ。


 「ところで、異邦人たるミカミ殿の考えられる神がどのような存在なのか、後学のためにも是非お聞かせ願いたい」


 聖職者らしい疑問を向けられて、今度は俺が考え込む番だった。

(始まりと終わりを司る存在、存在と不在の収束点に位置するアイコン、悲劇好きの観測者、言い方は幾らでもあるが、どういえば角が立たずに済む?)

 相応しい言葉を探しながら俺は口を開く。


 「そうですね……俺がいた世界では宗教が複数あり、それぞれが異なった神を崇めていました。ですから同じ国民でも信じる神が違っていたり、同じ神であっても属する宗派によっては性質を異にしているなんてこともあったと思います」


 俺の説明を聞いたゴードンは思案深げに唸った。

 俺は続ける。


 「神という記号は同じなのに、信者が立つ位置によって内容が変わって見えるということでしょう。その違いが弾圧を生むこともあれば、とある時代には戦争の火種になったりもしていました。それらを踏まえると俺の世界の神とは唯一天上に座す存在ではなく、各々の胸に宿る個人的な存在だと思えるのです」

 「己の内なる神を信奉せよと、そう仰りたいのですな?」


 俺は肯く。


 「そうなります。無神論者であればそれを『道』と言うでしょう。どちらにしても呼び名はあるのにそれが意味する内容は一定しない。中身の分からない箱を指して我々は『神』や『道』を説く。そんな不確かなものに自分や他人の命を賭けてしまうのが人間という不合理な生き物なのです」


 今度こそ本当に自嘲しながら俺は口を噤んだ。


 「見識ですな。ですが信徒たちに聞かせるには些か物騒な話でもありますな」


 あまりにも神妙な顔つきで奴が言うものだから、悪戯心に負けた俺は思わず言い返してしまった。


 「神の存在を問わないと言ったのはどこの誰でしたっけ?」


 これは一本取られましたとゴードンが笑う。

 一時ではあったが、俺たちの間に親密な空気が生まれた。赤子のように優しく扱えばこの親密さを長生きさせられるのかもしれない。しかし俺が失ったものを思うととてもではないが手を伸ばす気にはなれなかった。

 俺はこの世界で手に入れたいんじゃない。取り戻したいだけなのだ。

 

 ゴードンと一緒に地上を目指している間もずっと、俺の心は後ろを向いていた。

 実際に振り返ったとして誰がいる訳でもないが、それ故消えはしないのだ。未練も、そして痛みすら。

 (幻肢痛……というよりは幻視痛だな)

 生きるという苦痛から逃れるように口を開く。


 「結局人は、神という存在を通して自分自身に祈っているのではないでしょうか?」

 「……ほう」


 石造りの階段を一歩ずつ踏みしめながら俺は続けた。


 「神を信じるというのは——ゴードンさんの前で言うのは気後れしますが——自分を信じるための試みであるように俺には思えるのです」


 俺たちの間に沈黙の帳が下り、縦穴に二人分の足音が響き渡る。



 

 地上までもう少しという所で、ようやくゴードンが口を開いた。


 「人とはか弱く、それでいて弱さを理解できる唯一の生き物です。それを補うために信仰を利用したとしても、それが罪だと儂は思いません」

 「だから愚かしいのです。どんな人間にも弱さという罪がある。それは個々人が背負うべきものであって、誰かに肩代わりさせるものではないはずだ」

 「信仰ゆえ人は罪を逃れてしまうと、ミカミ殿はそのように考えているのですな?」


 俺は知っている。どれだけ崇高な思想や理念であっても、意志の弱い人間にとっては自己正当化の手段に成り下がるのだということを。


 「自分の弱さを認めることができるのは強い志を持った人です。そしてそんな人間はそもそも信仰自体を必要としない。信仰を言い訳にして弱さに甘んじてしまうのはいつだって弱者の方なのです。ならば確かに神は巣食っていると言えるでしょう。弱さや身勝手さとして」


 言葉が熱を帯びていくのが分かる。ずっと抱いてきた神への、そして神が統御する世界への怒りを俺はぶちまけようとしていた。

 たとえそれが今後俺の不利に働こうとも、誰かに向かって神の不誠実さを訴えずにはいられなかったのだ。

 俺が上げる気炎にも老齢の神父は穏やかな態度を崩さない。


 「ミカミ殿は神がお嫌いですかな?」

 「先ほども言いましたが、神が存在するとしたらそれは心の内にです。祈る者も叶える者も自分以外にありはしません」


 答えを聞いたゴードンは、足を止めて俺へと振り返った。

 とても静かな眼差しだったが俺には分かった。その瞳は底知れぬ深い寂寥を湛えていた。

 

 「儂にとっての祈りとはもっと細やかなものです。たとえば家族や友人が明日も幸せでいられるように願う事。これだって立派な祈りになり得ます」


 壁が発する仄かな光がゴードンの言葉に神秘的な色合いを加えた。

 だが既に、どのような神秘も入り込む余地がないほど三守秋途の幸福は決定され尽くしている。

 俺の世界はたった三人で完結しているのだ。それ以外は調和を乱す外敵でしかない。


 「そう思うのならば、自分の手で幸せにすれば良い。それをわざわざ気紛れな神の御手に委ねることそのものが自助努力を諦めている証左なのです」


 意外にもゴードンは、目を瞑り何度も肯いた。さもそんなことは自明の理とでも言わんばかりに。


 「あるいはミカミ殿の仰る通りかもしれません。ですが祈りとは、最後に人が行き着く境地でもあるのです。それを否定することは誰にもできません」


 悔しいことに、奴の言葉には逆らい難い重みがあった。

 ゴードンは俺の言葉に血が通っていると評したが、俺のが今わの際の遺言だとすれば奴のは死者が発した冷たさを持っていた。

 (俺以上の絶望をこいつが抱いているとでもいうのか!?)

 そんなことを許せる訳がなかった。

 次にどのような言葉が発せられるかと身構えていたが、奴の話は予想外の方向へ転がった。


 「ミカミ殿はオオカミになった少年という話を御存知ですかな?」

 「オオカミになた少年……ですか?」


 咄嗟のことの俺は戸惑う。

 どうして奴がそのような話を持ち出すのかも不明ならば、それが元の世界のオオカミ少年とどう違うのかも分からなかったからだ


 「もともとは神話の一節なのですが、今では子供向けの訓話に用いられるほど人口に膾炙したものとなりました。よろしければお聞かせしましょう」


 神父は静かに語り出した。




  とある村に善良な羊飼いの少年がおりました。

  身寄りは既にいませんが、大層誠実な彼は村人全員に好かれています。また少年の方も村人たちを家族同然に愛しておりました。

  そんなある日です。彼は夢の中で神からのお告げを受けました。

  何でも近々、狼の群れが村を襲うというのです。

  驚いた少年は起きるや否や、村中にお告げの内容を伝えて回ります。

  村人たちはただちに狼の襲撃に備えましたが、待てど暮らせど狼が現れる気配はありません。

  やがて村人たちは元の暮らしへと戻っていきます。雪の季節が近付いていたのです。

  それでも少年だけは毎日のように丘の上から村はずれを見張り続けました。

  最初はその姿を微笑ましく思っていた村人たちでしたが、羊の世話をしなくなった少年を責める声が徐々に聞こえ始めました。羊毛がとれなければ、村は雪の季節を越すことができないからです。

  村人たちは噂します。少年は仕事を怠けたくて自分たちに嘘を吐いたのではないかと。

  黒い疑惑は瞬く間に広がって、村人たちは少年への疑心と憎悪で満たされました。

  それでも少年は挫けません。この村での幸福な思い出があるからです。


  ある日の事。

  少年は羊たちが酷く怯えていることに気付きます。

  狼が近付いているのを知った少年はすぐさまその事を伝えましたが、もはや彼の言葉を信じる者は誰もいませんでした。


  その年最初の雪が降った朝。いつもの丘に少年の姿はありませんでした。

  おおかた居辛くなって出ていったのだろうと人々は考えました。

  しかし事実は違います。

  心優しい少年は、村人たちの代わりに自分が傷付く道を選んだのです。


  雪が地表に積もり始めた頃、酷い傷を負った少年が村に戻って来ました。とうとう狼がやって来たのです。

  慌てた村人たちが鋤や鍬を手に集まった時には、既に狼たちが村の柵を越えるところでした。

  少なくない犠牲を払いながらやっとのことで狼を追い払った村人たちは、広場に横たわる少年を複雑な表情で見守ります。

  少年は村を守れなかったことを詫びると、困ったように笑いながら息を引き取りました。


  人々は悔やみます。

  どうして少年の言葉にもっと耳を傾けなかったのかと。


  人々は恥じます。

  どうして少年の人柄をもっと信じてあげられなかったのかと。


  人々の悔恨と少年の献身が、天にいまします神の御心を動かします。

  死んでしまった村人と少年をオオカミへと生まれ変わらせたのです。

  そして心優しいオオカミたちは、今日も丘の上から人々の暮らしを見守り続けるのでした。


 

 朗々と紡がれてきた物語が幕を閉じた。


 「如何ですかな?」


 にこやかな顔で感想を求める神父であったが、その眼差しは妙に鋭かった。

 俺は密かに自分の心中を整理する。

 起承転結は明確で、訓話としての意図もはっきりしている。

 全体的に暗い雰囲気が漂うものの、最後に救いが用意されていることで聴衆へのカタルシスを期待できる。物語として十分な強度を保持しているといえるだろう。

 それなのに俺の中で真っ先に浮かんだのは、この話を素直に受け入れることができないという強い拒絶の感情だった。

 

 「随分と、救いようのない話なのですね」


 ゴードンは奇異なものを見るような目で俺の真意を確認しようとする。


 「救いがないのではなく?」

 「ええ、全く救いようがありません」

 「なぜそのように思われるのですかな?」


 違和感の正体を探りながら、俺は自分の感情を言葉に変換していく。


 「この物語に問題があるとすれば、それは誰を責めても解決に繋がらないということでしょう。最後まで他者を尊重して命を落とした少年、過酷な季節を生き延びるためにより現実的な選択をした村人、惨劇を防ぐために啓示を与えた神、そして生きるために村を襲った狼たち」


 誰も間違っていないのだ。

 ゴードンが語った物語は恐ろしいまでに理不尽リアルだった。


 「少年がもっと賢明な行動をとっていれば……村人がもっと少年の人間性を信じ、神がもっと正確な預言を行い、狼が他の犠牲を求めていれば、あるいは悲しい結末を避けられたのかもしれません。ですがそんなのは後世からの俯瞰に過ぎないのです。だから残された人々には反省と教訓を得る余地がある。犠牲という代償を土台として」


 俺の言葉にゴードンは複雑な表情を浮かべるも黙ったままだ。

 こちらを泳がせて仕留める機会を窺っているのか。はたまた俺から大事なものを奪ったことに対する罪悪感か。

 人より苦しんできたという確信が俺にはある。悲しいが俺はそういう種類の人間だ。

 それだけに考えさせられる機会は多かった。

 人より三倍考えた結果、十倍は苦しんだが悔いはない。

 なぜなら、人とは痛みからしか学ぶことのできない生き物であるからだ。

 反省や教訓といった未来への種子は、きっと後悔や悲劇という土壌の上にしか育たない。

 それにも関わらず、我々は未だ偉大なる先人の遥か後方に位置していた。


 「故に少年たちが救われてはいけなのです。人間が進化するためには、常に過去は悲劇で在り続ける必要がある」


 言の葉に漏れ出す僅かな激情。胸に刻まれた傷跡が熱を帯びていくのが分かる。

 そこで俺はようやく理解した。

 自分が喪失を中心に再構成されていることを。


 「確かにミカミ殿の仰るように全知全能から程遠い私たちは道に迷い易く、時には善意が瞳を曇らせることもあります。ですが、だからこそ正しい道徳みちのりの尊さを誰よりも知っている筈なのです」


 ゴードンが俺を見据える。


 「人が祈り続ける限り、憧れとの間に一筋の正しい道程を発見することができる。これが儂の希望なのです」


 老いぼれが知ったようにそう語る。

 こいつは知らないのだ。かつての俺が楽園に暮らしていたことを。

 そして追放された身であることを。


 「俺もかつてはあなたのように考えていました」


 二人を失うまでは。


 「ゴードンさんは天国への道が二つあることを御存知ですか?」

 「ほう、それは異世界の教えですかな?」

 「正確には俺の世界の聖人の言葉に由来しているそうです。大半の人間は万人に見える広い門を潜って天国へと至るが、実はごく限られた者しか見つけられない狭き門があるのだと」


 ゴードンの目がここではない何処かを見つめ、そして独り言のように呟いた。


 「当然、そこへと続く道は細く険しいのでしょうな……」


 驚くことに、奴は次の一節を言い当てたのだ。


 「……恐らくは。ですが自分の血を一滴も流さず天国に行こうなど虫の良い話ではありませんか。苦難に耐えるよすがになるというのなら、信仰にも価値が生まれるというもの」


 万人にとって都合の良い天国など存在しないのだ。そして狭き門は単身でしか通り抜けることができない。だから俺たちは離れ離れになった。

 しかし今では確信している。

 もう一度三人が揃うとしたらそれは狭き門の先であるということを。


 「貴殿が負われた傷は深いようだ。ですが人生の先達としてこれだけは申し上げておく。傷付くことの身が狭き門へと至る手段ではありません!!」


 突如ゴードンから発せられる厳しい声。

 いつもの柔和な態度は鳴りを潜め、まるで空気そのものが質量を持ったかのような重圧がのしかかってきた。奴の迫力に思わずたたらを踏んでしまうが、俺の後ろにあるものを想えばこれ以上退きさがる訳にはいかない。

 仄かに光を発する壁が互いの沈黙に神秘的な色合いを加え、縦穴の底へと落ちていく。

 まるで井戸の底にいるような静寂と孤独。そして永劫性。不確かな概念が形を持ち始めようとしていた。

 

 「失礼しました。前途有望な若人に要らぬ世話を焼きたくなるのが年寄りの悲しい性なのです。ご容赦頂きたい」


 既にゴードンは普段の柔らかな雰囲気を取り戻している。そして俺に背を向け、地上への道を再び歩き出した。

 奴の意図を掴みきれない俺は黙って後に従うほかなかった。 

 




 気が付けば礼拝堂の正面扉にいた。

 日は既に沈み、堂内は赤々とした燈火の光に照らされている。この明かりの下、これより夜の礼拝が執り行わるのだ。

 一見すると敬虔なその儀式も、俺にしてみれば光に群がる羽虫の祈りでしかない。

 一寸の虫にも五分の魂というが、一寸の身に過ぎないからこそ希望に焦れ、そして焼かれることを希うのではなかろうか。卑小な己が身を恥じて。

 

 宗教問答のせいでどのように別れの言葉を切り出したら良いか迷っていた。

 そんな俺にゴードンは優しく語りかける。


 「決して自棄になってはいけません。幸いにしてミカミ殿はまだお若い。この先の様々な出会いが、きっと貴殿を癒してくれるでしょう。僭越ながらその一助となれるよう、我が姪ナーサリア共々祈っております」

 

 最後に神父は印を切る。


 「神の導きがあらんことを」


 



 夕日の中で燃え立っていた芝生も、今では魔光灯の明かりを濡れたように反射している。

 このまま進んで、進み続けた先に、犠牲に見合うほどのものがあるのだろうか。

 ゴードンは、この先に俺の傷を癒す出会いが待っていると言った。

 けれど、どこまで行っても俺のための場所など用意されていないのだ。そう思うと涙が出るほど悲しかった。

 なぜなら瞳を潤ませている涙の熱が、そして延々と滴り落ちる血の赤さこそが、今や二人と俺を繋ぐ絆であるからだ。

 この傷は決して癒されてはならない。二人との出会いがかけがえのないものであるのと同様、彼らを失った痛みすらも、三守秋途という存在の根底に組み込まれているのだから。

 これはもはや俺にとっての聖痕だ。

 もしもこの傷が消えるとすればそれは、存在するかも分からない未来においてではない。 

 

 die Wunde schliesst der Speer nur,der sie schlug.

(傷は傷付けた槍によってのみ癒されるのだ)


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