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理不尽な異世界にて

作者: 迷い猫

口内に溜まった血を地面に吐き出す。

幸い顔には傷はないが、先程まで蹴られていた脇腹が痛む。


しかし、そんなのどうでもいい。


「クソがっ!!」


チンピラに金を奪われた事実に耐えきれず、衝動的に横の壁を蹴る。

つま先が痛いだけだ。それすらも、自分がしたことというのに腹がたつ。


顔が憎々しげに歪んでいるのを自覚しながら、路地から出てどこへともなく歩き出す。

石畳に石造りの街並み。多種多様な種族が暮らしている。


この世界に来て3年くらい経つ。当初は異世界に来れたことに、それはもう大いに喜んだ。自由になれたと思った。

しかし、そう上手くはいかなかった。

力などなく、魔法も使えず、知識もない。そんな奴が、理想的な生活を異世界に転移して築けるだろうか。

答えは否だ。経験で知っている。一年もかかってようやく理解できた。

俺には何もない。何も持っていない。


それからは夢も理想も消え、日雇いのような仕事をしながら日々を過ごしている。

今日は街を守る外壁の改修作業を終えたところだった。なかなかに実りがいい仕事で、何もしなくても3日は過ごせる報酬をもらった。


それに浮かれ、気分上々で住処にしている貧民街の空き家に戻っていたのだ。そこで、三人組の男に襲われて金を奪われた。

最悪な気分だ。正に糞。

異世界の理不尽さは理解していたが、今日の出来事は極めて不快に感じる。

だが、奪い返すほどの力はない。黙って、唇を噛んで耐えるしかないのだ。


殺されなかっただけマシかもしれない、と自分に唱えながら現状を受け入れる。


「雨か......」


まるで自分の悲しみを代弁するかのように、真っ黒い雨雲から大雨が降りだした。

雨水が目に入ることも厭わず、ただ、静かに上空を眺め続ける。


雨は元々嫌いだった。しかし、異世界で生きていたらいつのまにか好きになっていた。

何故か。

綺麗だったからだ。その雫が、大地に降り注ぎ自然を潤していく様子が、とても澄んでいるように思えた。

それは、自分の心を落ち着かせてくれるもので、ごちゃごちゃとした何かを考えなくてすんだから。

だから、雨は嫌いじゃない。


しかし、こうもしていられない。このままでは風邪をひいてしまう。

雨にうたれながら何かに浸っていたい自分の脆さから心を引き戻す。

視線を前に戻すと、ボロボロの傘をさした少女が立っていた。


「ミーナ......、どうしたんだ?」


くすんだ青い髪に碧眼、中学生ほどに見える少女は黙って近づいてきて雨から身を守ってくれる。


「ユウトさんが濡れるといけないから」


頰を朱に染めてはにかむ。

この子は、異世界での生活に絶望していた頃拾った。雨に濡れ、泣いている姿からどうしても目を背けられなかったのだ。


「そうか......ありがとう」


ミーナから傘を受け取り、二人で歩き出す。


「他の奴に頼まなかったのか?」


ミーナを拾ってからどんどん仲間の孤児が増えていき、今では六人になっている。

責任もとってやれないくせに何をしているのかと自分でも思うけれど、でも、捨てきれなかったのだ。


偽善と言われるものなのかもしれない。


「私が届けたかったの」

「......そうか」


嬉しくて、どう反応すればいいのか分からなくて、視線を彷徨わせてしまう。

そして、金がないことをどう切り出せばいいのか悩む。


ミーナが突然立ち止まり、顔を覗き込んでくる。その無垢な瞳に、自分の無様さを言わなければならないと思うと、たじろぐ。


「なんで、悲しそうな顔してるの?」

「あ、いや、その......。お金、奪われちゃってな......。すまん。ほんと、情けない......」


恥ずかしさと申し訳なさで、顔をそらしてしまう。


ステップを踏む音が聞こえて前を見ると、未だ降り続ける雨の中にミーナが飛び出ていた。


「あっ、おい」

「私はね」


くるっと身を翻し、じっと目を合わせる。


「ユウトが無事なら、それでいいよ」


ミーナが、幼かったミーナが突然大人っぽくなったような気がして、そして、お金よりも自分のことを心配してくれることに泣きそうになる。


しかし、男のプライドがあった。

頭を振って誤魔化し、ミーナを雨から守る。


「......濡れたら風邪ひくぞ」

「ふふ、そうだね。でも、もうすぐ止むよ?」


その言葉とともにミーナは上空を見る。釣られて見上げると、黒い雲が通り過ぎていくところだった。

小雨も徐々に消えてゆき、雲の隙間から陽射しが差し込む。


綺麗だ。


「晴れてきたな......」

「うん。あとね、クリックとポムが骨董品売りつけて結構なお金稼いできたんだ」

「へぇ、どれくらい?」

「たぶん、一週間はいけると思う」

「おおっ、まじか。あいつらもやるようになったな」

「ふふっ、まじまじ。ふふふ、まじって面白い響き」

「ははは、そうだな」


雲が過ぎ去ってゆく空の下、二人寄り添って歩いてゆく。


異世界に来てあまり良いことはなかったけれど、でも、ミーナや他の子供たちを拾ったことは、きっと間違ってはいなかったと思う。


今はもう会えない両親につけてもらった優人という名前。それにこびりついた優しさのおかげで、俺は今生きていけているのだと、そう感じる。



異世界の理不尽さに咽び泣いてきた日々は、無駄ではなかった、のかもしれない。

まだまだ分からないことだらけで、不安は大きいけれど、誰かと一緒なら歩いていける。


水滴によって日が反射し輝いている美しい青髪を見ながら、そう、思った。

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