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無双がしたいっ!

 無双、圧倒、断トツ。

 そんな言葉に、人は皆誰しも憧れを抱いていると僕は思う。


 例えばクラスの中に運動も勉強もまったくダメなへっぽこ生徒がいたとして。

 突然クラスごと転移した異世界で、そいつがずば抜けたゲーム適性を生かして一人独走状態になったらどう思うだろうか。

 唖然とする周囲の眼。集まる羨望。

 その中心にいる当人は、今まで日の目を見なかった分、痺れるほどの優越感を得ることだろう。


 ただ平均より強いだけではつまらない。重要なのは圧倒する力、そして個性とギャップだ。

 初めから全ステータスが満遍なく強いキャラクターと、ステータス値はポンコツかつ固有技も「うわなにそのゴミスキルw」と周囲から嘲笑されたがそれを極めた末にチート級の技にまで成長させたキャラクター。

 後者の方が人気も出るだろうし、何より面白い。

 そしてこれは小説の話に限ったことではない。現実世界でも、学校では落ちこぼれだったが得意分野を突き詰めた結果、世界を震撼させた著名人はいくらでもいる。パイオニアとはむしろそういった人がなりやすい。


 要するに現実・創作に関わらず、能力の〝極振り〟というのは一種のロマンなのだ。

 ではこの僕、浅倉(あさくら)宗太(そうた)はどうなのかというと。


 勉強:中の上。

 運動:中の中。

 特技:なし。

 趣味:アニメ観賞。


 という今どきラノベでも珍しいほどの超絶ど平凡な能力値の持ち主なわけで。


 ……何でもいいから、僕も一つくらい特化した一芸を身に着けたいなぁ、なんて夢想しながら日々鍛練と試行錯誤を繰り返しているのです。



「ふーん。つまり浅倉君は他者を寄せつけない程の強力なアイデンティティに憧れているのね」

「まあ難しい言い方をすれば、そうなるかな」

「で、いま一心不乱に輪ゴムを飛ばし続けているのも、個性を極める鍛錬のひとつ?」

「そういうこ……とっ! よしっ、当たり! これで命中率は52分の39!」


 放課後。学校帰りの公園にて。

 僕が公園のベンチに立てた空き缶を指鉄砲で倒していると、同じクラスの四条大宮(しじょうおおみや)凛花(りんか)が声をかけてきた。

 そしてバカバカしいとばかりに溜息を吐く。


「……くだらない。何で輪ゴム鉄砲なのよ?」

「このくらいちっぽけな特技の方がいいんだよ。マイナー感あるし。競争相手が少なくて極めやすいってのもあるけど」

「そんなもんかしら?」

「そっ。やっぱ特技には意外性がなくちゃ! 友達から「おまえいつも目立たないクセに輪ゴム飛ばしだとバカみたいに強いな!」なんて言われたら誇らしいじゃん? クラスの輪ゴム飛ばし大会で、ぶっちぎり一位なんてとっちゃったりしてさぁ」 

「そもそもそんな大会、まず行われないと思うけど」

「そんなこと分からないだ、ろっと! よっしゃ! これで53分の40!」


 よしよし、だいぶ成功率があがってきたぞ……! 今日はなかなかいい調子だ。

 なんて、内心ほくそ笑んでいたときだ。

 四条大宮がぽつりとつぶやいた。


「……分からないわね」

「? なにが?」

「そんなことして何になるの? 普通に運動とか勉強を頑張った方が、はるかに実用的じゃない」


 彼女の言葉に、僕はぴたりと動きを止めた。


「あなたは平凡なんてつまらないというけど、できない人からしたら充分凄いことなのよ。ほら、私ってこう見えて運動オンチだし勉強も下の下でしょ? ……正直、あなたが羨ましいくらいよ」

「分かってないなぁ。確かに運動や勉強もできるに越したことはないけど、一芸に秀でることの方がよっぽど大事だと思うね。同じ小学生でも、平均的なモブキャラよりあやとりと射的がバカみたいにうまい某主人公の方がカッコいいじゃん」


 それに、と一拍おいて言う。


「……僕はキミの方がよっぽど羨ましいんだけど」

「浅倉君が? 私を?」

 とんでもないとばかりに首を振る四条大宮。

 どうやら自分のポテンシャルによほど自信がないようだ。


「冗談でしょ? 私みたいな不器用人間、一体どこがいいのよ?」

「……キミ、本気で言ってるの?」

「そりゃそうよ。勉強、スポーツ、音楽、芸術、何一つとっても優れた点なんて」

「じゃんけんしようぜ。ジャン、ケン」

「「ポン」」


 僕:グー。四条大宮:パー。

 四条大宮の勝ち。


「もう一回。ジャン、ケン」

「「ポン」」

 四条大宮の勝ち。


「ジャン、ケン、ポン、……ポン、……ポン!」

 四条大宮、5連勝。


「……これだよ」

「え?」

「これだよ。まさにこれだよ僕が羨ましいのは! 何でキミじゃんけんで一度も負けないのさ!」


 僕の反応に彼女はきょとんと眼を丸くした。まるで頭の良すぎる教師が「なんでこんな問題も解けないの?」と疑問を抱いたときのような表情で首をかしげる。


「何でって……相手の手の動きをよく見て、指が開く瞬間にこちらが勝てる手を出すだけだけど」

「どんな動体視力!? キミの前世は鷹か何かなの!?」

「あとは深層心理を考慮すればわかるでしょ? あなたはここぞという勝負どころでは大体グーを出す癖がある。第一奇襲を仕掛けてきた時点でチョキみたいに複雑な手は出しにくいはずよ。まあそこまで考えなくても、オーラで感じ取れば何となく分かるけど」

「天才かっ! キミはじゃんけんの申し子かっ!」

「大げさねぇ。別にジャンケンに必ず勝てるからって得することなんて」

「あるよ! てか普通に有用じゃん! 大型アイドルグループだったら毎年センター争いの大会で無双してファンにジャンケン神として崇められるよ!」

「いやアイドルで例えられても……」


 四条大宮本人にはいまいち凄さが伝わらなかったようだ。でも僕からすれば、これだって大いに胸を張れる立派な特技だと思う。

 うまく説明はできないけど、この「コイツが出てきたら負け確定」って周囲に思わせるほどの圧倒的強さ。これを僕は欲しているんだ。それはじゃんけんでなくても、どんなに小さくくだらないものでもいい。何か「コレ!」というピンポイントな得意ジャンルがあるだけで、自信が持てる気がするんだ。


「いいなあ四条大宮は……。僕も何か一芸が欲しいよ……」

「でも浅倉君だって、探せば一つくらい特技あるんじゃないの? 小学生の頃は負けなしだった遊びとか」

「小学生の頃かぁ…………あ!」

 僕は一つ、昔の特技を思い出すと、四条大宮に勝負をしかけた。


「ねぇ、キミって言葉遊びみたいなのって得意?」

「え? まあ、普通だと思うけど」

「じゃあさ、ちょっとしりとりやってみない?」


 にやり。僕はこころの中でほくそ笑んだ。

 これを極めれば、友達と旅先で「移動中ヒマだし、しりとりしようぜ?」と言われたときに無双ができる! そうすればその日から僕はちょっとしたヒーローだ。

 さて、では特訓前に、まずは四条大宮で小手調べといこう。


「しりとり? いいわよ別に」

「よし、それじゃしりとりの『り』からな。『リール』!」


 フフ、まんまとかかったな……。

 食らえっ、小学校で無敗伝説を築いた、伝家の宝刀『る』攻めをっ!


「る? えーと、『ルーズ』」

「『ズル』!」

「『ルームシューズ』」

「ず、ず…………ず?」


 あれ……? 『ず』で始まって『る』で終わる名詞って、意外とない……?


「……ず、『ずわいがに』っ!」

「『ニーズ』」

「ず……『頭痛』!」

「『渦』」

「ず!? ず…………『ズッキーニ』!」

「『日本地図』」

「ずぅっ!? ず……………………あっ! 『図』っ!」

「『ズームレンズ』」

「ずーーーーーーーーっっっっ!!」


 僕、撃沈! 四条大宮、圧勝!


「ちょ! 待って待ってズルくない!? ナシナシ! 『ず』攻めはナシっ!」

「先に『る』攻めを仕掛けてきたのはそっちでしょ?」

「そ、そりゃそうだけど……」


 にしても早い、早すぎるっ! 無敗伝説がたった数手で瞬殺されるなんて!


「そもそも『る』攻めって、私からすればそんなに怖くないのよねぇ」

「……へ? そうなの?」

「だって有名すぎるもの。事前に対策立てれば簡単に突破できるわ」


 そう言うと四条大宮はコホンと咳払いし、求めてもいない解説を勝手に始めた。


「確かに「『る』で終わる名詞」より「『る』から始まる名詞」は圧倒的に少ない。この比は全ひらがな中でも随一よ。でもそれだけじゃしりとりに強いとは言えないの。実際『る』で攻められても『ず』とか『う』で返し続ければ『る』攻めが続かなくなって容易に攻撃の手が止まるわ」

「へ、へぇ……」

「ちなみに固有名詞ありのルールの場合『い』で返すのもアリね。とりあえず『ルイ一世』から『ルイ十六世』まで順番に返していけば初心者でも『る』攻めは退けられるわ。それとも、あなたは『い』から始まって『る』で終わる名詞を16個以上言えるのかしら?」

「うぐっ……!」

「そういった意味でも、私は断然『ず』攻めを推すわ。これの良さは何と言ってもカウンターの受けにくさね。『る』攻めだと『ルール』『ルノワール』『ルーブル』『ルミノール』『ルシフェル』などなど返される危険が高いけど、『ず』攻めは『図』『ズームレンズ』の他数個程度とかなり少ないわ。相手がよほど対策をしてない限り返り討ちにあうことはまずないかと、」

「って、まって! これいつまで続くの!? ちょ、タンマタンマ!」

「そうそう他にも『り』攻めとか『ぷ』攻めとかあるけど、どれも一長一短だから注意が必要よ。あとは相手の語尾をうまく『は』に誘導してから『鼻血』の『ぢ』で速攻をかけるって手も、」

「だからタンマって言ってんでしょうがぁぁぁああああっ!」


 ゼェゼェ、と息を荒げてツッコむ僕。

 一方の四条大宮は、あれだけ語り倒したくせに真顔でいらっしゃる。


「強すぎでしょ! てか詳しすぎでしょ! しりとりをここまで極めた人見たことないよ!」

「……そうなの? 私、しりとりやるときはいつもこんな感じだけど」

「キミどんな小学生だったのさ! というか、それじゃまわりの友達とも勝負にならなかったでしょ?」

「んー、どうだろう。高校までずっと友達いなかったから分からないなぁ。あ、でも」

「でも?」


「ネットのしりとりスレじゃ一回も負けたことないかなぁ」


「それぇぇぇぇぇぇえええええええっ!!」

 思わず発した僕の絶叫に、四条大宮の肩がビクッと動く。


「それっ! それだよそれぇっ! 僕が欲しい能力はそれなんだよっ!!」

「え? な、なんで?」

「その圧倒的な特技っ! 相手はネット検索なんて超チートツールを使っているんだよ!? なのにそれでも他の追随を許さない程とびきりの一芸っ! それが僕も欲しいんだよっ!」

「わ、わかったわよ……。しりとりのコツなら教えてあげるから」

「いやダメだ。しりとりの第一人者は四条大宮。師弟関係になってもこの事実は揺るがない。もっとこう、別のジャンルを開拓しなくちゃ……」


 うーん……他に小学生の頃、得意だったもの……。

 …………あ、あれだ!


「ねえ、今度は手押し相撲やらない?」

「手押し相撲? 私できるかな?」

「やったことないの?」

「うん、相手いなかったから」


 つまり今度こそ彼女は素人ってことか。


「よし、じゃあやってみるか。ちょっと練習相手になってよ」

「いいけど、これも極めるまでやるの?」

「当然でしょ。まっ、初めは軽く行こうか」


 僕は地面に小さな土俵を描くと、中に入って両手を構えた。

 対面には四条大宮がスタンバイする。


「結構近いのね」

「そのうち慣れるよ。それじゃ、はっけよい、のこった!」


 ……。

 …………。

 ポン。

「あ」

 四条大宮の負け。


「……」

「も、もっかい!」


 ……。

 ぽん。


「あ」

 四条大宮、完敗。



「あぅ……こういうバランス系って、私ニガテ……」

「…………」


 弱すぎる。

 さっきまでの超人ぶりは何だったんだ?

 これじゃ練習にすらならないよ……。


「うーん、ダメだ。極められる気がしない」

「ご、ごめん……」

「いやキミは悪くないよ。でもそうだなぁ、もう少し実力が拮抗していた方が……」


 思考を巡らせてみる。

 何か、四条大宮が練習相手になり得るジャンルで、将来的に僕が極められそうなもの……。


「それじゃあ、かくれんぼは?」

「いいけど、私モノ探すの凄く下手だから、多分明日の朝まで終わらないわよ?」

「却下だな。じゃあ……ボードゲーム! オセロとか将棋とか」

「ごめんパス。昔おじいちゃんにボロボロに負けて、それっきりトラウマなの」

「あー……、じゃあいっそゲーセン行って格ゲーでも」

「この前素人の小学生相手に5秒で瞬殺されたわ」

「……もっかいじゃんけんしようぜ。ジャンケン」

「予言するわあなたはパーを出す、ポン」

「それぇぇぇぇぇぇえええええええっ!!」


 僕は手をパーの形で、再びの絶叫。

 そしてビクつく四条大宮。


「それっ! それだよそれぇっ! 僕が欲しい能力はそれなんだって!!」

「いやむしろ今のはほとんどがダメなエピソードじゃ、」

「ギャップだよ! 他に何やらせてもからっきしで、だからこそじゃんけんとしりとりの異常さが際立つんじゃないかぁぁああっ!!」

「……それって褒めてるの? 貶してるの?」

「褒めてんだよっ! マジで羨ましいんだよっ! うぅ、チクショウ……っ!」


 あまりの悔しさに膝をつき、地に拳を立てる。

 なぜだ……っ! なぜ四条大宮ばっかり……!

 やはり僕には、誰にも負けない一芸を身に着けることはできないのか?


 ()()()()()()()()()


「こうなったら……」


 僕は静かに立ち上がると、ベンチの方へと歩き出した。

 そしてポケットからスマホを取り出す。


「四条大宮」

「はい?」

「最終勝負だ。アニソンイントロ当てクイズっ!」


 ビシィッ! と、指を突きつけ宣言する僕。

 確か四条大宮もそれなりにアニメには精通していたはず。

 でも、僕ほどディープな趣味でないのは確認済みだ。

 ならここで負ける道理はないはずっ!


「曲は僕のスマホに入っているものをランダムで再生。より多く曲名を当てた方が勝ちだ」

「ちょっと、それじゃあなたが有利過ぎない?」

「そうだけど……もう背に腹は代えられない! 僕はどうしても圧勝がしたいんだよっ!」


 正直、さすがに僕もこのルールはズルいと思う。

 これはつまり「僕が知っている曲だけで勝負する」ってことなのだから。

 でも、逆にこれだけ条件を絞れば。

 この僕でも無双ができるはずだっ!


「よし、じゃあキミもこれを。こんなことがあろうかと、早押しボタンを用意してきたんだ」

「よくこんなことがあろうかと思えたわね……」


 僕は空き缶をどかし、ベンチの上にスマホを置くと、音楽プレイヤーアプリを起動した。

 その両脇に二人で腰かけ、早押しボタンを膝に置く。

 さあ……いざ尋常に、勝負っ!


「じゃあ、まず一曲目!」


 …………~♪

 ん? この曲は……わかった!


「(ピコン!)『原野の交差点』! 『サーベルアルト・オンライン』のOP(オープニング)だ!」

「えっ!? よ、よく分かったわね。私もこれ観てたのに……」

「まだまだっ! 次、二曲目っ!」


 …………~♪

 もらった!


「(ピコン!)『青空ドラマー』! 『ばけものフレンズ』の挿入歌!」

「挿入歌!? OPとEDだけじゃないの!?」

「もちろん。ちなみにアルバムには作中のBGMも入ってるから」

「ちょ! そんなの分かるわけないじゃない!」

「次、三曲目!」


 …………~♪

 お、きたきたっ!


「(ピコン!)『crazy』! 『魔法青年どぐら☆マグラ』のED(エンディング)!」

「うぅ……なんで……全然追いつけない……っ!」

 ああ、なんて気持ちいいんだ……! 

 この追随を許さない圧勝感っ! 僕が求めていたものはこれなんだ!

「よっしゃ、この調子で、四曲目っ!」


 ♪


「(ピコン!)『働き出したら完敗』。『異世界召喚されたと思ったらいきなり太陽の中だったのでとりあえず核融合します』の第七話、開始から18分3秒後に流れる戦闘シーンBGM」


 ……は?


「ちなみに同一メロディで『スーツ買った時点で負け確』って曲が第一話、第三話、第四話で流れるけどこっちはそのアレンジ版ね。曲が流れ始めて48秒後から1分22秒後にかけては特に重厚さが増したサビ部分で物語を爆発的に盛り上げる神曲よ。イントロで聞き分けるポイントは出だしがホ短調からロ短調に移調されている点と曲に入るまでの溜めが0.6秒長い点。まあ今回は溜めの時点で当ててしまったけど、もしサビまで流れたら主旋律がバイオリンかエレキギターかという凄く大きな違いがあるからすぐに分か――」

「ちょっとまてぇぇぇぇいぃっっっ!!」


 僕は立ち上がって叫んだ。叫ばずにはいられなかった。


「あ、ごめん……。好きなアニメが出てきたもんでつい……」

「好きってレベルじゃないよその知識! てかなんでコレ!? どマイナーアニメだよねこれ!? 僕もたまたま入れてただけで、ほとんど知らないのに!」

「何でって言われても、なんか一度見たらすっかりハマっちゃったのよ。グッズも公式のものは全部集めたし、アニメも50回以上繰り返し観たうえで考察wiki立ち上げてあれこれ議論してたら自然と曲も憶えちゃって」

「だからそれぇぇぇぇぇぇえええええええっ!!」


 三度の絶叫。そしてやっぱりビクつく四条大宮。


「なんでキミの能力はいちいち極端なのさ! 平均点はダメでも、極めるところは極めつくして……それは僕の理想形なんだってばぁぁぁぁああああっ!!」

「で、でも私が分かったのってこの曲だけよ? 数で言えば浅倉君の勝ちなわけで」

「負けだよっ! もう僕の中では完敗だよっ! チクショーーーーーーッ!」


 がくり、と膝をつく。

 かつてここまで敗北感を味わったことがあったろうか。

 ……やっぱり、ダメなのか? 僕はどんなに趣味や特技を極めても、平凡の域を越えられないのか……?

 結果、四条大宮を通じて僕が噛みしめたのは、自身の未熟さと、人間としてのつまらなさで――



 と、

「浅倉君は平凡なんかじゃないわよ」

「……え?」


 顔を上げると、四条大宮は笑顔だった。

 クスクスと、まるで自分だけがその答えを知っているかのように、笑っていて。

 僕は差し出された手を掴んで、立ち上がる。


「ちゃんと浅倉君にもあるわ。他の人に負けない美点」

「……それって?」

「もっとも、それは浅倉君が求めている能力ではないのかもしれないけど。他人と競い合って無双できるわけでもないし、個性といっても技術的なものでもないわ。ひょっとしたらあなた自身、自覚すらないかもしれない」

「……」

「でも他人より突出して優れているって意味では、あなたのそれも同じだわ。私にはそう見える」

「……なんだよそれ」

「さぁ? なにかしらね」


 それっきり、彼女が答えを口にすることはなかった。

 一体なんなんだ?

 僕の秀でた点? 

 もしそんなのがあれば、他の人と比べてすぐわかると思うのだけど。


 なんて考えていると、遠くの方から声が聞こえた。


「ん? あそこにいるの浅倉じゃね?」

「ホントだ。おーい浅倉―! なにやってんだー?」


 いけない、長くここに居過ぎたかな。

 どうやらクラスで雑談していた連中に追いつかれてしまったようだ。

 彼らの姿を確認すると、四条大宮はカバンを肩にかけ、


「じゃあ、私はそろそろ帰るわね」

「うん。ありがとね、いろいろ付き合ってくれて。結構楽しかったよ」

「それはよかった。じゃまた明日」


 軽く手を振ると、まっすぐ公園から出て行った。

 そしてすれ違うように二人の友人が入ってくる。


「よっ浅倉。なんだか随分と楽しそうだったじゃん」

「さっきの四条大宮だよな? 何話してたんだ?」

「それがさぁ、聞いてよ」


 僕は二人に事の顛末を話した。

 僕が圧倒的な能力値に憧れていること。

 その理想形を四条大宮が体現していること。

 それに僕が心底羨んでいることを。


「……ふーん、他の追随を許さない程の特徴、ねぇ」

「そうだ! 二人も何か思いつくものない? 僕が習得できそうな、他に類を見ない特技みたいなの」

「んなこと言われてもなぁ」


 そう言って、二人は互いに目を合わせると、

「「おまえ、もう持ってるじゃん」」

「……はい?」


 四条大宮と同じことを告げた。


「浅倉、気づいてないかもしれないが……四条大宮とまともに会話できるやつって、お前以外学校に誰ひとりいないんだよ」

「うん。……うん?」

「あいつ勉強も運動もできない問題児だけど、顔だけは美人じゃん? だからこれまでいろんな男が試しに声かけたんだけど」

「誰も相手にされない。おまけに無口で無愛想だから女子にも敬遠されてさ」

「そうそう。そんなあいつの心をあそこまで開かせるって、もはや特殊能力だぜ」


 二人の言葉が意外過ぎて、僕は固まってしまった。

 四条大宮と仲がいいのは……僕だけ……?

 それって…………。

 …………。


「で?」


「「……あ?」」

「で、なに? いや関係なくない? 四条大宮が僕としか喋らないからって何なの? というか話聞いてた? それで僕は一体どんな特技を身につけられるって言うのさ?」


「「……」」


「ねえちょっと何で黙ってるの? 何か知ってるなら僕に教え、痛ったぁ! なんで叩くの!? 何もしてないのに! そっちはそっちで「爆発しろ、爆発しろ」って小声で呟いてるし! なんか怖いよ! ってえ、二人ともどこ行くの? なんで僕を置いて帰るの? ちょ、ちょっと、待ってってばぁぁああっ!」


 僕には何が何だかさっぱり分からなかったけど。

 何故か僕を見る二人の眼が「鈍感度ならコイツが断トツだな」と告げていたような気がした。


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