81.夕飯。
有馬真一と桐谷千里と一緒に食べる夕飯は、とても賑やかなものとなった。幼馴染という存在は不思議なもので、数年離れていたとしても時の壁をいとも簡単に無くしてしまう。
だが、確実に変わったところもある。身長と……。
「全然会って無かったのに、同じ制服を着た人達の中から良く私を見つけたよね」
驚きと感嘆の気持ちが籠った声で千里に尋ねる。
「そう? 誰でもない俺だからね」
そう言って千里は千鶴に向かって微笑む。
だが、その眼差しは子供の頃には見た事のないものだ。
そう、物凄く変わったのは、千鶴に向ける眼差しだ。真一も時々そんな目で見てくる。
(すごく優しい。でも、何だか逃げ出したくなるんだよね)
「まあ! 千里君は年賀状の写真だけで千鶴が分かったの?」
「え? 年賀状?」
「どういうことですか?」
千鶴と真一の声が重なる。
「あら、ごめんなさいね、千里君。千鶴には内緒だったわね」
千鶴の母の桜子が肩をすぼめ両手を合わせて千里に謝っている。年を重ねてもそんな姿も可愛く見えるのが桜子の不思議なところだ。
だからなのだろう、娘から見ても今でも父は母に甘々だ。
「大丈夫です。ちゃんと驚かせることが出来ましたから、気にしないでください」
「お母さん? どういうこと?」
「千里君がアメリカにお引越しする前に千鶴には内緒で年賀状を交換する約束をしていたの。千鶴の写真付きでね。次に会った時にちゃんと分かるようにしたいからって。素敵な申し出でしょう?」
「……知らなかった。私には年賀状どころか手紙もくれなかったのに!」
「千鶴からの便りを目にしたら、すぐに会いに行けない事が辛くなるだろ?」
瞬時に表情を曇らせた千鶴へ千里が手を伸ばす。
「!」
だが、千里の手が千鶴へ届く事はなかった。寸前で、真一の手が千里の腕を掴んでいた。
「おれに相談してくれたら、日本に戻りたくなくなるような手紙を書いてやったのに」
真一は強引に千里の手を両手で包み込んで、目を瞬かせた。
暫しの間、真一と千里の瞳がぶつかり合う。
「ぷっ」
噴き出したのは千鶴だ。そのままお腹を抱えて大笑いする。
「あはははは、全然二人は変わらないよね。真一も一緒の高校だったら良かったのに!」
真一は突然興味を無くしたとでもいうように、千里の手をポイっと手放した。
「本当にそう思うよ」
しみじみと呟くと、真一は手を合わせた。
「桜子さん、ごちそうさまでした。いつもそうですが、今日もとても美味しかったです」
「喜んでもらえて嬉しいわ」
「本当に美味しかったです! 今日はお言葉に甘えて突然お邪魔してしまってすみませんでした。ごちそうさまでした」
千里も桜子へお礼の言葉をかける。その横で真一は食器を重ねてシンクへ運んで行いく。
「千鶴、遅くなった。勉強を始めるよ」
真一の声に千鶴は時計を見る。
「あっ! もうこんな時間! お母さん、ごちそうさま!」
千鶴も慌てて食器を重ね始めた。
「え? 何? 何かあるのか?」
千里は驚いたように尋ねる。
「うん。今から真一と一緒に勉強するの」
「あ、俺も参加する!」
「ダメだ」
固い声に千里が声の方へ顔を向ける。キッチンで食器を洗っていた真一が手を止め、千里を見ていた。その眼差しはまるで刺すような鋭さだ。
「なんでだよ?」
「おまえは毎日千鶴と同じ教室で過ごせているだろ」
ピンっと張った糸のような危うさを真一に感じた千鶴は、慌てて二人の視線の間に割り込んだ。
「千里! 今日は、ごめん! 今度一緒に勉強しようね。今から私が家まで送るよ」
「千鶴は千里を送った後、一人で帰って来るつもり? 危ないよ」
呆れたように言いながら真一がキッチンから戻って来た。
「大丈夫。走って帰ってくるから。元陸上部の足を舐めないで」
「舐めてないよ。心配してるだけ。おれも一緒に行く」
「え?! 俺はおまえらが二人で仲良く一緒に帰って行く姿なんて見たくないぞ!」
にぎやかだった三人の間に突然沈黙が流れる。
「今日は大人しく帰るよ。その代わり、シンが俺を送ってくれよ」
「……分かった」
「じゃあ、ちい、また学校で。桜子さん! お邪魔しました!」
「千鶴はおれが戻ってくるまでに昨日間違った英単語を10回書いておいてね」
「ち、ちょっと!?」
真一は一方的に千鶴に言い渡すと、千里を伴いリビングを出て行ってしまった。
唖然としている千鶴の背後で、桜子が『青春ね』と小さく呟いたのだった。




