79.悪足掻き。
東の空の最も低い場所で、太陽が美しいオレンジ色の輝きを放っていた。
「綺麗……」
音無千鶴の唇から感歎の言葉が零れる。
「そうだね」
ほとんど聞き取れないほどの小さな声だったのに、隣を歩いていた有馬真一はちゃんと応じてくれる。千鶴は視線を真一へ向けた。
「……今日はどうしたの? 校門の前に居るんだもん、びっくりした」
「キノに会いたかったから」
「……何かあったの?」
千鶴は心配そうに真一の瞳を覗き込む。真一が足を止めた。千鶴もつられて立ち止まる。
「何かあったのはキノの方でしょ」
「!」
予想していなかった返答に驚きすぎて千鶴は言葉を失う。
「……え? ええ?! な、何で知って──」
そこまで言ってしまってから慌てて口を押えたが、もう遅かった。
「やっぱり。……何があったの?」
口調は優しかった。
だが、真一は千鶴に向き合うと、綺麗な目でまっすぐに見つめてくる。その眼差しの強さに惚けても無駄なのだと感じる。
しかし、分かっていても千鶴は悪足搔きをしてしまう。今の自分の事を言葉にするのは辛かった。特に、真一には知られたくなかったのだ。
「な、何の事か……な~?」
目を遠くへ向け、嘯く。それでも真一は何も言わずに、静かに千鶴を見つめていた。
「……俺は、頼りない?」
ふいに僅かに痛みを堪えるような表情を浮かべた真一の顔を見て、千鶴は慌てて首を左右に振った。
「違う、違うよ! そんな事ない!」
「そう? じゃあ、教えて? キノに何が起きてるの?」
「……」
どう言えばいいのか分からず、千鶴は目線を下げた。沈黙が続く中、真一はじっと黙って待っていた。千鶴は覚悟を決める。
「実は、私ね、上手く人と接することができなくなっているみたいなの……クラスでも浮いてるし、周りにいた人達との間に距離を感じるんだけど、理由が分からなくて……。突然離れて行くって、きっと何かやらかしたんだと思うんだけど、でも、分からないの。分からないから謝る事も出来なくて……」
えへへと辛さを押さえ込むように無理に笑顔を作って顔を上げる。真一は優しい目で頷いた。
「話しにくかったよね。でも、話してくれてありがとう」
「……うん」
再び俯いた千鶴の頭に真一がそっと掌を置いた。
「辛い時は、無理に笑わなくていいんだよ。特におれの前ではね」
俯いたままじっとしていれば、真一が頭の上に掌を置いた。そのまま優しく撫でられる。固くなっていた胸の奥がジンと温かくなっていった。
「今、キノは誰と一緒にいるの?」
「……舞に千里に部活の子達はいつもどおりで一緒にいるよ。全然変わらないの。……本当にすごく嬉しいって思った」
「その人達は、他の人の事を悪く言ったり、人を傷つけたりする人?」
「ううん! 違う!! そんな人は誰もいないよ! みんな明るくて、優しくて、面白くて、とってもいい人達だよ! 一緒にいると安心できるの!」
「そう。自分の周りにいる人達がいい人達なら、キノもいい人って事なんだよ」
「え?」
「自分を責める必要なんてないんだ。今一緒にいる人達と自分を信じて」
「真一……」
「おれはキノが側にいてくれたら、それだけで他には何もいらなんだけどね」
そう言って、真一は見惚れるほどの優しい顔で笑った。
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