73.手招き。
三嶋舞が親友の音無千鶴の教室へ行くと、彼女の姿が見当たらない。以前の千鶴の席には桐谷千里が座っていて、相変わらず男女数人に囲まれていた。
「音無さんは?」
舞は入口の近くにいた人に声を掛ける。
「音無さん? 先生に頼まれて、みんなから集めたノートを運んでたよ。職員室へ行ったんじゃない?」
「そうなんだ……」
舞はそのまま職員室へ向かうつもりだったが、ふと千里と目が合ってしまった。一瞬の逡巡の後、舞は千里に向かって手招きする。意外な事に、千里はすぐに席を立ち、舞の所へやって来た。二人は教室から少し離れた廊下の窓辺で向き合う。
「何?」
千里が胡散臭い笑みを浮かべて首を傾げる。
「……何が書いてあったの?」
「何の事?」
「とぼけないで! ちづの机の上に何か書かれていたんでしょ?」
睨みながら声が大きくならないように感情を抑えつつ問いただす。
千里は僅かに目を細めた。唇か冷たく弧をえがく。
「へえ、驚いたな」
そう言うと、千里は舞から視線を外した。近くの開いていた窓の桟に両腕を置き、目を遠くに向けながら低い声で呟く。
「うざい」
「……なるほど。で、『ざ』が誤魔化せなかったから絵にしたのね」
「そういう事」
「……その落書き、他に知っている人はいるの?」
「さあ、どうかな? 恐らく、書いた者以外は知らないんじゃないかな?」
「どうしてそう思うの?」
「書かれたのは、移動教室の時だ。みんながいなくなった時を見計らって書いたんだろうな」
「移動教室? 桐谷君は授業出なかったの?」
「俺が教室に戻った時にはもう誰も居なかったんだ。転校生には案内無く移動先へたどり着くことは無理だ」
「……」
舞は心底感心する。
(なるほど。確かに強引ではあるが、授業をサボった理由にはなるかもしれない。それで、サボった授業の間に『うざい』を『う〇ち』へ変えていたわけだ)
「ありがとう」
そうお礼を言えば、千里が振り返った。じっと舞の顔を見てくる。
「……何?」
「いや、別に」
「ふ~ん。じゃあ、私はちづを迎えに行ってくるわ。職員室へ行ってるんでしょ?」
「……君はいつも千鶴にべったりなんだな」
「そう? 親友だもの。普通でしょ」
「……」
何も言ってこない千里に背を向け、舞は教室から出て行った。
お久しぶりですの方と初めましての方、こんにちは。
いかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
まだまだ続きますので、これからも読んでいただけるとありがたいです!




