67.ふざけるな。
千鶴の異変に気付いた真一は、理由を知っているであろう人物に会いに行くのだが……。
スマホの画面に視線を向ければ、すでに夜の9時半になろうとしていた。
有馬真一はため息をつく。
(すでに他人の家の前で30分も居れば、不審者決定だ)
そうは思っても、この場から離れることが出来ない。
(通報されても文句は言えないな……)
苦い笑みが浮かぶ。今日、千鶴は学校で何かがあったようなのだ。
だが、その何かが分からない。尋ねたくてもタイミングを逃した後では、聞き出す事は不可能だ。今更尋ねたところで、子供の頃ならともかく、今の千鶴が正直に話すとは思えなかった。
(ならば、他に知っていそうな奴から訊くしかない)
そう思って来てみたものの、その男はまだ家に戻っていなかった。
壁に背を預け、つと夜空を見上げる。月も星も薄く覆った雲に隠れて見えない。まるで真一の不安な心の内を具現化しているようだ。
「そこに、誰かいるのか? ……シンか?」
足音と共にふいに掛けられた声で、外壁の陰に居た真一は外灯の下へと一歩踏み出す。目の前に、待ち望んでいた男が立っていた。
真一と千鶴の幼馴染、桐谷千里だ。
「……どうして、おれが居ると?」
直感で、やはり千鶴に何かあったのだと確信しながら歩み寄る。千里の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「それは、俺がエスパーだからだ」
「聞きたい事がある」
「おい、突っ込めよ」
ふざけた言いぐさを抹殺し、真一は焦れる自分とは逆に余裕のある千里の表情に内心イラつきながら詰め寄った。
「おまえとふざけるためにわざわざ来たんじゃない」
「ふ~ん。じゃあ、何しに来たわけ?」
「今日、千鶴は学校で何かあったんだろ? 何があった?」
千里が笑みを消した。その眼差しには何かを探るような緊張を感じる。真一は千里の姿を凝視する。千里の一挙手一投足を見逃さないように。
「ちいは、何と言ったんだ?」
「何も……」
「じゃあ、俺からは何も言えないな」
そう突き放され、すっと自分の纏う気が冷たくなるのを感じる。
「おいおい、俺に怒るなよ」
「だったら、知っていることを洗いざらい言えばいいだろう」
「嫌だね」
ムカつくことに、即答だ。
真一の胸の奥からふつふつと怒りが湧き上がってくる。一方の千里は平静を装っているのか、胡散臭い笑みを顔に張り付かせてこちらを見ている。
対峙する事数分。不意に千里が口を開いた。
「……そうだな。俺が居なかった4年の間に千鶴に起きたことを全部教えるなら、言ってやってもいい」
「ふざけるな」
「ふん。じゃあ、諦めるんだな」
「セン!」
語気を荒げた真一を見る千里の目がすっと細められた。
「たとえ教えたとして、別の学校にいる奴に何ができる?」
「!」
瞠目し言葉が出ない真一を、千里は冷たい眼差しで見つめている。
「千鶴の側から離れたのは、シン、おまえ自身だという事を忘れるな」
「……どうして、一人で戻って来た? セン」
譫言のように真一が呟けば、千里が微笑みを浮かべる。
だが、瞳の奥に強い光が一瞬見えた気がした。
「おまえがもたもたしてくれて助かったよ。そうじゃなきゃ、おまえから取り戻すのは骨が折れそうだからな」
酷薄そうな表情で真一にそう告げる。
「! セン……」
「じゃぁな」
真一が言葉を発すると、話は終わったと言わんばかりに千里は軽く掌を上げて背を向けた。扉の向こうへ後ろ姿が消えて行くのを、真一はただ黙って見送ることしかできなかった。
無事に新年を迎える事が出来ました。感謝しかありません。ありがとうございます!
そして、こうして小説を書き続けることが出来き、また読んでくださる方がいらっしゃることをとても有難く思っています。
皆様にとって、今年は穏やかで明るい一年になるよう心から願っています。今年もどうぞよろしくお願いいたします。




