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君のことが好きなんだ。  作者: 待宵月
66/81

66.いつものように。

千鶴の変化に真一は気付けることができるのか?

 有馬真一は、苦悩していた。

 いつもの時間に、いつものように、真一は勉強道具を抱えて音無千鶴の家の前にいた。そのまま、いつものようにチャイムを鳴らし、『おじゃまします』と言いながら入ればいい。

 だが、今日はどうしても躊躇(ちゅうちょ)してしまい、いつものようにとはいけなかった。どんなことがあっても心を平静でいるための心の準備が必要だった。

 今日、千鶴が夕食に桐谷千里を誘うと言っていた。

 もしかしたら、すでに千里と楽しく談話しているかもしれないからだ。


「何してるの?」


 突然掛けられた声に、驚いた真一はぱっと顔を上げる。視線の先、玄関の隙間から千鶴が覗いていた。


(ひと)()の前で変な顔して立っていないで、早く入って来たら?」


(変な顔……)


 いつから見られていたのかは分からないが、どうやら情けない姿を千鶴に()らしてしまったようだ。


「……おじゃまします」


 心が整うどころか、乱れたまま千鶴の後に続き、リビングへと入って行く。


「……千里は?」


 覚悟していた男の姿が見当たらず、真一は千鶴に尋ねる。


「夕食は叔父さんのところで食べるみたい。なんだか、叔父さんのお店を手伝うことになったらしいよ」

「叔父さんの店?」

「うん。どんなお店かは知らないけど、(まかな)いが出るって言ってた」


 千鶴は説明をしながら、いつもの席に座る。真一もいつもの席に腰を下ろした。テーブルの上には、いつものように、千鶴の母親である桜子が作った美味しい夕食が空腹を誘う香りを漂わせていた。

 これもまた、いつものように、『いただきます』の挨拶の後、穏やかな夕食の時間が始まった。

 そして、その後は、勉強と(かこつ)けて千鶴と二人っきりの時間を過ごす事ができた。真一は誰にも邪魔されず、千鶴と一緒に居られる幸せを噛みしめる。

 あまりにいつもどおりの幸せな日常。

 真一は(ようや)心から安堵することができた。


「真一」


 帰り際、門のところまで送りに出て来ていた千鶴が真一の名を呼んだ。振り向けば、千鶴が珍しくじっと真一を見つめている。


「何?」

「……私って、鈍感で、周りが見えてなくて、結構周りに迷惑をかけてるのかな?」


 少し躊躇(ためら)うように千鶴が尋ねてきた。


「うん」


 真一は素直に頷く。

 すると、千鶴が顔を強張らせた。


「……私って、そんなにダメダメだったの?」

「そういうところもあるってことだけで、それはキノの一面でしかない。他にも色々持っているよ。ダメダメだと決め付ける必要はないんじゃないかな」

「いろいろ?」

「そう。ダメなところも、そうじゃないところもひっくるめてキノなんだから、別にそれでいいんじゃないかな? 気にするようなことでもないよ」

「……いいの? このままで……?」

「うん」

「迷惑をかけているのに?」


 千鶴が(わず)かに顔を()めて笑う。


「おれが、嫌々キノの側にいると思っているの?」


 千鶴は(うつむ)き、小さく頭を振った。ここにきて、真一は千鶴に何かあったのだと気付く。


「キノ?」

 

 呼びかければ、千鶴がゆっくりと顔を上げた。真一は息を飲む。彼女の瞳が潤んでいた。


「真一。ありがとう!」


 そう言って、千鶴は笑った。朝露(あさつゆ)に輝く花のような笑みだ。今日、初めて見せる千鶴の心からの笑顔だった。


「頑張るよ! じゃあ、また明日ね! 真一、おやすみ!」


 千鶴は身を翻し、あっという間に扉の向こうへ消えてしまった。引き止める間もなかった。取り残された真一は茫然と立ち尽くす。門を強く掴んだまま。


「……頑張る? 何を……?」


 真一の問いに答えてくれるような親切な者は、この場には誰も居なかった。


読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます。千鶴は無意識に人を振り回わしてしまう体質のようです。また続きを読んでいただけると嬉しいです。

*2020/12/6加筆、訂正しました。

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