65.変わらないで。
覚悟を決めて千鶴は千里を夕食に誘うが……。
部活が終わり、賑やかな仲間達と音無千鶴は校門へ向かっていた。
「突然で驚いたよね。末下先輩、辞めちゃったんだ」
「でも、元々あまり来てなかったもんね」
今日の事が原因なのかは分からないが、先輩が一人部活を辞めた。千鶴は何とも言えない気持ちで仲間達の話を聞いていた。
「ちづは関係ないよ」
ポンっと、背を叩くのは三嶋舞だ。不思議な事に、舞は千鶴が困っているときは必ず気付いてくれる。
「……舞って、まるで観音様みたいだね」
感慨深げにつぶやけば、舞が驚いた表情で見つめてきた。
「え? 私が? ちづには、私が慈悲深く見えるの?」
「うん」
「あははは、それは買い被り過ぎだって」
本当にそう思っていた千鶴は、否定しながら陽気な笑い声をあげる舞の姿をきょとんとした表情で見る。そんな千鶴へ舞は心底嬉しそうな笑みを向けた。
「私、結構好き嫌い激しいし、やられたら絶対やり返すよ。それも相手が許しを請うまでね」
舞が目に力を入れて力説する。確かに、舞が負けず嫌いなのは知っていた。
そして、それ以上にすごく優しいことも。
千鶴は不安になる。舞にはいつも助けられ、救われている。
だが、舞が困っている時に、今度は自分にそれができるだろうかと……。
「舞が困っている時、私はちゃんと気付けるかな? 私って、自分の事しか見えてないよね……」
肩を落とし呟けば、突然、舞が抱き付いてきた。
「ちづはちづのままでいて。それだけでいい。私はすでに救われているから。……人は変わっていくものだけど、変わらないでいてくれたら嬉しいな~」
「舞……!」
ガバっと、抱き返せば、さらに舞に強く抱きしめられた。
「なんか、ここに欲求不満の人達がいま~す」
「本当だ~。ちづは、早く告っちゃいなよ! 抱き付く相手間違ってるよ~」
「舞はさ、モテるくせに断ってばかりいないで、一度誰かと付き合ってみたら?」
生暖かい眼差しで冷やかされながら、千鶴は自分の存在をそのまま受け入れてくれる舞と仲間達の存在に心から感謝する。
みんなと別れるとすぐに千鶴はスマホを取り出した。
そして、登録したばかりの名前を探し、覚悟を決めて押す。しばらくの間コール音を聞いていた千鶴の耳に、まだ聞き慣れることがない低音の男の声が聞こえてきた。
「ちい?」
声の主は桐谷千里だ。分かっていても別の誰かと話しているような錯覚を覚える。
「そうだよ。今、大丈夫?」
「あ~、まあ、少しなら。で、どうかしたのか?」
スマホの向こうから千里の声以外に賑やかなざわめきが聞こえてくる。あまり電話をしていていい様子ではないようなので、急いで要件を伝える。
「夕食はもう食べちゃった? お母さんが、一緒にどう?って言ってるんだけど?」
「え?! ……嬉しいんだけどさ、俺、叔父貴の店を手伝ってるんだ。それに夕食は賄いが出る」
「そうなんだ! 良かったね!」
「良いも悪いも……、くそっ! 親父達に嵌められた」
スマホの向こうで舌打ちする音が聞こえる。
『こらっ! 千里! サボってないで働け!』
千里の叔父さんであろう男性の声がする。
「あっ、ごめん! 忙しい時に電話しちゃったね! じゃあ、また……」
千鶴が慌てて通話を切ろうとした瞬間、『待て!』と言った千里の声に、千鶴は手を止めた。
「ちい。あのさ、……いいや。ありがとう! じゃあ、また明日な」
「? うん……」
千里との通話はそのまま終了してしまった。千鶴はしばらくの間スマホの画面をじっと見つめていた。本当は何か違う事を言いたかったのではないかと感じながら。
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