64.不安。
”好き”と念願かなって千鶴から告白された真一だったが、不安が彼を苛んでいた。
お昼時の喧騒さえもどこか遠くに聞こえるような陵蘭高校の図書室近くの非常階段で、人目を避けるように昼食を食べているのは、校内女子人気上位を争う三人の男達だった。
「有馬、大丈夫か?」
その三人の内の一人、佐倉要は心配そうに傍らに座っている有馬真一の顔を覗き込む。彼の事をリスペクトしている要は真一の表情一つ見逃すことはない。
さらに今朝は、好意を寄せている幼馴染に『好き』と言われたと、どこか高揚した様子で真一の方から打ち明けられていた。そして、僅かに悔やむ口調で、ただ幼馴染が照れてしまって、進展はなかったと言っていた。
だが、そう話す真一の笑みは、見ている者を魅了するには充分過ぎるほどだった。たまたま通りかかってその顔を見てしまった者達のハートを確実に射抜いていた。もちろん、要もその一人だ。
しかし要の場合、射抜かれただけで終わらなかった。本当に友達として認めてもらえたのだと万感の思いに真一に縋り付き、号泣して彼を呆れさせたほどだ。
その幸せそうだった真一の表情が時間が経つごとに陰りだし、とうとう昼食を食べながらどこか物憂げな様子でぼんやりとしている。
「どうした? 腹でも痛いのか? 食欲が無いなら、俺が食べてやる」
そう言うやいなや、真一の膝の上でまるで忘れられたように置かれていた弁当を掴み取ったのは、いつも要に纏わりついている森口匡だ。
なぜか図体も態度もデカい森口が、要と真一の前にどかりと座っている。
「あっ! おいっ! 止めろよ!」
匡の魔の手から真一の弁当を取り返し、要は再び視線を真一へ戻す。
「……もしかして、あの男のことか?」
「あの男って?」
すぐさま口を挟んできたのは森口だった。
だがその口調は興味があるのかさっぱり分からない。いつのまにか真一の弁当から奪い取っていたから揚げを口に頬張っている。
「あっ! あまえ、いつの間に!」
「あの男って?」
目を三角にして怒る要に対し、森口は飄々としている。それどころかさらにムカつくことに、同じ質問を繰り返してくる。
「森口の知らない奴の事だよ!」
切れ気味に言えば、森口が真剣な眼差しを向けてきた。
「佐倉にも関係ある奴なのか?」
「え? ……俺も、関係ないけど」
風船が萎むように、急に勢いを無くす要の姿を森口はじっと見ていた。
「な、何だよ」
要が睨めば、別に、と言いながら、すでに昼食を食べ終えていた森口はゴロリと寝そべると、呑気に昼寝を始めた。その姿にただただ呆れる。
それに、今の要にはまるで猫のように気ままな森口にかまっている暇などなかった。ぶんっと音がしそうな勢いで振り向き、生気の無い真一の肩に手を置く。
「アメリカ帰りの有馬の幼馴染だって言った奴、今日から千鶴ちゃんの学校に登校してるんだよな?」
「……ああ」
「あいつも千鶴ちゃんと幼馴染なんだな?」
「まあな」
「心配なのか? でも、千鶴ちゃんは有馬のことが好きなんだろ? 気持ちがそうころころ変わったりしないだろ?」
「……」
真一の形の良い唇が引き結ばれた。表情もどこか強張っている。
要は疑問に思った。
(幼馴染と言っても、久しぶりに日本に戻ってきたばかりだ。ずっと側に居て、昨日千鶴ちゃんに好きだと言われたのに、何をそんなに不安になっているんだ?)
「なあ、あいつに何かあるのか?」
少し逡巡した後、真一は溜息と共に言葉を吐き出した。
「あいつは、……千鶴の初恋の相手だ」
「え……?!」
「俺が千鶴に出会う前から二人は仲が良かったんだ……」
要は表情を引き攣らせたまま固まった。
(俺、気持ちはそうころころ変わらないなんて言っちゃったじゃないか!)
だが、真一が不安がっている理由は分かった。ならば何とか少しでもその不安を和らげようと焦りながら言葉を探す。
「あっ、ほら! 初恋は叶わないっていうだろ?」
名案とばかりに人差し指をピシッと立て、笑顔でそう言うと、真一が絶対零度の眼差しで要を見た。
「……おれの初恋は、千鶴だ」
ふと『馬鹿』と呟く森口の声が聞こえた気がした。
要は自分の迂闊さに涙しながら後悔したのだった。
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