62.好きな人がいるの。
ふらふらと千鶴は部室へ向かっていた。
「──な、何がどうなって……?」
呟く声は震えている。ただ頭を抱えて身悶えるしかない。
一体何が起きているのかさっぱり理解できなかった。頭が状況にまったくついていけていないのだ。頭の中は真っ白で、何をどうしたらいいのか分からなかった。
『ダメだ』
千里の気落ちしたような声が頭の中でぐるぐると回っている。
(私は何か大きな間違いをした? 千里を傷つけた……? 誰かが『告白』と言っていたような気がする……。まさか、千里が私に? まさか……)
「ちづ!」
どんっと背中に衝撃を感じ、その勢いで千鶴は地面に倒れ込んだ。地面についた膝と手がじんじんと痛む。
「わっ! ごめん! ちづ、大丈夫?」
心配顔で覗き込んできたのは、同じ部活の仲間の峰岸小絵だ。いつも元気いっぱいの彼女は部の中で一番のお調子者だった。
「ちょっと、小絵! 何やってるのよ?!」
驚いた声をあげながら駆け寄って来たのは、小絵と同じく部活仲間の浅山香だ。同じ学年とは思えないほど落ち着いていて、一年の中ではまとめ役だった。
「ちづ、怪我してない?」
千鶴を助け起こしながら、香が尋ねてくる。顔を上げれば、香の後ろには同じ部の森本彩華と東山梨花もいる。
「……」
何か言わないとと思うのに、声が出ない。
「ねえ、顔色が悪いよ?!」
「まだ体調が良くないんじゃない?」
心配してくれる仲間達に、ただ力なくふるふると首を振って応じる。
だが、千鶴がいつもと様子が違うことに気付いたのか、香達が困惑した表情でお互いの顔を見合わせる。
「ねえ、ちづが三股やってるって噂のせい?」
彩華が戸惑いを隠せない声で尋ねてきた。
「え……? みま……た? 農耕具……の事??」
質問の意図がつかめず首を傾ければ、梨花が少し安心したように両肩を僅かに上げる。
「あ~、絶対に違うわ」
「うん。違うね」
「ちづが三股出来ちゃうくらいなら、私ならもっとたくさんの男達を手玉にとれる自信あるよ!」
小絵がふんっと鼻を鳴らせば、『いや、あんたも無理だから』と梨花が突っ込む。とその時、川上真理と田崎茉奈の二人が騒ぎながら校舎のほうから駆けて来る。その姿に皆何事かと顔を向けた。
「ちょっと! 聞いてよ!」
「凄いんだよ!」
二人はかなり興奮した様子で我先にと口を開く。
「今日転校してきた男子が教室でちづに告白したんだって!」
「もう、すごい噂になってるよ!」
ええっ?!っと、その場にいた者は皆同時に驚きの声を上げた。
そして、茫然としているちづの方へ一斉にぐるりと振り向く。
「それ、本当なの? ちづ?!」
みんなの代表のように、小絵が訊いてくる。目を最大限に見開き、ちづの肩を掴む。
「あ……いや、もう、何がなんだか……」
虚ろな視線を彷徨わせながら千鶴が譫言のように呟けば、『うっわ~、本当なんだ!』、とか『モテ期ってやつ?』、とか『いいな~』とか、みんな千鶴を取り囲んでそれぞれ勝手な感想を口にしはじめた。
「みんな……? 何やってんの?!」
聞き慣れた声に千鶴が顔を向ければ、どこか緊張した面持ちで舞が走り寄って来る。
「舞! 転校生にちづが告白されたんだって!」
「え?!」
息を切らせながら、舞は驚いた表情を浮かべた。
「誰に聞いたの?」
「まーちんと茉奈だよ」
彩華が答えれば、『今校舎にいる人は皆知ってると思うよ』と真理が応じる。舞が千鶴を見た。その目は明らかに困惑していた。
「ねえ、ねえ、どうするの? 転校生と付き合うの?」
「超イケメンなんでしょ?」
「ちづはどう思ってるの?」
再び、仲間達からの質問攻撃が始まった。
「……私、好きな人がいるの! 片思いだけど!」
思わず千鶴は本心を叫んでいた。
読んでくださり、ありがとうございます。待っていたくださった皆さん、大変お待たせいたしました。いつも不定期での投稿で、続きを楽しみにしてくださっている方には大変申し訳ないなと思っております。そして、私のお話を読んでくださる方々の存在がとても有難いと感じております。
どうかこれからも真一と千鶴の物語にお付き合いいただける嬉しいです。




