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君のことが好きなんだ。  作者: 待宵月
61/81

61.公開告白。

千里が動く!

 放課後、まだ教室には三分の二ほどの生徒達が残っていた。掃除を始める者、帰る用意をする者、遊びに行く約束をする者、これらの声が入り混じり、ひどく賑やかだった。


「日直なの?」


 千鶴を迎えにきた舞は、机の上を覗き込む。


「そうなの。舞、先に部活行ってて!」

「ああ、大丈夫。待ってるから」

「え?! ありがとう! じゃあ、早く書き上げちゃう!」

「慌てなくてもいいよ~」


 千鶴が日誌を書いている間、舞は空いていた前の席に座る。今朝、あんな事があったばかりだ。千鶴を一人で部活に向かわせるのは心配だった。


「ねえ、ちづ。……今日、あれから何かあった?」

「あれから……?!」


 舞の問いかけに、千鶴がガバっと顔を上げた。


「舞~、今日はありがとう! 一人だったら、絶対泣いてたよ」


 その時の事を思い出しのか、千鶴は顔を歪めた。


「よしよし、とんだ災難だったね。それからは? 大丈夫だった?」


 尋ねながら、舞は慎重に千鶴の表情をうかがう。


「……うん! 大丈夫。何にも無いよ。舞がずっと休み時間も来てくれていたからね。舞には心配かけちゃったね。ありがとう」

 

 にっこりと千鶴が笑う。


(バレバレなのよ)


 舞は心の中で溜息を漏らした。何も無いわけがない。


(しっかりと顔に出ているし……)


 休み時間になると、舞は千鶴の教室へ赴いた。入学してから三カ月が経っていて、それなりに友達がいたはずなのに、千鶴は教室で一人で座っていた。教室で孤立していることは明らかだった。舞が呼ぶと、嬉しそうに飛んでくる千鶴の姿がどうにもやるせなかった。どうやら千鶴のことを良く思わない人が早々に陰で動いているように感じる。

 舞は千鶴を待ちながらちらりと視線を動かす。そこには今日転校して来たばかりの桐谷千里が数人の男女に囲まれ、人好きのする笑顔を浮かべ談笑していた。

 

(いつ見ても桐谷君の周りには人が集まってるのね。本当に人に好かれるタイプなんだわ。まあ、見栄えするから仕方ないか)


 再び舞は視線を千鶴へ戻す。一生懸命書いている姿を見ていると、つい頬の筋肉が緩む。千鶴のそばにいると、不思議とほんわりとした気分になれた。

 

(何でだろう? この感じ……、気が抜けるというか、無防備になるというか、ちづのそばにいると取り繕わない本来の自分が出せるからなのかな?)


 そんなことを思いながらぼんやりとしていた舞は、ふと視界が陰り顔を上げた。いつのまにか側に千里が立っていた。一瞬彼と目が合ったが、すぐに視線は千鶴に向けられる。千鶴も気配に気づき顔を上げた。


「? どうしたの?」


 何かを察したのか、千鶴が心配そうに千里に尋ねる。教室の中央で、大きな男が突っ立ったままじっと見下ろしている姿は人目を引いた。周りの目が千鶴達に集まる。

 と、唐突に千里が口を開いた。


「付き合ってよ。千鶴」


 教室の中が水を打ったように静まり返った。さすがの舞も唖然となり、咄嗟に声が出ない。


「いいよ」


 さらに驚くことに、千鶴は快く承諾する。

 この瞬間、教室にいた者は皆、心の中で『えっ!』と言っていたに違いない。それほどあっさりとした返事だったのだ。もれなく舞も開いた口が閉まらない程驚いていた。


「で、どこに行きたいの?」


 だが、次に千鶴が発した言葉が、一拍ののち、教室中を爆笑の渦に巻き込んだ。誰かが、『桐谷、残念!』と言っている声も聞こえる。


「え? な、何?」


 事態が呑み込めない千鶴は周りを見渡し、何事かと慄いている。その姿を見て、千里は一瞬吹き出しそうになったのをぐっと堪えたように舞には見えた。

 しかし、彼はすぐさままじめな顔に戻ると、千鶴には何のフォローもしないで自分の席へと戻って行った。


「ダメだった」


 さも残念そうに呟く千里の声を耳にした舞は、もう少しで『はあ?』っと言いながら立ち上がってしまうところだった。


「何やってんだよ! あんなんじゃ、駄目に決まってんじゃん!」

「すぐに戻ってくんなよ。もっと押せよ!」

「桐谷! 転校早々告白って! 俺尊敬するわ!」

「可哀そうに、男として見られてないんだね。桐谷君、私が付き合ってあげるよ!」


 公開告白を目の当たりにし、教室は騒然となっていた。千里の周りにはさらに人が集まり、彼は小突かれたり、慰められたり、称えられたりしている。

 千鶴は茫然としたままだ。


(ダメだ、ですって?! 意味が分からないんだけど!)


 あの男が何をやりたかったのか舞には理解不可能だった。近くで千里の表情と言葉をしっかりと見ていた舞には、千里が本気で告白をしたようには見えなかった。あれでは千鶴も勘違いしてしまう。あれほど何もするなと言っておいたのにも関わらず、ろくでもないことをしてくれたことだけは分かった。


(とにかく! こんなところに千鶴をいつまでも置いておけないわ)


「なんだ、もう書けてるじゃない! さっさと部活に行くよ!」

「え? あ……」


 日誌を覗き込んだ舞は、茫然自失状態の千鶴を引きずるようにして教室から連れ出す。


(あの男! 取り巻きには、告白してくるとか言ってたんだわ。でも絶対にちづが勘違いする事を想定して、わざとあんな言い方をしたのよ! ちづの事が好きなんじゃなかったの?! あいつは馬鹿なの? まったく意味が分からないわ!)


 廊下を突き進みながら、悶々とした気持ちを舞は持て余していた。


「あっ!」


 大声を上げて、舞は立ち止まる。あともう少しで職員室に着くというところで、千鶴の教室に鞄を置き忘れてきたことに気が付いたのだ。


「あっちゃ~、鞄を教室に忘れてきちゃった! すぐに取りに行ってくる。千鶴は日誌を提出したら部室へ直行して。私も鞄を回収したら、すぐに向かうから!」

「あ、うん……」


 ふらふらと足元もおぼつかない様子の千鶴が職員室へ向かう後ろ姿を後ろ髪を引かれる思いで見送り、舞は急いで鞄を取りに戻った。教室の前の扉から入ろうとした丁度その時、千里の声が聞こえてきた。


「桐谷君! こんな時は、カラオケだよ! 一緒に行こうよ!」

「悪いけど、また今度な。俺、用事があるから先に帰るわ」


 クラスメイト達が応じる声を背に、千里は教室の後ろの扉から出て行く。わずかに開いた前の扉の隙間から千里がたった一人で帰っていく姿が見えた。どうやら舞が戻って来ていることに気付いていないようだった。


(チャンスだわ!)


 舞は一言言ってやろうと、鞄を掴むと教室を飛び出した。

 だが、舞よりも一歩早く千里を追う子がいた。千鶴のクラスの女だ。舞は一瞬悩んだが、二人の後を追う事にした。


(? どこに行くつもり……?)


 千里は靴箱へ向かわずに、まったく逆の方向へと歩いて行く。

 そして、人気がなくなったところで、彼は追いかけてきた女と対面していた。舞は慌てて柱の陰に隠れる。


「俺に何か用?」


 千里の声が聞こえてくる。


「私の事、覚えてる? 小学校の時に同じクラスになった事があるんだけど……」

「女の子はみんな綺麗になっているからな~」


 分からないよ、と千里が胡散臭い陽気な声で応じている。


(チャラ……)


 女の扱いに慣れた様子の千里の対応に、舞の顔が思わず歪む。

 

「笹山桃奈。覚えてない? 5年の時に同じクラスだったんだけど……」

「笹山さん?! 随分雰囲気が変わったね」

「覚えてくれてたんだ! 嬉しい! 桐谷君は昔からかっこよかったけど、さらにかっこよくなったね!」

「そう? ありがとう。じゃあ、俺用事があるから」

「待って!」


 踵を返し、さっさと立ち去ろうとする千里を笹山が呼び止めた。


「音無さんの事、……本当に好きなの?」

「まあね」

「! ……音無さんの事で、桐谷君は知っておいた方がいい事があるよ」

「何?」

「桐谷君は、音無さんに騙されてるよ!」

「……騙す?」

「桐谷君は優しいから分からなかったと思うけど、音無さんって気があるように見せかけて近づくけど、男だったら誰でもいいんだって、みんな言ってるよ」

「みんな……?」

「小学校が同じならみんな知ってる。ずっと男好きで有名だったんだから。知らなかった? 今なんか三股やってるんだって!」

「俺、出所も分からない噂話をする奴って嫌いなんだよな」


 千里は興味なさそうに、頭を掻きながらそっぽを向く。笹山は慌てだした。


「で、出所が分からない噂なんかじゃないよ! 本当の事なんだから!」

「どうして言い切れる?」


 むきになった笹山に対して発した千里の声が僅かに低くなった。感情を押えようとしているのかもしれない。

 だが、二人きりというシュチュエーションで、好意を寄せている男が目の前にいて、尚且つまっすぐに見つめっれて、感情を高ぶらせている笹山には千里の声が徐々に緊迫してきて噴火直前のような不穏な響きが混ざり始めたことにまったく気付く気配が無い。そればかりか、ここぞとばかりに喜々として声を張り上げたのだ。


「私がこの目で実際見てきたことだか……きゃっ!」


 短い悲鳴に、舞は慌てて顔を出す。腰を抜かしそうになっている笹山を見下ろし、壁に片手を付いた状態で千里が立っていた。いや、壁を殴ったのかもしれない。


「一週間だ」

「……え?」

「一週間であんたが広めた噂を消せ」

「そ、そんなの無理よ! それに私、小学生の頃からずっとあなたの事───」

「自分が何をやったのか考えればできるはずだ」


 なおも何かを言い募ろうとした笹谷の言葉は底冷えするような声で掻き消された。千里は泣き崩れる笹山を一人残し、立ち去って行く。舞はほんのつかの間、恋に破れ、泣いている後ろ姿を見つめていた。

 だが、可哀そうだとは思えなかった。

 彼女は小学校の頃から千里の事が好きだったと言っていた。高校生になって、海外へ行ってしまった好きな男がさらにかっこ良くなって再び現れ、尚且つ同じクラスになった事で狂喜したに違いない。

 それなのに、好きな男が千鶴に告白する姿を見せつけられて、嫉妬が爆発したのだろう。

 そして、自分勝手な理由で、千鶴を陥れたんだ。それもかなり卑怯なやり方で。彼女は千鶴を以前から知っていながら、千鶴の良さを知ろうとしなかった。いや、はじめから知りたくなかったのかもしれない。


(あの男の不可解な行動は、彼女を炙り出す為だったの?)


 固い表情のまま、舞もその場からそっと離れたのだった。

読んでくださりありがとうございます。読んでくださる人がいることは本当に嬉しいことですね。また続きを読みにきてくださいね。宜しくお願い致します。

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[気になる点] もう読み終わってしまいました。 次回の投稿までが、待ち遠しいです。 次々から次々とトラブルが発生しており、読めば読むほど続きが気になります。 この次は、どういう展開になるのか?今後は?…
2020/07/25 01:29 退会済み
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