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君のことが好きなんだ。  作者: 待宵月
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59.レディファースト。

舞の千鶴への友情が溢れる。

 東高校の非常階段に人影が三つ、各々違った表情を浮かべていた。フリーズしていた舞の唇がゆっくりと動く。


「……千鶴の幼馴染で転校生って、あなたの事なのね?」


 桐谷千里という男についてさらに問いただそうとしたその瞬間、なんでここで? というタイミングで予鈴が鳴り響く。


「あっ! 授業がはじまる!」


 そう言うや否や千里は座り込んでいる千鶴の身体をヒョイと小脇に抱え上げた。千鶴は『うぎゃ』っと悲鳴を上げたが、千里はそのまま扉を抜けると駆け出した。

 あまりに一瞬のことで舞には止める暇もなく、あっという間に二人の姿は見えなくなってしまった。

 もちろん、舞も急いで自分の教室へ戻らなければならず、あんな運び方をされた千鶴の事が気になりながらも自室へと急いだ。


「三嶋、これを職員室へ運ぶのを手伝ってくれ」 


 やっと授業が終わり、千鶴の所へ行こうとしていた舞を先生が呼び止めた。


「あ、すみません。急いでいるので……」


 そう言って断ろうとした舞だったが、先生の方が一枚も二枚も上手だった。


「三嶋には、老人を労わろうという気持ちは無いのか? ゴホゴホ。この老いぼれに、この資料と機材を一人で運べと?」


 背を丸め、ワザとらしく軽い咳までして悲しそうに呟く。

 

(他にも生徒はいるじゃない!)


 そう叫びそうになったが、それは他の子に用事を押し付けることになると思い、ぐっと我慢して言葉を飲み込む。きっとそういう舞の性格を考慮したうえでこの先生は頼んできたに違いなった。


(くっ……この先生は侮れないわ)


「ちづ、大丈夫かな……」


 職員室へ向かいながらも頭の中を占めているのは、親友の事だ。

 音無千鶴と出会ったのは高校の部活でだった。飛んだり跳ねたり走ったりしているところを見ると、とても運動神経が良いように見えたのに、如何せんボールを持った途端、非常に残念な子になってしまう。不思議な子だった。

 特に、高校生でバレー部に入る子は大抵経験者だ。そんな中、唯一の初心者だった千鶴は慣れないボールに日々悪銭苦闘していた。

 その姿を見て、『選ぶ部活を間違えたんじゃない?』とからかわれることも多かった。

 だけど千鶴は『球技が苦手だからバレー部を選んだ』とまっすぐな眼差しで言っていた。『苦手なものが減るから』と、笑っていたのだ。

 その姿に舞は興味を覚え、自ら千鶴に近づいた。一緒にいるようになってから、ますます彼女の事が気に入ってしまった。

 千鶴は非常に稀な性格の持ち主だった。

 まず、人の悪口を言っているところを見たことが無い。駆け引きもしない。というか出来ない。マウントを取る人がいるなんておそらく思いつきもしなければ、気付いてもいない。

 さらに、心の中はいつも駄々洩れ、だいたい顔を見れば何を考えているのかすぐに分かってしまう。

 千鶴の側はいつも自然体でいられて、とても楽だった。

 それに、いつも笑顔の千鶴といると、なぜか代わり映えしない毎日がすごく楽しいと感じられた。

 そんな千鶴に、もうすぐ春が訪れようとしている。

 千鶴は本当に鈍感で、幼馴染が長年好意を寄せていることに気付いていなかった。舞はその事を知ってから二人を温かく見守ってきている。

 それが、今日、とうとう千鶴の口から有馬真一が好きだと聞くことができたのだ。

 だが、今の舞は不安で仕方がない。

 

(ちづの身辺が騒がしくなってきている)


 突然現れた千鶴の幼馴染で初恋の相手という桐谷千里。かなりハイスペックな男だったことに驚かされた。

 有馬真一と桐谷千里はまったく真逆のタイプのようだ。


(例えるなら、桐谷君は暑い太陽。有馬君は冷たい月。一般受けするのは桐谷君の方かな。有馬君はマニアックなタイプに好かれそう。でもやっぱり私は有馬君派かな。女装が似合いそうなあの顔がいいのよね。それに静寂と熱情を併せ持ったところなんかゾクゾクする。小学生だったとはいえ、あのレベルまで育つ男の子達と千鶴は何をして遊んでいたんだろう?)


 そんな事を考えている間に、いつのまにか職員室の前まで来ていた。


(あ~あ、最悪。扉が閉まっているじゃない……)


 溜息(ためいき)交じりに下に一旦荷物を置こうとしたその時、すっと扉が開いた。ふと気付けば隣に背の高い男が立っている。


「どうぞ」


 すごく自然に扉を開けてくれただけでなく、レディファーストとは何と良くできた男子なのかと感心する。


「ありが……」


 お礼を言いながら視線を上げ、その男の顔を見た瞬間、言葉が途切れた。


(桐谷千里!)


 まるで舞の心の声が聞こえたかのように、相手も小さく『あ』と声を漏らした。舞の事を覚えていたようだ。

 だが、それだけだった。人好きする笑みを顔に張り付けたまま、再び『どうぞ』と言う。


「……ありがとう」


 お礼を言い、舞は素直に先に扉を通り抜ける。先生が指定した場所へ荷物を置き、すぐに桐谷千里の姿を探そうと顔を上げる。

 だが、探す必要は無った。その姿はすぐに目に留まった。やはり彼の容姿は人目を引く。おそらく180㎝はあると思われる身長もさることながら、纏うオーラがどこか他の生徒達と違っている。職員室にいる人は先生でさえ、視線が彼に向いている。彼は見られていることにまったく頓着する様子を見せず、担任の先生と少し話をした後、すぐに職員室を出て行く。

 舞はその後を不自然にならないように追いかけた。

読んでくださりありがとうございます。楽しんでいただけたでしょうか? 本当に舞ちゃんはいい子です。舞ちゃんと要君にはいつも助けられています。この二人は本当に良く動いてくれるので、話が進むんです。舞ちゃんにも幸せになってもらいたいと思っています。では、また続きを読んでいただけたら嬉しいです。

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