58.桐谷千里です。
突然現れた男の正体とは?
突然現れた非常に見栄えの良い男の姿に、舞を含めその場にいた全員の視線が釘付けになっていた。目鼻立ちのはっきりした顔に均整のとれた長身。かなり存在感のある男だった。
「え? だ、誰?」
「ち、ちょっ! かっこいいんだけど!」
「うちの制服?! あんな男子いた?」
「めっちゃ背が高い。……え? 年下なの?」
「誰か、話しかけなよ!」
先輩達は舞と千鶴の存在を綺麗に忘れ、騒ぎ始めた。そんな先輩達の姿には一切目もくれず、男は浮足立つ先輩達の間をひょいひょいとすり抜けて、舞達の方へと近づいて来る。
「こんなところで何やってんの?」
男は千鶴の前で立ち止まった。その目には千鶴だけを映している。千鶴はといえば、目を真ん丸にして茫然と男を見上げていた。
「千里……」
「せん……り?!」
ぽつりと呟いた千鶴の声で、舞は弾かれたように男を見た。名を呼ばれた男はふっと表情を緩め微笑んだ。
「俺、この子に用事があるんで、お借りしま~す!」
明るくそう告げると、男は千鶴の腕を掴む。
「その子とは関わらない方がいいよ!」
突然、末下先輩が声を上げた。男が肩越しに振り返る。その手は千鶴の腕を掴んだままだ。
「……どういう意味ですか?」
男が興味を示したことで、末下は鬼の首を取ったかのような傲慢な笑みを浮かべた。
「その子、結構いろんな男と遊んでるんだよ。昨日も3人の男が鉢合わせしっちゃって、かなりの修羅場になってたみたいだし」
一瞬、男が僅かに目を眇めた。
「昨日……? 3人──」
「そうよ。そのうちの一人がかなりヤバめの男だったんだから。ロン毛にサングラスで、着ているシャツもマジでヤバかった。陵蘭の男子と揉めてたわ。純粋そうに見えるけど、男だったら誰でもいいのかもね」
「……なるほどね。原因は俺達か」
「え? な、何?」
男の呟きは小さく、聞こえなかった末下が聞き返す。
だが、男は答える代わりに末下を真っすぐに見た。末下が僅かに怯む。
「あなたはとても親切な人のようだ。見ず知らずの俺を心配して忠告までしてくれる」
笑顔で褒められ、末下の頬が一気に赤く染まる。そんな末下をじっと見下ろし男は僅かに首を傾げた。その仕草はどこかワザとらしくさえ見えた。
「俺、あなたとどこかで会ってませんか?」
「え?!」
驚いたのは末下だけではなかった、好奇の目が一斉に末下に向けられる。思ってもいなかった展開に末下の顔はさらに赤くなる。
だがその目は期待に輝いていた。
「ど、どうかな? 会ってるかもしれないけど、覚えてないわ。ごめんね」
明らかに男を意識した末下の声は、先ほどとは打って変わって高くなっている。舞は思わず噴き出しそうになるのを堪えた。
「ああ! 思い出した」
男は大袈裟な仕草で手をポンっと叩く。
「昨日、駅前に居ませんでしたか? 俺もいたんですよ!」
「え! そうなの? 気付かなかった。どこ?」
「駅の出口近くにあるファミレスです。あなたの席よりは遠かったけど、俺、見てたんですよ。あなたの事を」
「え? 本当に?!」
「だって、大食いしてましたよね。凄いな、って感心してたんですよ」
他の先輩達の冷ややかな視線が末下に集まる。
「すえ! どういう事?! あんた昨日お腹が痛くて部活休んだよね?!」
赤かった末下の顔は一気に蒼ざめていく。踵をかえし脱兎のごとく逃げ出した末下の後を、他の先輩達が追い駆けて行った。取り残された舞達は先輩達の姿が消えた先をあっけにとられて見つめていた。
「おっと!」
焦った声に舞は弾かれたように振り返る。男に腕を掴まれたまま千鶴が力尽きた様に座り込んでいた。
「大丈夫?」
舞は千鶴の前にしゃがみ込む。
「こ、怖かった……」
呟く千鶴の声は震えている。
「そうだね」
舞は不憫な親友の頭を優しく撫でた。
「君は誰? 千鶴の友達?」
声のほうへ舞が視線を向けると、男がじっとこちらを見ていた。
「そうだけど? あなたこそ誰なの?」
「俺? 千鶴の初恋の相手の桐谷千里で~す。よろしく!」
「バ、バカっ! 何言ってくれてんのよ!」
千鶴が即座に千里の発言を阻止しようと声をあげた。
だが、想定外の展開に舞の思考はみごとに停止する。
「初恋……?」
「保育園の頃のことだからね!」
必死な様子で千鶴が舞に縋る。
「あはははっ! サルのくせに照れるなよ」
「照れてるんじゃない!」
その時、突風が非常階段を吹き抜け、ギャアギャアと言い合う千鶴と千里の声を乗せて空高く舞い上がって行った。
読んでくださりありがとうございます。楽しんでいただけているでしょうか? 千鶴の第二の幼馴染の登場です。また続きを読んでいただけると嬉しいです。




