57.呼び出し。
学校の休み時間の廊下は普段から賑やかなものだが、特に今日は騒がしかった。
「好きって、言ったの?!」
三嶋舞は素っ頓狂な声をあげる。
「しっ! 舞、声が大きいよ!」
慌てた音無千鶴が舞の口を両手で塞ぎ、辺りを見回す。
2時限前の休み時間、親友の千鶴が舞の教室へ律儀に英語の小テストのお礼を言いに来ていた。何とか合格したと聞いて、舞は安堵する。
だが、次に千鶴の口から飛び出した話に非常に驚かされた。
千鶴が幼馴染の有馬真一に『好き』と言ったというのだ。
「好きって言ったというか、『好きかも』って、なんか流れで……。舞にはちゃんと報告しとこうと思って……、その……、真一の事が好きなんだって気付けたのも、舞のお陰だし、朝練の時はさすがに話せそうな時間もなかったから、だから……」
どんな流れがあったのか非常に気にはなったが、その後の展開の方に興味が湧いた。もちろん経緯は後でみっちりと聞くつもりだ。はやる気持ちのまま、がしっと勢いよく千鶴の肩を捕まえる。
「それで? 有馬君は? 何て?」
舞の勢いに、千鶴は驚きを通り越して明らかに怯んでいる。
だが、逃がすつもりはなかった。
(全部吐いてもらうわよ!)
千鶴は顔を赤らめたまま目を泳がせている。
「し、真一? ……え……えっと、どんな好きか分かったら教えて、って……」
「……は? どんな好きって、どういう事?」
「え? あ、……その……なんか凄く恥ずかしくなって、どんな好きか分からないって、真一に言っちゃったから」
「ちづ……、どんな好きか分からないの?」
「ううん。ちゃんと分かってる。というか、言ってから真一の事が本当に好きなんだって気付いた」
(今頃? でも、やっと気付いたのね)
舞は心の中で呆れつつも感心する。
「ふ~ん」
やっと春が訪れた親友の姿を舞はついニヤニヤしながら眺めていると、頬を染めた千鶴は白々しく目を逸らした。
(なんだろう、この可愛い生物は?)
舞の視線から逃れようとしながら照れている千鶴を見ていると、何とも言えない衝動に駆られる。
(抱きしめたいというか、こねくり回したいというか、突っつきたいというか、いじりたいというか……)
舞の両手の指がもぞもぞと動く。
以前、千鶴が真一の事を意地悪だと言っていたことを思い出し、彼もきっとこんな気持ちになっていたのではないだろうかと推測する。
「あっ! それとね」
突然、千鶴がポンと手を叩く。話を変えようとしていることが見え見えだ。
もしかしたら、何かを敏感に感じ取ったからかもしれないが、舞はそう簡単には話を変えさせるつもりはなかった。
だが、舞が行動を起こす前にすべての思惑を凌駕するほどの爆弾発言を千鶴がぶっこんできた。
「今日、私のクラスに転校生が来たんだけど、幼馴染なの!」
「幼馴染?!」
再び舞は頓狂な声を上げなくてはならなくなった。
珍しく転校生が来た事は舞も耳にしていたが、まさか千鶴の幼馴染だとは思いもよらなかった。
「……幼馴染?! 有馬君だけじゃなかったの?」
「うん。六年生になる前にアメリカに行っちゃった子でね、随分長い間会ってなかったんだけど、昨日も校門を出たら居たからびっくりした」
「え? 昨日? 校門にいたの? ……まさか、千鶴に会いに学校まで来てたの? わざわざ?」
「そうみたい。突然だったから驚いた」
千鶴の屈託ない笑顔を舞はじっと見つめる。
「……ねぇ、……転校生は超かっこいいって聞いたんだけど?」
「ん? そうなのかな? 小学生の時は女子だけじゃなくて男子の友達も多かったよ。でも、背もすごく高くなっていて、知らない人みたいで変な感じ」
「ちづの教室に行くよ! 一見にしかずっていうからね。その幼馴染とやらを私も見てみたい!」
転校生を一目見ようと千鶴を引きづるように廊下を進みながら、舞の心はなぜか嫌な予感がしていた。
(ただの幼馴染がわざわざ転校前日に校門で待っていたりする?)
舞は真一の不器用な恋を勝手に応援していた。どう見ても千鶴に自覚がなかっただけで、二人はすでに両思いだった。なのになかなか進展しない恋をもどかしく思いながらとても楽しみにしていたのだ。
それがあともう一歩で成就するというところまできている。
(ここで、二人目の幼馴染ですって?!)
「音無」
背後からの声に千鶴が振り返った。もちろん舞も振り返る。そこには2年のバレー部の先輩が数人立っていた。それも、よく練習をサボっている方々だ。
「ちょっと、聞きたい事があるから来て」
「? 聞きたい事? ……ですか?」
明らかに不穏な雰囲気が漂ってくる。千鶴を見ればきょとんとしている。なぜ先輩方に呼ばれたのか本人にもまったく見当がつかないに違いない。
「ごめんね、舞。ちょっと行ってくるね」
そう言って千鶴が舞に笑顔を向けてきた。
だが、その笑顔が引き攣っている。悪い予感がしているのだろう。そのような顔を見せられて、ほっておけるわけがない。
「先輩! 私も一緒に行っていいですか?」
歩き出そうとした千鶴の横に舞は並び立つ。先輩達は予想していなかった展開に驚き、互いの顔を見合わせている。
「好きにすれば」
「ありがとうございます!」
「舞……」
千鶴が目を真ん丸にして見つめてくる。かなり驚いているようだ。舞が肩をポンっと軽く叩けば、千鶴がほっとした表情を浮かべた。少し安心したようだ。
「舞。ありがとう……」
「お礼を言うのは早いと思うけど?」
「もう、舞ったら……」
千鶴の顔に笑顔を戻った。ふふふとお互いを肘で軽く小突き合いながら微笑み合う。先輩の後に続き連れて来られたのは非常階段だった。当然、他に誰もいない。壁を背に立たされ、3人の先輩が前に立ち塞がった。
「音無。昨日、部活をサボってたよね?」
「え?! サボったわけではないです!」
千鶴はうわずった声で、顔を左右に激しく振った。
「ねえ、調子に乗ってんの?」
「土曜日の事だって、あの陵蘭の男の気を引くためにワザと倒れたふりしてたんでしょ?」
「ええっ?!」
酷く驚いた様子で千鶴は焦った声をあげている。
先輩の言葉はすべて質問だったが、口調と内容は明らかに千鶴を責めていた。思わず舞は千鶴を擁護するため口を挟む。
「先輩! 本当に音無さんは先生から部活を休むように言われて……」
「三嶋、あんた関係ないから黙ってろ!」
先輩達はまったく耳を貸す気はなかった。初めから一方的に千鶴を責めるつもりだったのだ。
「これはどんな状況なんですか?」
突然の男の声に、その場にいた全員の視線が非常階段の入り口に注がれる。開け放たれた扉に軽くもたれかかって立っていたのは、背の高い、真新しい制服を身に着けている男だった。ネクタイの色は舞達と同じ赤。
だが、舞にはまったく見覚えがなかった。
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