51.馬鹿だろう。
千里の言動に振り回される真一と千鶴。。
俺は桐谷千里のことが嫌いだ。
有馬真一は過去に思いを馳せる。
『千鶴の”ち”は、千だ。それから、おれの名前の千里の”千”も、千だから、おれたちは、仲間だな!』
これ見よがしに地面に木の枝で、『千』を二つ並べて書きながら、千里が自慢気に話す。 千鶴と一緒に遊びはじめてから少し経った頃の事だ。
恐らく、これは牽制。
二人は、真一が越してくる以前からずっと一緒に遊んでいたらしいから、突然現れた真一の事を、きっと千里は煩わしく思っていたのだろう。
名前に“千”の字が無い真一を前にして、まるで『おまえは仲間じゃない』と言っているようなものだ。
『本当だ! 一緒だね!』
地面に書かれた”千”の字を見つめていた千鶴が、目を真ん丸にして、嬉しそうに顔を上げた。その顔を見るのが嫌で、真一はそっぽを向く。
『じゃあ、数字は”一”から始まるから、私達の”千”は真一の”一”から始まるんだね! あっ! 見て! ”千”の字の中に、しんいちの”一”があるよ!』
弾かれたように振り返れば、千鶴が枝の先で”千”の字の中の横線をなぞっていた。真一はちらりと隣を見る。千里は驚いた顔をして言葉を失っていた。
残念ながら千鶴が意図して真一を庇ったわけではないことは分かっていた。それどころか、彼女は千里が真一に対して、意地の悪いことを言っていることにも気づいてはいない。
ただ、思ったことを口にしているだけ。
それでも、真一は嬉しかった。そうなると、今度は千里が何を考えているのか気になった。
だが、千里は真一と目が合うと、突然大きな口を開けて笑い始めた。
『あはははははっ、本当だ! 俺らの名前の中に、真がいやがった』
『私達三人は、仲間なんだね! スゴイね!』
その日からしばらくの間、千鶴の仲間探しに火がついて、名前に数字がある人を見つけては、『仲間だ!』と騒いでは、相手を大いに引かせていた。
「大丈夫か?」
隣に並んで立っていた佐倉要が、心配そうな声で尋ねながら真一の顔を覗き込んで来た。無言でその目を見つめ返す。
「俺も一緒に帰ろうか?」
さらにそう言いながら、要はちらりと千里と千鶴へ視線を向ける。真一も顔を向けた。
「何、その髪型」
「似合ってるだろ? あっちじゃ、大ウケだ。侍って言われている」
「どのあたりが侍なの? 単に後ろで一つに縛っているだけに見えるけど?」
千鶴と千里は、まるでじゃれ合うように仲良く話をしている。
どうやら千鶴への片思いを知っている要は、真一のことを心配しているらしい。
「……何の心配だ? 俺は幼稚園児か?」
心の中では感謝しながら、何でもないように装い要の額を指先で思いっきり弾く。
「痛っ!」
「佐倉、またな」
額を両手で押えている要に向かって軽く手を上げ、真一は二人の元へ向う。
「あ、真一! この髪型が侍なんだって」
「その髪型は風紀違反だ。切れ」
「なんでだよ。真は別の学校だろが!」
千鶴を挟み、たわいもない話をしながら家までの道を歩いて行く。
小学校5年生の終わりにアメリカへ渡った千里とは、5年近く間会っていなかった。それは千鶴も同じこと。
だが、幼馴染とは不思議なもので、長い間会っていなくとも、姿が変わったとしても、会えば一瞬であの頃へ戻る。
それがどれほど気に食わない奴だとしてもだ。
「ちい、今付き合ってる奴っているの?」
千里の家の前に差し掛かった時、千里は徐に千鶴へ爆弾を投下した。
「! と、突然、何よ。……いないけど?」
「ふ~ん。いないのか。サルだったくせに、なんか可愛くなってるからさ」
「〇×△□……!」
顔を真っ赤にした千鶴が、口をパクパクと開け閉めしている。そんな千鶴を背に庇うように、真一は千里の前に立つ。
「千鶴を揶揄うな。えっ……?!」
突然のことに、真一の口から驚きの声が漏れた。千里が真一のネクタイを引っ張ったのだ。思わず前のめりになる真一の耳元に千里が口を寄せた。
「おまえ、馬鹿だったんだな。何で、まだ千鶴とお友達ごっこやってんの?」
ばっと千里の手を振り払い、真一は身を起こして千里を睨む。
「別の学校に行った事、後悔するなよ」
そう言って、千里は小馬鹿にするように『ふん』と鼻をならした。
「何やってるの?」
背後から千鶴が聞いてくる。千里の声は小さかったので、千鶴には聞こえていなかったようだ。
「じゃあな、ちい。本当に、明日起こしに来てくれないのか?」
門を開けながら、千里はまだふざけたことを言っている。
「自分で起きられるでしょう? それに、私は部活の早朝練習があるから無理だよ」
「つまらん。……じゃあ、俺も同じ部活に入ろうかな」
「残念でした。私は女子バレー部なの」
「そりゃ、残念だ。じゃあ、また学校でな」
ひらひらと片手を振りながら、千里は家の中へと姿を消した。
閉じられた扉を見つめたまま、真一と千鶴はなぜかその場からしばらくの間動けないでいた。
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