49.一緒に住んでくれる?
親の転勤でアメリカに行っていた千里の帰国に、千鶴の生活に嵐の予感。
音無千鶴は後悔していた。それもかなり………。
夕刻間近の賑やかなファミレスの一角。彼女の席のまわりだけが静まり返っていた。特に、向かいの席に座っている有馬真一は能面のように一切の感情を消した表情のまま一言も発しない。その隣にいる真一のクラスメイトの佐倉要は状況が把握できずに困り顔だ。
そして、この状況の元凶である男は、千鶴の隣に座り一人満面の笑みを浮かべながら楽しそうにメニューを見ている。彼は突然アメリカから帰国して来た桐谷千里だった。
人目を避けるために三人の男達を連れて強引に店へ入ったのだが、たまたま席が入口付近だったことが災いして、三人三様の表情を浮かべている男達に囲まれている千鶴の姿は逆に人目を引いてしまっていた。
四人の関係を探るかのような視線にいたたまれず店を出ようかと考えていると、要がワザとらしく『ごほんっ』と咳払いをした。
「え~と、………あなたは、誰ですか?」
要が直球で本人に尋ねる。沈黙に耐えられなかったのか、もしくは千里の存在が余程気になっていたのか、恐らくその両方なのかもしれない。
「あ、俺?」
千里はメニューから顔を上げ、自分を指さす。要が頷いて見せれば、ふっと人懐っこい笑みを浮かべた。
「俺は、桐谷千里。真とちいとは幼馴染なんだ」
「幼馴染………」
「そう。俺が親父の転勤でアメリカに行くまでは、俺達はよく一緒に遊び回ってたんだ。俺ら以外の面子は毎回コロコロ変わるんだけど、俺とちい、それから真は近所だったからずっと一緒にいた。っていうより、何かと問題を起こすちいのお守役かな」
「ちょっと! どういう意味?」
あんまりな言われように、千鶴は顔色を変えて千里に抗議する。
だが、千里は千鶴の剣幕にはまったく動じず、再びメニューに視線を向けた。
「間違ってはいないだろ? 川とか溝とか水たまりとか、水があれば必ず覗きに行ってハマる。冒険に出るとか言って、結局は迷子になる。高い所はとりあえず登る。特に、降りられなくなるのに、高い木に登るんだぜ。その度に俺達は助けに行かなきゃならない。なあ、真? 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって泣くんだもんな。俺ら二人で慌てて梯子を借りに走ったよな?」
具体的に指摘され、確かに身に覚えのある事柄に恥ずかしさと後ろめたさを感じる。千鶴が言葉に詰まっていると、ふっと空気が揺れた。真一が静かに笑っている。
「……まあ、その分、いろいろ面白かったけどね」
「まあな」
妙なところで通じ合う真一と千里の様子に、千鶴は一気に小学生の頃に戻ったような不思議な感覚に囚われる。
真一と千里は普段一緒に遊んでいてもそれほど仲良しこよしというわけでもなかったのだが、千鶴に何かあると二人は見事な連携プレーで助けてくれていた。その時のことがまるで昨日の事のように鮮明に思い出された。
(そうそう! 二人を仲良くさせたくて、わざと無茶をしたこともあったんだよ!)
千鶴は自分に都合の良い解釈をする。
ちょうどその時、注文を取りに来た店員に千鶴はミルクティーを注文し、真一と要はアイスコーヒーを、だが千里だけはガッツリとしたハンバーグセットを頼んでいる。それも、他に単品までいくつか追加していた。
「ちょっと、千里。今そんなに食べて夕飯食べられるの?」
心配して尋ねれば、彼はとても幸せそうににっこりと笑顔を向けてきた。それほど日本での外食が嬉しいのだろうか。
「ん? これが俺の夕飯だ」
「家で夕飯食べないの?」
「俺、一人暮らしだもん」
「「は?」」
今度は、真一と千鶴が息ピッタリの反応をかえす。
「え? 家族で日本に帰ってきたんじゃないの?」
「いいや、俺だけ」
「……どこに住むの?」
「もちろん、俺の家。家を長くほったらかしにしてると傷むからな。都合よく、親に家の管理を任された」
「あの広い家に一人で住むの?」
「そういうことだな」
「……寂しくない?」
心配そうに千鶴が問えば、千里は年を重ねてもまったく変わっていないまっすぐな眼差しを向けてきた。
「じゃあさ、ちい、一緒に住んでくれる?」
「!」
真一の体がびくっと揺れた。隣にいた要がおろおろと真一を見つめる。
「は? なんで? 一緒に住むわけないでしょ?」
「冷たい奴だな~。あっ、そうそう、明日から同じ学校だから、よろしくな。ちい」
「「「はあ?!」」」
千里以外の声が見事にハモッたのだった。
読んでいただけて嬉しいです。ありがとうございます。突然現れた千里のお陰で、かなり近づいてきていた真一と千鶴だったのですが、どうなるのやら………。また、続きを読んでいただけると嬉しいです。




