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君のことが好きなんだ。  作者: 待宵月
34/81

34.ごめんなさい。

突然現れた女達に詰め寄られた千鶴に真一は……。


*2018年12月16日、訂正及び、追記しています。

 傷ついた表情の千鶴の姿を、笑みを浮かべた女達が見つめていた。

 さらに、長い髪の女が追い打ちをかけてくる。


「貴女みたいな人では、到底無理なのよ。傷つく前に離れた方がいいわ。彼、見た目はとても綺麗だけど、人として感情が欠けているでしょ? まるで観賞用のビスクドールのようにね」

「!」


 弾かれたように千鶴は顔を上げた。

 怒りが傷ついた心の痛みを凌駕する。これ程の怒りを感じたことはない。

 もちろん、この怒りは自分に向けられた蔑みからではない。真一に対して発した女性の言葉に対しての怒りだった。

 突然、人が入れ替わったかのように激しい目で真っすぐに睨みつけてくる千鶴に対し、女は一瞬怯む。

 だが、すぐにむっとした表情を浮かべ、腕を組んだ。


「貴女のことを思って言っているのよ!」

「……あなた、誰なんですか?」


 千鶴の問う声に怒りが滲み出る。

 相手がいくら年上だろうと、何だろうと関係ない。真一を傷つけるような人は誰だって許せなかった。


「私? 以前、彼と付き合っていたの」


 どこか勝ち誇ったように女は顎を僅かに上げた。


「!」


 千鶴の目が大きく見開かれる。

 言葉を失い、茫然と立つ千鶴の姿に女は満足したように満面の笑みを浮かべた。傲慢にさえ見える仕草で左手を持ち上げ、一目見て高価だとわかる腕時計を千鶴の目の前にかざす。


「ねえ、この時計は貴女に似合うと思う?」

「……いいえ」


 固い表情のまま千鶴は答えた。


「ふふふ。自分の事を良く分かっているじゃない。有馬真一はこの時計と同じなのよ」


 女は愛おしそうに時計を撫でる。


「別に私は彼に感情なんて求めてなかったわ。あの子って、立っているだけで人目を引くほどとても綺麗な顔をしていたから、私が見立てた服を着たらより引き立ったわ。一緒にいたら、お似合いってよく言われたのよ。でも、貴女といれば、間違いなく彼の価値は下がるわね。それに比べて、私といれば有馬真一は自分の価値を上げる事ができるのよ」


 女は自分の言葉に酔いしれるように徐々に饒舌になっていく。

 だが、千鶴は再び女をキッと睨んだ。


「私のことなら何を言ってもいいです。でも、真一をそんな時計と一緒にしないで!」


 千鶴は叫んでいた。


「そんな……ですって? この時計がいくらすると思っているの?!」


 女は肩を怒らせる。爪を立てて威嚇する猫に対し、自分が主なのだと教えるように。

 ふと視界が陰った。女からの攻撃的な視線から千鶴を庇うように誰かが立ちふさがったのだ。その背は千鶴が良く知るもの。


「ご無沙汰しています。麗子さん」

「……有馬……真一?」


 麗子と呼ばれた女は声を震わせた。それは感激からではないことは千鶴にも分かった。真一の背後にいた千鶴には、麗子の顔は見えない。もちろん、真一の表情も。


「俺の連れに何の用ですか?」


 再び真一が声を発した。

 その声は低く、千鶴には知らない男のもののように聞こえた。口調は穏やかなのに、聞いた者の心を凍らせのに充分な冷たさがあった。

 繁華街の片隅、喧噪の真っ只中にいるはずなのに、この場だけがまるで見えない何かに覆われてしまったかのような不思議な静けさが四人を包んでいた。


「……行こう」


 静寂を断ち切ったのは真一だった。麗子達にくるりと背を向け、まるで千鶴を庇うように腕を千鶴の背に回し、歩くように促す。

 千鶴は無言で従った。頭の中も感情も、いろんなものが混ざりあってぐちゃぐちゃになっていて、うまく思考できなくなっていた。


「キノ」


 どれほど歩いただろう。真一の声に千鶴は回らない頭でのろのろと顔を上げた。真一が瞠目している。慌ててズボンのポケットからハンカチを取り出した。珍しく動揺した様子で千鶴の目元を拭う。

 そこで初めて千鶴は自分が泣いていた事に気付いた。


「……ごめんなさい」


 ぽろりと謝罪の言葉が千鶴の唇から零れ落ちた。


「え……?」


 思いつめたような顔で千鶴の目元を拭っていた真一の手が止まる。 


「ごめん、真一。……ごめんね」


 何度も謝罪の言葉を繰り返し、涙をぽろぽろと流し続ける千鶴の姿に、明らかに真一は困惑していた。

 だが、千鶴には真一に謝るしかなかった。そう、蓋が開いてしまったのだ。


『ちづの心の中に、蓋をしている気持ちがあるんじゃない?』


 以前、舞が千鶴に言ったように、確かに胸の奥に蓋をしていた。

 もちろん、それは無意識でのことだ。

 それが今、封じていた記憶と共に、いろんな感情を伴い千鶴に襲いかかってきていた。その記憶の中に、あの麗子という女性もいた。彼女は、以前真一の玄関先で、彼の頬を叩いていた女性だ。


「千鶴……」


 ぽろぽろと涙を流し続ける千鶴の様子に、真一は平静を失いおろおろと見つめている。


「……私、自分のことしか考えていなかったの。ごめんね、真一。中学一年の頃、すごく苦しそうにしていたのに、声さえかけなかった。ごめん……。真一に嫌いだって言われるのが怖かったの。真一が私のことをどう思っているのか知るのが怖かったの。自分が傷つきたくなくって逃げてたの、……真一はあんなに辛そうにして苦しんでいたのに……ごめん」


 気付けば千鶴は真一の腕の中にいた。それもきつく抱きしめられている。

 いつもなら、動揺のあまり怒るか、逃げ出していたはずだ。

 だが、今まで封じ込めていた愚かな自分を真一へすべてさらけ出した千鶴は、放心状態で真一に抱きしめられたまま青い空を見上げていた。

 どこまでも続く青く広い空を。


読んでもらえて嬉しいです。ありがとうございます。楽しんでいただけたでしょうか? 千鶴の心の奥底でわだかまっていたものが噴出した回でした。それを聞いた真一はどうするのでしょうね。また続きを読みにきていただけるとありがたいです。

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