27.覚悟しててね。
千鶴の気持ちを知ろうと動き出した真一。千鶴の真一への想いとは?
テーブルに突っ伏したままの千鶴。
千鶴を見つめたまま身動ぎさえできずにる真一。
このリビングだけがまるで時間が止まってしまっているかのようだった。
「私は、酷い人間なの」
沈黙を破ったのは千鶴だった。その声は酷く思いつめたように聞こえる。
だが、真一はその声に応じることができなかった。次に彼女が何と言うのか予想ができなかったからだ。
「………さくらって名前の人が、男の人で良かったって思ってしまったの」
真一の目が大きく見開かれる。
「それは、………どういう意味? どうして佐倉が男で良かったって……」
問いかける真一の声は掠れていた。喉がひどく乾いている。
「────真一の彼女じゃないって分かったから……………」
「!」
堪えきれず真一は手を伸ばす。
束ねていない髪が目の前でゆるやかに波打っていた。その柔らかな髪にそっと触れれば、千鶴がびくりと体を強張らせる。真一はまるで宥めるように千鶴の頭をゆっくりと撫でた。
「………おれに彼女ができたら、キノは嫌なの?」
彼女の髪の感触に胸を熱くしながら、真一は優しく尋ねた。期待に鼓動が早くなる。
再び沈黙が二人を包む。
「だって! 真一は彼女が出来たら私を無視するじゃない!」
「うっ……」
突然、頭を上げた千鶴の後頭部が彼女を覗き込んでいた真一の顎に強烈な一撃を与えた。思わず真一は呻き声を上げ、顎を両手で押えてのけぞる。
「あっ、ごめん。真一………」
自分も痛かったのか、千鶴は後頭部をさすりながら、心配そうに真一を見る。
「……………無視しなければいいの?」
天井に視線を向けたまま真一は呟く。
「え?」
「おれに彼女が出来ても、無視しなければ千鶴はいいの? それで、いい?」
「そ、それは─────」
明らかに戸惑いを隠せない声で千鶴が口ごもる。
沈黙が続く。
酷く思いつめた顔を見れば、千鶴は本当に自分の気持ちが良く分かっていないのだろう。千鶴の気持ちを確かめたかったが、今はまだ早かったのかもしれない。
(本当に、おれは千鶴のことになるとダメだな)
「…………………ふ、ふふ、あは、あははははは─────」
「え? 真一?! 大丈夫? もしかして、打ちどころが悪かった?」
唐突に笑い出した真一の姿を見て、千鶴が焦った声をあげた。真一はソファーに深くもたれかかり、まるで顔を隠すように両腕を目の上で交差させた。
「………もうしない」
「え?」
「もうしないよ。おれはもうキノを無視したりしない」
「本当?」
「約束する」
ゆっくりと腕を降ろしながら、真一はソファーから身を起こした。すぐ目の前で、千鶴がほっと安堵の表情を浮かべていた。
はじめは真一と母とを繋ぐための話題でしかなかった少女。
だが、その少女がまるでふ化した蝶のようにどんどん綺麗になっていく。
(もう無視などできるわけがないじゃないか)
見つめてくる千鶴の色素の薄い潤んだ瞳の中に、真一の姿が映っていた。
(このまま彼女の心の奥にまで入り込むことが出来ればいいのに)
「千鶴」
「えっ…………」
『キノ』ではなく名前を呼べば、千鶴は困惑したような表情を浮かべた。
だが、その頬が僅かに紅く色づいたのを真一は見過ごしたりしなかった。
「覚悟しててね」
「へ? 何の?」
首を傾げる千鶴の姿に目を細め、『ふふ』と笑えば、千鶴は少し怯えた顔をした。
(そんな顔をしても、もう手遅れだよ。必ず好きだって言わせてみせるから)
待ち望んでいた言葉は得られなかったけれど、少しでも自分に好意があるのだと分かれば、今はそれだけでいい。
(待つのはもう終わりだ。さあ、これから君を捕まえるために何をしようか?)
真一は心躍らせながら、千鶴へ微笑んでみせたのだった。
読んでいただけて、ありがとうございます。楽しんでいただけましたか? さて、27話で千鶴が怯えておりますが、私も書きながら真一に怯えておりました。心の中で「千鶴逃げて!」とか思っておりました。私が書くキャラ達は勝手に動くので、これからどうなるのかははっきりとは分かりません。ただ、ハッピーエンドということだけはわかっておりますので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




