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君のことが好きなんだ。  作者: 待宵月
23/81

23.確認したいことがあるのだけど。

要の真一への想いが止まらない。

「有馬はいろんな意味で俺を救ったんだよ」


 真一から視線を外すと、要は空を仰いだ。眩しかったのか掌で影を作り、目を細める。


「俺は、親の敷いたレールを走りたくないとうそぶきながら、本当はレールから外れることも怖かったんだ。毎日がまるで真っ暗なトンネルの中を走っている感じだった。親が言ういい学校に、いい会社。俺はそこで何をするんだ? 何のために生きてる? 俺の意志はどこにある? 俺の人生なのに! いつもイライラしていた。そんな時に有馬に出会ったんだ。今もあの日見た有馬の真っすぐに伸びた背中を覚えている。輝いて見えたんだ。まるで暗闇の向こうに見える光のようだった」


 再び要の目が真一を捉える。そのまっすぐな眼差しに、真一は言葉を失う。


「俺、有馬にもう一度会いたくて、有馬の学校にまで行ったことがあるんだ」

「え………?」


 驚く真一の顔を見て、恥ずかしそうに要はぽりぽりと右頬をかく。


「まあ………有馬に会える前に、学校の門前で守衛のおじさんに見事に追い払われたんだけどね」


 真一はその時の状況が安易に想像できた。確かに、あの学校の前で違う学校の制服を着たやんちゃな男がうろうろしていたら、そうなるだろう。


「また来たら今度は警察を呼ぶとまで言われて、しばらくの間落ち込んだよ。でも、俺はどうしても有馬に会いたかった。だから、必死で考えて、いい方法を思いついたんだ。有馬の学校は中高一貫だったけど、高校からも外部から生徒を募集するだろ? 俺が有馬の学校を受験して受かれば、もう誰にも邪魔されずに有馬と会えるってね」


(どうしてそこまでおれにこだわるのだろうか? おれの人生を千鶴が変えたように、佐倉の何かをおれが変えたというのか?)


 脳裏に真一を変えた千鶴の無邪気な笑顔が浮かんできた。思わず笑みがこぼれる。千鶴と一緒にいる時だけに見せる優しい顔を。


「有馬……」


 その笑顔を目の当たりにしてしまった要は、唖然となる。そんな要を真一は笑みを浮かべたまま真っすぐに見た。


「……中学受験より、高校受験の方が難しんだ。大変だっただろ?」

 

 その声にはどこか要を労わる響きがあった。真一の中で、要に対して張り巡らしていた壁が取り払われた瞬間だった。

 

「そ、そうなんだよっ!」


 要の顔が弾かれたようにぱっと明るくなる。

 だが、その頃の事を思い出したのか、すぐに顔を歪めた。


「俺、死ぬほど勉強したんだ。入学式で新入生代表として壇上に立った有馬の姿を見た瞬間、俺、号泣したよ」

「号泣? おまえの周りの奴は引いていたんだろうな」


 きっといろんなものを我慢して、おそらくは睡眠さえ削ってなりふり構わず勉強したに違いない。


「学校の授業だけじゃどうしても無理だった。だから、塾へも行きたいってその時険悪だった親父に頭を下げたんだ。陵蘭高校を受験したいって言ったら、おまえには無理だって鼻で笑われたけど、塾には行かせてくれた。それに、受かってからは親父は俺に何も言わなくなったんだ。今も相変わらず相性は最悪だけど、俺はこの家に生まれて良かったって、今は思えるようになっている。本当に、両親には感謝しているんだ。妹が、あのままだったら一家離散になると思っていたって、この前笑いながら言われたよ」


 そう言って要は笑う。

 いつもへらへらしているだけの男だと思っていたが、この男なりにいろんな葛藤を乗り越えてきていたようだ。今、真一の要に対する印象はずいぶんと変わっていた。


(まあ、おれに執着を示す思考回路だけは今も理解不能ではあるが……)


 真一は溜息をもらす。


(馬鹿だと思うこともあるが、要は愚かではない。さらに,自分とは大違いだということも分かった。本人には絶対に言うつもりはないが、すごい奴だと思う)


 光を探してもがいていた要とは違い、あの頃の真一は大切な者に背を向け、暖かな光溢れる世界から自ら真っ暗なトンネルの中へ足を踏み入れて、勝手に絶望していたのだ。

 だが、要があの頃の真一にわずかでも光を感じたと言うのなら、それはきっと真一の中に残っていたたった一つの願いだったのかもしれない。


 『千鶴を守りたい』という、ただそれだけの願い。


 千鶴を守りたかった。その一心で、空手を習いだした。

 でも、守り方が分からなくて、逃げるように身を引いた。実際逃げたのだ。

 真一は苦笑する。


(愚かなのは俺だな。逃げた分その距離を縮めることがなかなかできずにいる。もしあの時、要のようにただ我武者羅に、千鶴のそばにいるために必死であがいていたのなら、状況はきっと変わっていたはずだ)


 これは要を見習って、なりふり構わず千鶴との距離を縮めていくしかないのだろう。彼女が警戒を解かない限り、真一の想いは前途多難なのだから。


(もう千鶴から逃げたりしない。いや、もう離れる事態耐えられない)


 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか駅前にたどり着いていた。


「ねえ! ちょっと、いいかしら? 確認したいことがあるのだけど!」


 真一の前に一人の若い女が立ちふさがった。長い黒髪が風を受けて大きく揺れる。

 千鶴の親友の三嶋舞だった。


 読んでもらえて嬉しいです。楽しんでもらえたでしょうか? 要がヒロインを差し置いて、真一を独り占めしています。このお話は、真一と千鶴の恋のお話だったはずなのに、困ったものです。

 では、また読んでいただけたら幸いです。

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