3話 商業都市エイビス
私たちはβ時代にお気に入りだった中央から西門寄りの喫茶店に居た。
まだ11時前のはずだが、異世界に来てしまったと認識すると急にお腹が空いた。10時のサービス開始に合わせて朝食兼昼食と栄養ドリンクまで済ませたはずなのに。おかしい。
多くの女性プレイヤーで賑わっていたこのお店も今は静かでゆっくりとした時間が流れている。お店の端の席に座ったので、会話を聞かれることもないだろう。
(ゲーム側のお店は今頃大変だろうな・・・。)
そんなことを考えながら、フォークに刺さったものを頬張る。
「ん~っ。これこれうまぁ。」
「異世界きたかもしれないのに、ずいぶん余裕だな。」
ダンテは私の前に置かれたフルーツが大量に盛り付けられた3段ホットケーキを見ながら呆れていた。
「そういう自分だって頼んだじゃん。」
ダンテの目の前にもちゃんと私と同じホットケーキが置かれている。
「コスパいいからな。このホットケーキ。」
「本当は甘いもの好きなくせに~。」
ここを訪れる女性プレイヤーのお目当ての大半がこのホットケーキ。
3段重ねしかもフルーツてんこ盛りでなんとお値段500エデン!
ちなみにコーヒー1杯400エデンで紅茶が300エデンと言ったらお得さが伝わるだろう。
喫茶店に来たのに2人の飲み物は当然水だ。店員さんから可哀想な目線を受けたのは気のせいだろう。
お金の単位はゲームの頃と同じくエデンでこの世界と同じ名前。
初期に持ってるお金が1000エデンなのでこのホットケーキは半分になるわけだが。腹が減ってはとも言うし、ホットケーキ大事。
ここに着くまで露天や看板を散策しながら歩いて来たが、物価も大きくは変わりないようだ。
宿が1泊安宿で素泊まり4000~5000エデン。
汎用の一番安い装備でも一万エデン以上。
相場は現実世界に近く設定されている。
それと共にいくつかの情報も手に入った。
ゲームでは徒歩で1時間程だった隣の村ですら馬車で1日、次の街学園都市スーガラまでは馬車で4日、徒歩だと半月ほどかかる。
ちなみに馬車は1日に特殊な餌のおかげで4時間、休憩30分でもう4時間走ることが可能だそうだ。速度も自転車並みには速いらしい。
馬車代は学園都市まで5万エデン。食料も自分持ちで、村での宿は個人で用意するか移動で寝て夜は飲み明かすらしい。
そして学園都市は物価が倍以上高いらしい。その先の王都と変わりないのだとか。ゲームのときもそうだった記憶がある。
街の外に関しても距離を除けば配置は同じで、高LV地域の瘴気の仕様に関しても変わりはないらしい。
他のプレイヤーキャラクターに関しての情報めぼしいものがなかったが、復活できる伝説の冒険者という存在の伝説はどうやらあるらしい。
「さて、これからどうしようか?」
すっかり空になったお皿を前に、今後の予定を決めるため切り出す。
「どうしようか?といいつついつも通り、案は決まってるんだろ?」
「まぁねぇ。長期目標は後回しで、とりあえず冒険者協会に登録しようかと思ってる。」
「いいんじゃないか?」
デスペナルティーの衰弱も後20分程。時間的にもちょうどいい。
ゲームの時は次の街まで登録しないつもりで居た冒険者協会への登録をここですることにした。
ゲームでは、初日の混雑で登録に時間が掛かることが予想されたており、後からの登録でカウントが入らなくなる討伐系クエストは、倒す数が少なく討伐数を満たす毎に報告する必要があり協会のポイントも依頼金も低く、取得経験値も往復する時間で狩りしたのとあまり変わらなかったため、狩りしたほうがいいだろうという結論になっていた。
また、納品系クエストがドロップ率が関わるため倒す数は増えるが、協会ポイントが高く倒したときに登録していなくても物さえあれば後から納品が可能であり往復に時間が掛かることもない事、そして4時間も狩りながらプレイしていれば学園都市に行けてしまった事、納品系クエストの報酬が学園都市のが高い事などもその結論を後押ししていた。
しかし、現在所持金500エデン。最低でも今日中に宿泊費4000エデン以上は稼ぎたい。移動や食料にお金の掛かる学園都市にはしばらくいけないだろう。納品クエストの報酬が学園都市のが高いとか言ってる余裕はないのだ。
冒険者協会もこの地区に合ったはずだ。一応エイビス周辺の地図をウエストポーチから取り出す。このポーチはゲーム時代でもそうだったが、インベントリに中が繋がっていてシステムで操作しなくても取り出したいものを取り出すことができる。
地図を確認する。地図は大雑把だったが、ゲームでみたときとは変わっている場所もあるので、おそらくこちらの地理になっているのだろう。
神殿を中心に東西南北に大通りがあり、主要な施設は、その大通り沿いにある。
各門の近くには騎士団の支部があり、騎士団本部は中央のやや東門寄りにある。
冒険者協会は今居る喫茶店より西門に近い騎士団支部の斜め向かいにあるようだ。
王都からの荷物の着く南門付近には、商人協会の本部や大商会の本部が軒を連ねる。
北門を出てすぐにある運河の港やそれを受け入れる施設がありその周りにももう1つの壁と門がある。
東門付近は国家間の交渉に使われる貴賓館のような施設もあるようだ。
「冒険者協会は西門のすぐ近くだな。」
「だねぇ。いきますかぁ。」
「うぃ。」
地図を確認し終わったので、ポーチにしまい席を立つ。支払いはすでに済んでいるので(商品を受け取ったときに。チリンって効果音つきで自動で引かれた。不思議。)店を後にする。
店を出て歩き始めたところでダンテが話しかける。
「で、冒険者ギルド行くのにだけど、俺はいいとして、リコ・・・。その見た目大丈夫か?」
「ギクッ。」
「ギクッ。じゃないギクッじゃ・・。ゲームなら結構多かったけど、異世界だとアウトだろその見た目。」
丁度通りかかった衣装店のガラス製のショーウィンドウに私とダンテの姿が映し出される。
私は白いロングでストレートな髪を赤いリボンでツインテールにしている。(眉毛もまつげも真っ白)目は赤と青オッドアイの美少女風なアバターが今そのまま容姿になっている。ちょっと恥ずかしい。
対するダンテは金色のショートヘヤ(眉毛も金!髭はまだ生えていない感じ)に中性的な美貌に黒い瞳。片耳に輝く青いピアスが映える。イメージは長身の男装麗人。
2人ともコットンシャツとパンツがありえないぐらい似合わないのは置いておいて。
問題は身長差。
ダンテは180センチ近い普通の成人身長。
私は130センチもない小学生ぐらいの身長。
「だいじょうぶ。なんとかなる。ハズ。気楽に行こう!!」
「おいおい・・。これだから・・・・」
なんか聞こえた気もするが、構わず行こう。
余談になるが、この赤いリボンと青いピアスはクローズβの記念品。リボンは7色から選べて使用するとリボンを使った4種類の髪型から1つを選べる女性限定アイテム。
リボンのほかにもカチューシャ、シュシュ、ヘアバンドが選択可能でそれぞれに4種類ずつ違う髪型があるという豪華さだった。
対する男性はピアスの色が選べるだけというなんとも不公平な記念品だった。
冒険者協会の前に着く。3階建ての役所のような大きな建物がそこにあった。
ゲームの2倍は大きい。建物だけで気圧されそうになるが、開いている扉をくぐる。
中もとても広い。入り口から右側のスペースに続くホール兼酒場のような場所は2階まで吹き抜けていて開放感がある。
突き当たりの受付とその奥の2・3階部分に多くの部屋があるようだ。
ただ、広さの割りになかの人は少ない。昼間だからこんなものなのかもしれない。
それでも30人は居て、ベテラン冒険者が多いようだ。なぜベテラン冒険者が多いと分かるかと言うと、私たちからはゲームのNPCの表示のように名前と役職とLvが見えている。
平均で50台後半 一番高い人で74。ゲーム時代は初心者の都だったここも考えれば当然周りの地域のLVも高いのだから必然的にベテラン冒険者が多くなるだろう。逆に15~45、協会のランクで言えばEやDぐらいの冒険者は今この場に居ない。
きょろきょろとしていると受付のお姉さんらしき協会の制服を着た人に声を掛けられる。
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ポワワ Lv38
冒険者協会職員
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「はじめまして。その装備だと新人さんかな?冒険者協会エイビス支部で受付を担当させていただいてます。ポワワです~。」
声はゆっくりとしていて聞き取りやすく、名前のままほわーっとした印象の緑の編みこみの女性だ。協会の職員だからか、町の人よりはLvが高い。
「よろしくおねがいします。リコとダンテです。今日は登録をしにきました。」
「あら~やっぱりぃ。ちっちゃいのにしっかりしてるのねぇ。冒険者協会の登録に年齢制限はないからねぇ~。貴方みたいな子でも大歓迎よぉ。」
気が抜けるほど、あっさり何とかなってしまった。ポワワさんに案内され受付に向かう。
「この紙にお名前をかいてくださいねぇ~。字は大丈夫~?」
「大丈夫です。」
この世界の字は日本語と違うようだが、なんとなく読めるし書ける。ゲームのときもそういうものだったから、きっとそういうものなのだろう。そんなことを思いながら手渡された紙に借りたペンでリコと書く。ダンテも書き終わったようだ。紙とペンを返す。
「それじゃ~2人ともこの水晶にさわってくださぁい~。」
ポワワさんが受付の奥から水晶を持ってきた。先に私が水晶に触る。魔力が少しからだから抜かれる感じがした。私の後からダンテも触る。
「登録完了ですっ。ちょっとまってくださいねぇ~。できましたよぉ~。どぉぞぉ~。冒険者ライセンスは本人が触ってさえ居ればだれにでも見る事ができるので気をつけてくださいねぇ~?身分証としてもつかえますよぉ~。ステータス画面と違って大体の値にしてありますぅ~。Fが最低でそこから20で1段階ぐらいですぅ~。」
ちょっとまってをゆっくり言いすぎて、すぐ後にできましただったのはあえて突っ込まない。
「「ありがとうございます。」」
お礼を言って、出来上がった冒険者ライセンスを受け取る。
「早くても2月は先になると思いますけどぉ、ランクEへのランクアップ条件はぁ、協会への300ポイント以上の貢献とLv 15以上ですぅ。がんばってくださいねぇ~。」
「はい。」
これもゲームの頃と変わらない。
早速、出来上がった冒険者ライセンスを確認する。
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リコ Lv1 ランクF
ステータス
力 F
防御 F
魔力 E
器用 E
敏捷 F
所有スキル
水魔法
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ダンテ Lv1 ランクF
ステータス
力 E
防御 F
魔力 F
器用 F
敏捷 E
所有スキル
剣術
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ステータス画面と違って記載される情報は少ない。それでも身分証としてなら十分だろう。
「あのさっそく討伐依頼を受けたいんですが・・・。 」
「早速受けてくださるんですねぇ。ありがとうございますぅ。でも、お手伝いの依頼もありますよ?」
「討伐依頼で大丈夫です。」
「そう。そぉねぇ。お二人によさそうなのはぁ。これですかねぇ。」
差し出されたのはやっぱり猫ウサゼリー討伐10匹だった。悪夢が思い出されるようなきがするが、それはそれで元の世界に戻る手がかりになるかもしれない。
討伐証明の方法について尋ねると、
「冒険者さんは気にしなくて大丈夫ですよぉ?勝手にライセンスに記録されますからぁ。」
なんと、ゲームと一緒だった。びっくり。
「期限内なら討伐数ごとに報酬がでるのでまとめて報告でも大丈夫ですよぉ。」
ゲームより効率的だった。さらにびっくり。
「事前に受けてないと報酬3割減りますからねぇ。」
なんと事前に受けてなくても報酬もらえることはもらえるらしい。さらにさらにびっくり。
そんな私の反応とは反対にダンテは冷静だ。
「正式サービスでゲーム側でも修正になってるんじゃないか?正式の混雑じゃ割に合わないだろうって言うのは話題になってたし。」
確かにそうかもしれない。この討伐は常設の即日依頼なので今日中に帰還報告が必要だそうだ。帰還報告さえすれば、常設の依頼なので失敗してもペナルティーはないとのこと。
依頼を受けた私たちは受付カウンターを後にする。
「おい、にーちゃんたちルーキーかい?」
筋骨隆々とした2メートルを越える男が前に立ちふさがる。
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ルーカス Lv58
冒険者
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頭はもちろんスキンヘッド。やばい、テンプレきたか?と思ったら、受付からポワワさんの声が響く。
「る~かすさぁんだめですよぉ~。この子たち怖がってるじゃないですかぁ。リコさぁんダンテさぁん。怖がらなくて大丈夫ですよぉ。見た目によらず、初心者を放っておけないただのいい人ですからぁ。話きいてあげてくださぁい。先週も逃げられてたので~。」
「先週のことはいいんだよ。ポワワさん。恥ずかしいじゃねーか。」
どうやら、違ったらしい。ポワワさんにうなずいて、話だけ聞いてみることにする。
「ポワワさんに先に言われちまったが、俺の名前はルーカスだ。早速だが、俺らのギルド『絆の誓い』にはいらねーか?できたのは半年前でまだ10人ぐらいだがマスターはBランク。俺を含めCランクも4人居る。にーちゃん達みたいなFランクの新人も2ヶ月前に入ったが、この前Eランクに上がったとこだ。早いだろ?皆で交代で新人の指導もやってんだ。ギルドホームもあるから宿代も浮くぜ?」
プレイヤー以外がギルドに所属しているという事実に少し驚く。だが、ここが異世界だというならプレイヤーにしか使えなかった機能の一部がプレイヤー以外に使えても不思議ではないだろう。
現にここ冒険者協会にはギルド勧誘専用の掲示板や、勧誘ルールの張り紙(強引な勧誘の禁止等)そして、ギルドランキングが支部版と王国版、世界版と掲示されている。
正直、ギルドに興味がないと言えば嘘になる。
そして宿代が浮くというのは今の私たちにはとても魅力的だ。
しかし、私たちはまだあまりにもこの世界について知識がなさすぎる。
ゲームの常識がどこまで通じるのかはっきりと分かっていない。
決まった受け答え以外は不自然さのあった街の人々は、はっきりと自我を持ち確実にそこに生きていること、ゲームの描画を越えた現実でしかありえない風景など異世界なら違って当たり前の点を除けば、私たちにとってこの異世界はあまりにも違和感がなさすぎた。
条件が揃わなければ、ゲームの中だと未だに思っていた可能性すら感じてしまうほどに。
移動したら周辺が記録されるオートマッピング機能。
名前・役職・LVが通り掛かるすべての人に表示されている。
露天の商品も未鑑定状態のものもあったが、それを除けばほとんどのものがアイテムの簡易説明をみることができた。
重量制限所持数制限のないインベントリも問題なく使えていたし。(所持数・重量に関しては未検証)
メニュー画面も一部機能(GMコール、ログアウト)を除けば使えたし、パーティー内ボイスチャット機能も問題なく使用できた。
ゲームだった頃と変化がなさ過ぎるのだ。それが逆に怖い。どこまでがこの世界の常識で何処からが私たちだけなのか。
それがはっきりするまでは、少なくともギルドメンバーのような親密な関係になるべきではないと考えている。
ダンテに視線を向ける。どうやら、同意見のようだ。
「「ごめんなさい。」」
頭を下げた私たちにルーカスが気にした様子はない。
「いあいあ気にすんなって。振られるのも慣れてる。」
「事情を知らない人がみるとぉ~、る~かすさんがいじめてるように見えますよぉ~。」
協会の中に居た傍観していた人たちから笑いが漏れる。
どうやらみんな悪い人たちではないようだ。しばらくお世話になると思うのでありがたい。
依頼達成のため、西門の外にあるエイビス西平原を目指して冒険者協会を後にする。
さっきの周囲と私たちの違いの件、実は既にある程度予測の付いているものもある。
名前の表示については、「見えること」が前提の文化になっていなかったからおそらく「見られない」。協会でも名前を名乗っていたし、登録のときも名前を書かされた。
アイテムの簡易説明についても露天の人が簡易説明を見れば一発でわかるが、みないと分かりにくいアイテムについて説明しながら売っていたから、多分普通は見ることができないだろう。
アイテムインベントリのような容量を越えたものを収納できるマジックバックについても1メートル四方ぐらい入るバックやポーチですら10万エデン以上していたことから、かなり高価なものだろう。ただない訳ではない様なので容量のごく小さなものとしてウエストポーチは使っていくつもりだ。
アイテムインベントリから直接取り出す行為については今のところみていないのでできないと考えて行動した方がいいだろう。
そんな風に予測が付いているものもあるが、まだ現状だとうっかり何処で地雷を踏むかもわからない。慎重に行動していく必要があるだろう。
こうして、私たちは無事正式に冒険者となることができたのである。
次は明日21時予定です。