1話 猫ウサゼリーの悪夢
大きな白い影に金髪の少年が私の前に木の棒を手に立ちはだかっている。
このゲームを一緒に始めた、相方のダンテだ。
私のMPは残りわずか・・・。もう後ろで見ていることしか出来ない。
「ダンテ、先に言っとくごめんね。」
「仕方ないさ。」
【連続パンチ】を左右にぎりぎりで避け、【通常攻撃】をカウンターで入れるその動作に無駄な動きはほぼない。しかし、白い影もそのカウンター攻撃をにひるむ様子は全くなく、回転して【テイルアタック】で追撃する。
「バックステップ ラッシュ」
その追撃を【バックステップ】で後ろに回避し、【ラッシュ】で突撃しながら突いて間合いを戻す。その後の左手の【押しつぶし攻撃】は余裕を持って回避する。直後の右手から繰り出される【引っ掻き攻撃】はあえて当たりに行かなければ当たらない程に遅い。
【テイルアタック】は再使用時間が設定されていて連続して使用することはなく、こちらの【バックステップ】の再使用時間よりも長い。
【連続パンチ】や【押しつぶし攻撃】は、スキルを使わない回避(通称ステップ)でも集中力が続けば、避け続けられない攻撃ではない。
元より運動神経、反射神経共に高いダンテの【ステップ】はクローズドβテストの参加者の間でも高い評価を受けていた。
HPを回復するポーションも体にぶつけても同じ回復効果で飲む隙が生じないため、戦闘しながらでも致命的な隙は生まれない。
見た目だけならダンテの動きは安定していて、安心できる戦いのように思う。
しかし、実際は・・・・。
試しに最初に当たってみた【引っ掻き攻撃】では、HPを66も削られた。
【引っ掻き攻撃】はこの系統のモンスターの基本攻撃で威力は一番弱いといわれている。それですらその威力だ。
ダンテの今の最大HPは初期値の100。
【連続パンチ】は左右片方だけでも最大状態からでもぎりぎり耐えられるか危うい。
それなのに、数少ない初期アイテムの【低級HPポーション】(HP60回復)をオーバーフローさせないためにHPが40以下になるまで回復していない。
(焦りすぎた・・・。準備不足だった・・・。手を出すべきではなかった・・・。)
後悔だけが押し寄せる。
今のところ、ダンテは上手く避けているが、うっかり当たったらひとたまりもない。
ダンテの動きは、回避をミスしない前提の動きなのだ。
それでも、これだけなら、時間を掛ければ倒すことができただろう。
ダンテならきっと、最後までミスせず動き続けられただろう。
ダンテの避けられない、最後の1つの攻撃がなければ。
何の前触れもなく白い巨体が猛スピードで突っ込んでくる。
【ステップ】の移動距離では2メートルの巨体を避けられない。【バックステップ】も後ろに下がるだけなのでこの【突進攻撃】は避けられない。
仕方なく、木の棒で受け流すがそれでもHPが30~36減る。
この受け流しもタイミングがシビアでクローズドβテストの間に完全にマスターできたのはダンテを含め数人だ。
【突進攻撃】の再使用時間も30秒以上はあるようだが、ぴったり決まった秒数毎に使うわけではなく、30秒のときもあれば、2分以上来ていないときもあり予測が付かない。
つまりHPは時間経過とともに確実に削られていく。
受ける前ですでにHP50%以下を表すイエローで49/100。現在は16/100。
この大きな白い影・・白いウサギの着ぐるみを着たデブ猫の形のゼリー・・は本来ならスライム的な位置づけの低級モンスターである。名前はそのまま『猫ウサゼリー』。
このゲームのイメージキャラクターでもあり、このゲーム最弱のノンアクティブモンスターでもある。
本来なら30センチほどのそれは、今ネームドモンスターとして、2メートルを越える巨大な塊となっている。
影が小さく震える。分裂の兆候だ。
「水よ 集え ウォーターボール」
最後のMPを消費して攻撃魔法を使用する。
威力の低い私の【ウォーターボール】ではその動作をキャンセルできない。それでも、魔法ダメージを与えることによって分裂する数を減らせる。具体的には、この攻撃で4体が1体に減る。
震えが止まり、30センチほどの小さな『分裂体』を1匹生み出す。この『分裂体』は前衛を無視して後衛を襲う。
「こっちは大丈夫。」
「あいよ。」
(MPがなくても『分裂体』1匹ぐらいならなんとかできる。)
分裂体の突進攻撃を右に避けすれ違いざまに木の棒で前足を狙う。分裂体は突進の勢いのため止まれず、棒に足を引っ掛け、顔面から床に突っ込む。
「ぶひゃ・・っ」
その隙に両手で木の棒を持ち、おもいっきり何回も殴る。
見た目も声も可愛らしいだけに気が引けるが、容赦はできない。
この分裂体は攻撃力は多少高いが、そこまで打たれ強くはない。だから、後衛職の攻撃力でも素殴りで光の粒にできる。
分裂体にはドロップも経験値もない。戦闘中にレベルアップで回復することもできない。
(まだ、死にたくない。でも・・)
今思えば、見つけた時点でもう少し考えるべきだったのかもしれない。
序盤のフィールドの普通のネームドぐらいなら、このゲームの動きになれたダンテと私の敵ではなかった。LVが1でも余裕で倒せるはずだった。
そう、油断してたのだ。
だから見落とした。見ていたのに気がつかなかった。
ネームドマークの付いてるモンスターなのになぜか名前が「NONAME」。
クローズドβテストのときには見なかった猫ウサゼリー型のネームド。
気が付く材料はあったはずなんだ。
少なくとも、他の人に見つかる前にと焦って閉鎖空間モードを適用するべきじゃなかった。このモードになると横槍を入れられる心配がなく、ドロップを独占できる代わりに、特殊なアイテム以外での離脱もフレンドやギルドメンバー以外の応援要請もできない。
そして、前衛をしている金髪の少年ダンテにも私にもフレンドは今のところいない。
ギルドは3つ目の街の【王都】でしか結成できないから、まだこのゲーム内にないだろう。
このモンスターは序盤フィールドのネームドの強さではない。
このLV帯で出すならばレイドボスに分類されるべきものだ。
クローズドβテストの最前線だった王都周辺のダンジョンのネームドに匹敵するような強さだ。確かLVは40を超えていたと思う。
ダンテは30%以下を表す赤い表示のまま回復しようとしない。
「すまん。さっきのでHPポーション切れたわ。」
初期の所持アイテムの譲渡不能、【低級HPポーション】5個しかなかったのだから当然だろう。私のポーションを投げつけてもそれ専用のポーションでない限り回復効果は望めない。
すでに戦闘開始から5分以上経ち、現状では限界だろう。
「こっちもMP切れてるかな。ごめんね。」
初期装備でLV1でスキルも初期のウォーターボールだけ。いくら消費の少ないウォーターボールとはいえ、初期の所持アイテムにはないMPポーションも、スキルや装備による戦闘中のMP回復もない状態ではこれが限界。
序盤に打ちすぎたのもあるが。
「何度も謝るな。気にしすぎだ。」
ネームドの4本あるHPバーはまだ1本目の半分以上が残っている。
再使用時間の経過したボスの【突進攻撃】を最後の抵抗とばかりに受け流す。HP16ではどうがんばっても凌ぎ切れない。
「先行ってるわ。」
はにかみながらダンテが告げる。HPの表示がグレーに変わり体が光の粒子になって砕け散る。
残された私はたいした回避能力も防御能力もない。
ターゲットが私に移る。
一番弱い【ひっかき攻撃】ですら、私のHPと防御力では満タンの今でも1発も耐えられないだろう。
ボスの姿が消える。上に大きく飛び上がっている。4メートル以内に誰も居なくなったとき限定の【ストンプ攻撃】だ。
「バックステップ」
とっさにMP消費のない回避スキルで最大限飛ぶ。
(避けきれない!)
・・・何かがぶつかったような強い衝撃を受け・・・
・・生身の肉体の十分の一の鈍い痛みを全身が襲う。・・・
・・・視界に映るHPのバーはすでにグレー・・・
・・・白い光に包まれ・・・
こうして、私たちはクローズβテスターにもかかわらず、サービス開始の初日の開始20分ほどで、みごと死に戻りを果たしたのである。
次話は明日21時投稿予定。
5/14 色々修正。
5/16 スタミナに関する記述を削除