魔法使いへの道は遠い
やっと魔法が使える日が来た。今日は神殿に行って鍵をはずしてもらう。
覚えていないんだけれど、1歳の時に貴族の子供は魔力封じをされる。幼児に魔法はあぶないよな。
10歳の誕生日に封印を解除され、魔法の練習を始める。それを鍵をはずすと言う。
侯爵家の紋章の付いた立派な馬車に乗り、出発だ、屋敷の外に出るのも初めてで、わくわくしてくる。
うん、馬車の乗り心地はいまいち、いや悪かった、自動車は偉大だよな。
正面の門から出て林の中を進むと、街が見えてきた、あまりにもライトノベルの中世の街にそっくりで笑ってしまう、石畳の道の両側には小奇麗な家が建ち並び、木もところどころに生え緑に彩られた綺麗な街だ。しばらくすると、絵の描かれている看板を掲げた店らしきものが並び始め、その先に白い石造りの大きな建物が見えてきた。あそこが神殿だそうだ。
叔父上、サリバン先生と共に馬車を降りると煌びやかな服を着た神官が3人迎えに出ていた、案内され正面の大きくて広い階段を上り、祭壇のある広々としたホールを抜けると小部屋が続いている。奥にある一際立派な扉の中で儀式をやるらしい。中に入るとぽつんと金色の飾りがごてごてと大きい椅子があった。おい、10歳児には大きすぎるだろこの椅子、困って微笑みをたたえたまま、叔父上だめだ、サリバン先生をロックオン、よろしく座らせてくれ。
「はじめます」と言われた。白地に銀の刺繍をした神官が手首を掴み、なにやら呪文?祝詞?らしきものを唱えると、手首から体に暖かいものが流れ、節々の凝りが解消した時のような、血流が一斉に流れ始めたような気持ちがしてきた。いままで魔力操作と称して半信半疑でやってきても油の中で体を動かすように動きずらかった自称魔力がこれでスムーズに動かせるんだと確信できるような変化が中で起こっている。
「これで魔力を自由に使えるようになります。ご精進ください。」神官が笑いかけてくれ、お礼を言おうとした時それは突然起こった。体の中の血が一斉に沸き立つように動き、抑えられない。
「なっ!」叫ぶより早く叔父上が腕に金のブレスレットを嵌めた。ようやく収まりほっとする俺を抱えると叔父上は早々に馬車に戻っていった。
「なんなのです、これは」
「魔力が暴走しているんだ、抑えろ!」
どうやってと言うまもなくブレスレットがみしみしと軋り始めた。まずい!顔を青くする俺にもっと顔を青くした叔父上がもう一つのブレスレットを手首に嵌めた。サリバン先生が反対側の手首を掴むと2つのブレスレットを嵌め2人して顔を見合わせて頷いている。
「いいか、深呼吸をして心を落ち着けるのだ」
「そうです、魔力がゆっくりと体の中を巡っていると考えて、静かな川の流れを想像してください。」
無茶を言うと思った、前世はともかく今の俺は川なんてみたことない。まあ、そうとも言ってられないので相変わらず暴風の荒れ狂う海のような魔力をゆっくりと押さえつけながら巡回させる。
脂汗を流しながらがんばっていると、いつのまにか屋敷のベッドの上にいた。
もうこのまま気を失ってしまいたい、疲れた。でも俺は知っている、魔力暴走したら、体がこっぱみじんに爆散することを、あ~あ、魔法の本を読んでて良かったのか悪かったのか。
外が白む頃にやっと嵐の翌日の荒れた海ぐらいには魔力が落ち着いてきた、こんなものでいいかと考えた時には寝入っていた。
起きた時には側に叔父上がついていて、ずい分と心配させたようだった。
両手に合わせて10個ものブレスレットが嵌められ、吃驚していると、ゴルドシュタイン家は魔術師の家系で父上も魔術師団長なので、我が家にはこれだけの魔力押さえの術具があるのだと言われた。
知らなかったぞ、そんなこと。ついでに万が一があるかもと叔父上とサリバン先生は別々に術具を予備も含めて2つづつ持っていたそうで感謝した。
神殿にはこれだけの用意がないうえに、あまり魔力が多いのを知られないほうが良いとのこと。あそこに知られると、本神殿、そこから他の貴族へと一直線だそうだ。魔力が多いのを知られるのは良いが、多すぎるのを知られると何に利用されるか、用心に越したことはないと言われた。
貴族こわい、俺は地道に生きるぞ!
あと、これだけ術具を嵌めていればあのまま寝ても問題はなかったらしい、そ、そんな!
そして残念なお知らせがありました。この術具を全部外せるまで魔力コントロールをしなければ魔法は教えられん、と言われた、泣いていいですか。
ここでマッキーに癒しを求めたいんだが、いない、どこにいったんだろう。
叔父上曰く、契約魔獣は飼い主の魔力に反応するので、魔力が落ち着くまで森にでも篭っているんだろうと、こういうときこそ側にいて欲しいのに、唯の犬が良かったよ、マッキー。
1年が経った、やっとマッキーが戻ってきてくれた、青みをおびた銀色の毛皮をした姿で。
おまえ、魔獣だったんだね、ついでに犬ではなく狼に見えるよ。うん、あの時の俺がいかに癒しが欲しかったか良くわかったよ、まあ戻ってきてくれて嬉しい。
2年経った、ブレスレットを全部外せるようになった、用心のために持ってはいるけどね。
長かった、長かったよ、合計3年もかかったんだぜ、魔力コントロールに。
他にこの3年間の勉強には余計なものが増えていた、歴史と地理に貴族の名前が詳しく出てきたし、個人情報も加わっている。「なんでこんなもの覚えなきゃいけないんだ!」と叫んだ前世を思い出した。俺はどっかのおじさんがロリコンでもおっぱい星人でも知ったことかと叫びたい、やってられっか、で、でも、貴族なら覚えなければいけないんだよな、あ~あ、庶民に生まれたかった。
もう一つ、恐ろしいことがある。魔力コントロールの為に瞑想をしていると、ついつい余所事を考えてしまう。修学旅行でお寺に行って座禅を組まされたことはないかな。なかなか集中できないんだよね。あれと同じなんだ。そして、前世のしょうもない記憶をたまに思い出すんだ。その頃、俺は中堅の食品商社に勤めていて、昼休みに女の子達がおしゃべりをしているのを聞くともなしに聞いていることもあったんだ。
水上さん達のグループはいつも賑やかで一時、乙女ゲームの話ばかりしていた。
「ねえ{チェリーブロッサムに口付けを}にでてくる魔術科のフェルディナンドってちょっと抜けてると思わない?」
「確かに、中途半端な魔術を使うから、からくりが見抜かれて、悪役令嬢に反撃されるんだよね。」
「でもさー、魔術科の攻略対象者ってどのゲームでも次期魔術師長とか魔術師長の息子とか言われているわりにしょぼくね。」
「それは宰相の息子が腹黒だという設定なのに小悪党なのと同じだよ、なんか攻略対象者かっこわるくない?」
「でも、あの銀髪に青い瞳、かっこいいんだ~フェルディナンド ゴルドバーグ」
「確かに、あのスチル描いてる作家さん、私好き!」
「両親は2つ下の弟を溺愛して、フェルディナンドは長男なのに領地に捨て置かれるんだっけ。
ついでに魔力も弟の方が多くて、コンプレックスを持っていると。それをヒロインがあなたはあなたですばらしいんだから、と言って慰めて彼女に落ちると、ちょろいよね。」
「しょうがないじゃん、乙女ゲームなんだから」
「エンドはなんだっけ」
「ヒロインとのハッピーエンドで魔術師長になって、振られると弟に領地をゆずって引きこもり、ヒロイン誘拐の罪で牢屋で病死、第2王子と組んで反逆罪で処刑、あとなんかあったっけ?」
ひどい、ひどすぎる、これを思い出した時には動揺してブレスレットを1つ増やした。
15歳から入るのはブレビアス学園、父上は魔術師長、弟は2歳年下で両親は王都に行きっぱなしだ。
いまは銀髪に薄紫の瞳で、魔力封印を解くまでは銀髪に青い瞳だった。
重なるところが多すぎる、ここは乙女ゲームの世界か、まさかと思いたいが異世界転生などというファンタジーなことをやった身では否定も出来ない。
弟より魔力が少ないというところは安心したけどな、弟よ、がんばれ、兄は領地で地味に生きるぞ、スローライフもいいもんだ。
俺は魔力コントロールがへたなんだろう。これ以上魔力があっても対処しきれん。
他の名前は学園に行くまでわからないので肯定も否定もできない、まぁ、なるようにしかならないだろう。だがしかし、だがしかしだな、ビッチヒロインにはずぇーたいにひっかからんぞ!!