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冒険がしたい

 お茶会はすでに終わっていてオクタヴィアンだけが所在なげに花を見ていた。


「いくぞ陛下のところに。」


 と呼びかけると、オクタヴィアンはぱっと振り向いた。


 にっかと笑い頷くと彼は俺の腕を掴み早足で歩き出した。


 駆け足で陛下の部屋に入った俺たちは殿下の強権で他の人間を追い出した。これを見せたら煩そうだ。

 上掛けをばっとめくり上げ、衣服をはだける、青黒い肌をした腹に虹色の宝珠を乗せ、


「シリスムーンの宝珠よ、悪しきものを浄化せよ。」とつぶやく。


 陛下の肌の青黒さは忽ち抜けていき、痩せこけた中年の男がそこにいた。

 次は回復薬だな、なぜか回復魔法だと体力が戻りにくい。薬には栄養が入っているのかな。そういうわけで陛下の頭と肩を支えて上級回復薬を飲ます。5センチの試験管に入ってしまうぐらいの量なので意識がなくても問題ない、皮膚吸収もするしな。1本目、2本目、おお陛下がふくらんできた。3本目、瞼が動いている。これでよし。俺は陛下を横たえた。


 俺は親指を突き出した拳を殿下に向け、にっかと笑う。殿下も拳を突き出す。終わった、終わったんだ、これで平和が戻るぞ。


 陛下は翌日から普通の生活を始めた。と言ってものんびり過ごしているそうだが。そうして事の顛末を聞いて退位すると宣言した。驚愕した殿下は2,3ヶ月休養してから考えるようにと諭したが意思は変わらなかった。ガリガリで寝込んでいた陛下を知っている殿下は泣く泣くそれに従った。腹黒でも弱弱しく親に頼まれると断りづらいよな。隣で母親にこの人非人がという目つきで睨まれれば、よけいに。


「というわけで8ヶ月後の即位に向けて準備をする。」


 俺は手を上げた。


「そういうのは即位させる側が用意するもので、即位する人間がやるとは聞かないのですが。」


「そういう幸せな話もある、だがしかし私にそのような幸運は巡ってこなかったようだ。」


 殿下も要領良さそうでなにげに苦労しているよな。


「しかし良い話もある、婚約者に手伝ってもらう予定だ。

 この間のお茶会で会った婚約者予定の令嬢は設定どおりだった。有能そうで賢そうで、私に憧れていると告げてくれた。」


「いつそんなことが決まったのですか?」聞いてないぞ。


「父上があほなことを言い出してすぐに父親と令嬢に先触れを出して会いに行き、昨日返事が来ました。

 フェルディナンドの忠告どおりピンクのバラの花束を持って、貴女しかいない(仕事を共にできる有能な人材は)と熱心に口説きました。ほら、膝をついて胸に手を当てて、令嬢が頷くまで立ち上がらなかったのです。」


 それを口説くと言うか、脅迫と違うのか、王太子をいつまでもひざまづかせる貴族はいない。


「私はフェルディナンドのまねをして青いアネモネを花束にしました。バラはありきたりかと思いましたので、それに3人が同じ花束ではまずいでしょう。風に揺れる花びらが貴女を思い出させてつい手に取りました。私と共に(事務仕事ができて)いてくださるのは貴女しかいません。他の人はいらない(無能な女性は必要ありません)と口説きました。その場でお返事くださり光栄でした。


 こいつは何をしたんだ、あえて聞くまい。そして声にならない気持ちが伝わってくるぞ。


「私は赤いバラの花束を用意して普通にお願いしました。騎士の後ろを守れるのは貴女しかいない。共に人生を歩んでくれないかと。

 私は殿下の書類仕事を手伝うのはもううんざりです。彼女に任せて護衛の仕事に戻りたいです。」


 そしてルド、お前はぶっちゃけすぎだ。


 3人の目が俺を見る。


「私は少々ややこしいことになっているので今回は遠慮いたします。そしてそれだけ有能な方々が加わるならお役ごめんになりそうですね。そろそろ魔術師長の仕事を始めないと。挨拶をしたきりほとんど関係していないので不味いです。」


「そんなことはありません、フェルディナンドが抜けたら、元の木阿弥です。2度もやるのは大変だから戴冠式の後に結婚式もやるのですよ。」


「そうです、殿下の前に私たちは簡単に結婚式を挙げるつもりなので抜けられては困ります。」


「えっ、そんなの殿下の後ですればいいだろう、のんびりできるし。」


「甘い、甘すぎます。殿下の前だからこそ簡単にできるのです。ついでに即位の後5,6年は新体制の発足と整備に寝る間もないほど忙しくなります。」


「また面倒なことを。」


「何をいっているのです、ここでがんばらないとあとあとまで響くのですよ。

 ついでに結婚式では花火とか花びらをまくとかしていただきますから、そこで魔術師団と関わってください。」


 俺はブラック企業に勤めているのか、要求が鬼だ。学園に入ったのが俺の敗因だったな。


 陛下の病気回復を祝う夜会で殿下の即位と結婚式の予定、令嬢たちの婚約が発表された。


 令嬢たちも執務室に詰めるようになりその有能さをいかんなく発揮している、うん、設定どおりだ。それでも追いつかない、誰か何とかしてくれという日々が続いた。彼女たちには密かに回復魔法をかけている、花嫁さんが萎れていたら気の毒だろ。


 ここは乙女ゲームの世界なのでアフタヌーンティーなんぞがある、女の子は好きだよね。俺?俺は腹にたまるサンドウィチとかスコーンが好みだ。何もつけないスコーンをかじり紅茶をぐびりと飲む、今日は日付が変わる前に帰るぞ。


「お茶のお代わりはいかがですか。」


 ヒロインがポットを持って俺の側に立っている。仰け反りそうになった俺は3人を見回した、誰がこいつを入れたんだよ。誰でもなさそうだ。リィリューシャがいた。


「何故ですか・・」慌てふためいたところを見せた後で格好をつけても仕方がない。がんがん聞いていくぞ。


「いやですわ、お友達が困っていたら助けるのは当たり前でしてよ。」


「そうそう、前にお願いを聞いてもらったからね、今度は私の番だよ。」


 ヒロインよ、いかがわしげな言い方をするな、そして言葉遣いが前世のままだぞ。


「君に何ができるのかな、ヒロイン」そう思うよな、オクタヴィアン。俺も同感だ。


「ひどいよね、リィリューシャ、でも、まぁいいか。聞いて欲しいことがあったんだ。

 あのね、リンスレット様が婚約してしまったの。

 私がイベントをクリアしようとがんばっているのに酷いと思わない。」


 あそこは武門の名家だから、関連の貴族はルドが婚約したのを知りばたばたと婚約を成立させている。まるでドミノ倒しだ。もともと手はずは整えてあったのだろう。

 ひとしきりぐちをいうとヒロインは消えていった。そしてリィリューシャは古の国シリスの王族の末裔と名乗り夕方まで手伝ってから消えた。もう何も言うまい。


「「フェルディナンド」」 「フェル」


「私に何を言えと、あいつらに言うことを聞かせるなんてできないぞ!」


「機密はどうなる。」とオクタヴィアン。


「その気になればかなりの事が出来る彼女にいっても無駄です。一応お願いはするけれどな。」


「それで何者なんです、以前はヒロインを気にして話も殆どしませんでしたから。」


「古の国、シリスの王族です。マッキーはその眷属らしい。


 この間ですね、シリスに行ってお茶を飲んできました。そこで教えてもらったんです、例のことを。

 この間も言いましたが何も言わずに受け止める。彼女のことは最高機密扱いしてください。

 ヒロインは多分おまけでしょう、面白がっている節がありますね。」


 皆黙っている、殿下がおもむろに話し出した。


「例の呪文のシリスムーンとは関係がありそうですね、ついでにドラ〇ンボールとも。あの地図も不思議でした。」


「殿下どうなさりますか。」


「オリー不安に思うことはないと思います。特に害になることはしていませんから。」


「ルド、君はアバウトすぎる。」


「いえ、ルドのいうとおりです。私たちは何もできないのですから、なかったことにしましょう。

 彼女はフェルディナンドの友人で古の国の王族の末裔。これでいいですね。」


 殿下はにっこりと笑う、でもこの人の笑いはさわやかさに欠ける。納得はしていないんだろうな。



 それからもリィリューシャは毎日来て、即位式と結婚式で使う王宮の部屋はあっという間に整った。有能だ。それを見て3人は何も言わなくなった。オクタヴィアンなんか、手のひら返しもいいところでにこにこと仕事を押し付けている。せいぜいデートでもしてくれ。自分たちの結婚式がお粗末だと将来祟られるからな。


 侯爵家次男で現在の魔術師長の再来と言われる(本当か)ルーカス、子爵家次男で将来の宰相を確実視されている(こちらもオクタヴィアンを押しのける男がいるとは信じられないが)アスト、次々と婚約が決まっていった。ヒロインは時々来てうまくいかない攻略を愚痴っていく。女性陣はその話を息抜きとばかりに楽しげに聞いている。婚約者ができると引くのもポイントが高いよな。だから俺たちも何も言わない。


「本命はもちろん第2王子のゼスティーノ様ですわ。」ヒロインの声が聞こえる。


 殿下は同腹の弟を攻略せんとするヒロインの話に何ともいえない顔をしている。俺たち?他人の恋に関わる愚は犯せん。

 ゼスティーノ王子が執務室にたまたま来た時に殿下が問いただしていたが。


「あの第一王子の断罪はたった3年前、あれほど強烈な出来事はありませんでした。貴族の子弟の多くはあれを忘れられないのです。それに反乱の失敗で貴族の力が弱まっていますから、今は保守的な考えが主流です。」


「いや、君は第2王子だし、好きな子がいたら言いなさい、兄が何とかしてあげるから。」


「お気持ちありがたく思います、でも私は男子ですので急ぐことはありません。のんびり過ごしたく思います。」


「君がいいのなら構わないのだが、しかしその時が来たら力になろう。」


 殿下ってば、しっかり兄貴ぶっちゃって。これではヒロインに目はないな。


 殿下の即位式と結婚式は浄化の旅で知り合った王族たちが参加して豪勢なものとなった。俺も王都中に花びらを散らして(幻惑の魔法なのであとの掃除もいらない便利魔法だ)、虹を架け、2人がテラスに出てお目見えした時にはフィリアの姿を真似た青い鳥が千羽飛んでいる様に見える魔法を掛けた。あいつの姿形は派手なので良い余興になっただろう。


 そして冬が過ぎ、ヒロインの婚約が決まった。相手はそれなりの規模の商人の跡取り息子だ。他国とはいえ男爵家の一人娘というのを売りにしてゲットしたらしい。結婚したら相手は男爵家の入り婿になり無事貴族に成れるわけだ。俺たちはできないが女性陣が贈り物をしていたのでそれも良い支援になりそうだ。よかった、よかった。



 あれから30年たった。今は晩秋、散っていく落ち葉を見ながら俺はたそがれている。結婚はリィリューシャとした。息子を一人授かり跡継ぎにも問題ない。息子は俺が人間8割のときに出来たので寿命が人の2倍になって魔力が少々多いくらいですむらしい。代を重ねればその力も消えていくそうだ。(いや問題はあると思っているが俺にはなにもできない、不甲斐ない親を許してくれ)


 そのような大きなことではなく封建制度のことだ。俺たちががんばりすぎたのか絶対王政となったロンデルシアでは権力が王に集まる。そう決済書類も王に集まるんだ。どこまで把握すべきか、任せすぎると傀儡の王となり不正が蔓延る。範囲を広げるぎると俺たちが持たない。監視機関を作ろうとしたが貴族の利権が絡みうまくいかない。王弟のゼスティーノ王子頼りだ。俺はいまだに魔術師団と殿下の執務室と半々の務めだ。あと20年近くこんなことをやっていくかと思うと泣けてくるぜ。


 幻覚魔法に覆われた手を見る。50のおっさんになったのに俺の見かけは20代半ばだ。あの不思議世界に足を踏み入れた俺はいつのまにか変化していたそうだ。月の住人と言っているが古代シルス王国が作った世界だ。彼らはあそこをシルスムーンと呼んでいる。生命サイクルが違うからいずれ行くことになるだろうが、この世界の記憶が書類仕事と言うのは寂し過ぎる。行く前に冒険者として旅をしようかな。ジョバックさんとした討伐は楽しかったな。そうだ、そうしよう、その前に地道にがんばるぞ。書類仕事の先には冒険が待っている。


 Fin.


















乙女ゲームといいつつジャンル詐欺をしたこの小説を最後までお読みくださった、海より広い心をお持ちの皆様に感謝いたします。


現実の20代後半サラリーマンを頭に描いて書いたので明後日の方向に行きました。彼らは慎重で紳士です。物語の主人公は現実を踏み越えるからあれこれできると悟った今日この頃です。


初めての私の物語はこのような結果になりました。書いているときは夢中でも終ると恥ずかしいです。今はそれを見ないことにして、忘れ去って、別の話を書いています。


仮題がアイドルになりたい(タイトル詐欺)です。私の2つ目の黒歴史にならないようにがんばります。



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