水はけの悪い地域3
「そういえば昨日ディーンさんという剣士さんに会いました」
次の日、野菜の皮むきをしている時に同じ作業をしているヴィラさんに聞いてみました。
ヴィラさんは私よりも少し先輩で、仕事の担当がほぼ同じなので他の人よりもだいぶ仲良くなれました。
後ろで長い髪をまとめて上げ、仕事も出来るので頼りがいのある感じのいい綺麗なお姉さんというイメージです。
「ええ!そうなの、珍しい」
「知ってるんですか?」
「勿論、それにディーンはこの船じゃ結構人気なのよ」
私が知らなかった事が意外そうな顔をしていました。
「私はほとんど会った事ないんだけど、だってあの人達もっと上の部屋とかの警備とかしかやってないじゃない?」
「そうなんですか?」
「はぁ私もこんなトコじゃなくてもっと上のいい階で働きたいな、いつまでたっても皮むきなんて悲しいつーの!!」
そう言ってヴィラさんはため息を吐き皮むきを続けます。
「てゆーか、ここのパートリーダー性格酷くない??」
リコさんがいないからって次から次へと悪口を言っています。もし当人がこの状況を見たら完全に私まで被害を被ることは簡単に考えられました。
私は話題を逸らすため別の質問をしてみました。
「この船のマロンお嬢様って知ってますか?」
「勿論知ってるよ」
ヴィラさんはそれも知らないの?と少し言いたげに私を見てきました。
「12才の可愛い女の子」
「12才?!」
「いつもスゴイ可愛いドレス着てるからお人形みたいな子らしいわ」
「へぇ」
「ほとんど部屋の中にいるから私は見た事ないんだけどね」
ヴィラさんは”疲れたぁ”と声を上げ、持っていた野菜とテーブルに置くと大きく腕を上げて背筋を伸ばしました。
「お嬢様のお父さんが海運をされてて、取引をしている時は連れて行けないからお嬢様は一人でこんな風に生活してるみたい」
私も作業を止めて座り直しました、少し休憩をします。
「ディーンはお嬢様の部屋の警備をしてる人だから下では中々見ないのよ」
「詳しいんですね」
思った以上に色々な情報が出たので、私は感嘆の声をつきました。
一気に物知りになった様に感じますし毎日が忙しくて全然周りの事を知らなかったんだなと実感します。
「だからエーテルがディーンと会ったと聞いた時驚いたのよ」
ヴィラさんはあわてた様に苦笑いして”私も聞いた話よ”と付け加えました。
「まぁ間違ってもお嬢様もディーンもこの厨房には来ないから、私には関係ないんだけどね」
その時、突然声をかけられました。
「そんなこと無いよ、俺はよく飲み物もらいにこっちの厨房くるし」
前を向くとなんとすぐ近くに噂をしていたディーンさんがいました。
その場に長いしていたようではなく、今ちょうど来て話を聞いた様子でふらっと厨房の中を歩いています。
「ぎゃあ!!うそ」
「え、ディーンさん!」
私たちはいきなりの出来事にビックリしました。
「あはは、こんにちはリコさんいる?」
ディーンさんはパートリーダーのリコさんを探すように周りを見渡しました。
すると奥からリコさんが急いで顔を出てきました。
「あらディーンまたココア?」
「いつもごめんね、リコさん」
「いいのよ、ちょっと待っててね」
まさかリコさんとこんなに親しく話しているなんて驚きです。
しかもリコさんの機嫌がすこぶる良いことは明らかでした。
目的を果たしたようで、今度は私たちの方を見て話しかけてきます。
「もっと別に話しかけてくれればいいのに、こっちに来るし」
「えーほんとですか!」
「やっぱり用心棒って近寄りがたいのか、他の人も意外と優しい人多いんだよ」
私は二人の会話を横目で眺めていますがパートリーダーからの目線も鋭くなっているようねのです。ディーンさんは人当たりもよく人気のある方のようで、例にもれずリコさんもディーンさんはお気に入りのようでした。
それ以降ディーンさんとは偶然にも主に厨房にココアを取りに来た時と、夜の警備中の時に会うことが多くなりました。
今日もしつじさんとの業務連絡のために寝る前に外に出ていました。
業務連絡というか私がただ日々の愚痴を聞いて欲しくて一方的に手紙を送り続けているだけなのですが。
「こんばんは、って何持ってるんですか??」
今晩のディーンさんは片手に大きな魚を引きずっていました。
「巨大魚だよ、肉食だから気を付けて」
その魚は巨大魚という名前の通りにディーンさんの身長よりも一回り以上大きいものでした。
ビチビチと痙攣しているようにヒレが動いているだけで、もう瀕死のようですが近寄るのには躊躇してしまします。
「ここって水たまりなんですですよね」
「そうだよ」
「海でもないのにこんなに大きい魚がいるんですか?」
それは当然の疑問でした。雨が降っただけのこの地域はただの山に囲まれた谷なんですから。
「この水が溜まってる時期に去年産み付けられた卵がかえって、1か月もすればこの通りに成長するんだよ」
この巨大な魚がまさか1カ月で大きくなるなんて信じられませんでした。
「すごい肉食だから動物や人を狙ってるんだ、特に夜はね」
「俺これを厨房まで持っていくから、エーテルさんも早く寝たほうがいいよ」
ディーンさんは船内を目指し目の前を魚を引きずりながら歩いていきました。
「そうだ、この仕事どのぐらいの期間する予定なの?」
「今は辞める事は考えてません」
「了解、ありがと」
一体今の会話のどこに感謝される要素があったのかは謎ですが、ディーンさんは手を振って向こうに歩いていってしまいました。
今日の船からの景色も素敵ですが、なんだか眠気を感じたので早々に寝ることにしました。
船内に入る時に上を見ると上の階はまだ灯りが付いており、マロンお嬢様も起きているのかな?と思いながら私はドアを閉めました。
◇◇◇◇
仕事にも少しづつ慣れてきて、生活にも余裕が出てきたこの頃。
この日もいつものように日雇いメイドの扱いはパートメイドの権力という名の暴力によってこき使われているとディーンさんが厨房に入ってきました。
「よく働いてるね、エーテルさん」
「仕事ですから、またココアですか?」
洗い終わったお皿を吹いているとディーンさんが厨房に入ってきました。
こういう時は十中八九リコさんにココアを頼みに来るときです。
「今日はちょっと違うんだよね、リコさんいる?」
”でもココアも欲しいかなぁ”とディーンさんは苦笑いで呟きながらリコさんを探し始めました。
「あら何また来たのディーン」
ディーンさんの声が聞こえたようで、リコさんはすぐにこっちを来ました。
先ほどまで寝起きが悪かったようでイライラしていたのですが、嘘のように機嫌のいい声を出します。
「今回はちょっとリコさんの所から引き抜きに来たんですよ」
「引き抜き?」
「実はマロンお嬢様の部屋で給仕するメイドが一人欲しいという話になって、それで」
ディーンさんが私の方を見ました。
「エーテルさんにお願いしたいと思ってます」
「ええ、この子ッ?本気ディーン?!」
リコさんは本当に予期せなかったようで、その反応にこっちがビックりしました。
「この子鈍臭いし、仕事もロクに出来ない子よ??」
リコさんは私を本当に嫌そうに見ると、もっといい人がいるとディーンさんに紹介するようにリコさんの取り巻きの人達の名前を挙げ始めました。
「エーテルさんもリコさんの下で働いていたのなら十分教育はされてるでしょうし、いいですよね?」
私に向けて軽くウインクしてくれました。
「やさしい」
思わず声が漏れてしまいましたが、やはり目上の人とは仲良くしてコネを作っておく事は人生において大きな産物をもたらしてくれるようです。
「まぁいいわ、、」
リコさんはディーンさんの押しに負けたようで渋々承諾の声をあげました。
「ほらあんたがマロン様の所に行きなさい」
私を睨むように見つめてくるリコさん。しかしそんな事に気を取られている場合ではありませんでした。
「私がお嬢様のメイド?」