水はけの悪い地域1
「お腹すきましたぁ」
「疲れません?しつじさん」
私は今日何回目になるであろう問いを目の前を歩く人物に呟きました。
「別に」
私より一回りも小さな体の少年は悠然と歩き、道を先導していきます。
その体の中は一体どうなっているんでしょうか。
私たちは両端に木が生えている平坦な道になっていますが、これから登るであろう山が近づくにつれてテンションは下がっていきます。
これは今日も野宿をしなければいけないようです。
突然前を歩いていたしつじさんが立ち止まってしまいました。
「どうしました?」
私はしつじさんの前を覗き込むように横から顔をだすと、そこにはボロボロになった看板がお粗末に立っていました。
【ここより水はけの悪い地域】
木の板に書かれているようで、文字もだいぶハゲていました。
看板というのは誰かに何かを伝えるために立っているものですが、これは一体なにを伝えるために立っているのでしょうか。
山が目の前にあり、周りには何もない場所に1つ不気味に立っている看板。
とても興味深いです。
「ぬかるんでるって事ですかね?」
「しつじさん、長靴ってありましたっけ?」
「無いよ」
「ですよね」
もしかしたら、少し足が濡れるかもしれません。
「もーこの先お風呂もあるかどうかわからないのに濡れたくなんかないですよ」
しかも目の前には山があります。
これは泥だらけになる予感です。
それから私たちの会話は途絶え、ただ黙々と山を登り始めました。
馬車やそのほかの乗り物でしばしば通るのか道はきれいになっておりただただ歩くのみでした。
どのぐらいの距離を歩いたのかは定かではありませんが、半分ほど来たところで沈黙は突然破られました。
「小屋がある」
「え!」
しつじさんの目線の先には言葉通り、家と言うには過大評価な小屋がありました。
小屋があれば人がいる。
人がいるということは次の国までの距離もきっと分かるでしょう。
もしかしたら、お金さえ払えばご飯も食べれるかもしれません。
淡い期待にわくわくしていると、ちょうど一人の老人を見つけました。
「おじいさんここで何をしてるんですか?」
私はその光景にビックリしてしまいました。
なんと山の中腹で、あろうことかも船を作っている一人の老人。
よくみれば至る所に船はあるようでした。
「1万pinじゃ」
「これ売り物なんですか!」
「買わんか?」
「ごめんなさい」
「そうか、」
若干寂しそうに言うおじいさんを見てると罪悪感を感じます。
いくつか質問したかったのですが、奇妙な出来事に気が引けてしまい声をかけることはできませんでした。
「近くに海でもあるんですかね?」
「さぁ?潮の香りはしないけどね」
私たちはまた山を越えるべく歩きはじめました。
完全に集中力が切れ、歩くペースは午前中に比べてだいぶ落ちました。
そうこうしている間についに太陽はオレンジ色へと色を変え、今日は周りが見渡せるであろう頂上でテントを張ることになりそうです。
途中でしつじさんが捕まえた小動物があるので夕飯はお肉が食べれそうです。
「う~今日も歩きましたね」
山の頂上に着くと辺りは完全に暗くなっていましたが、目標の場所まで来ることができて良かったです。
私は大きく手を伸ばし、その場で背伸びをしました。
「ひめさん、下を見て」
いつもならいち早く寝床の準備をするしつじさんが単眼鏡を右目にあてながら谷の方を見ていました。
「明かりが見えますね」
ちらっと見ると暗闇の中に明かりが多く見えました。
きっと谷には国があるのでしょう。
明日には到着できると思い、一気に嬉しくなりました。
「違う、船だよ」
しつじさんは私に確認を促すように使っていいた単眼鏡を渡しました。
私は単眼鏡を右目に当て、谷を見ました。
「え?」
確かに明かりの元は全て船のようでした。
しかし、なぜ山に囲まれたこんな場所で船があるのかよくよく見てみると水が張ってあるようでした。
思わず単眼鏡から目を外し、もっと全体的に眺めてみてみました。
山の頂上から見るとそこには湖というには大きすぎる、海のように広い水の溜まり場がありました。
山脈に囲まれた谷の部分に大きく水はたまり、沢山の光のともった船がそこに浮かんでいたのです。
「なんですかこれ!」
しつじさんを見るとご飯の始めていました。
「今日はもう動くと危ない」
「明日朝から出かけて確かめてみよう」
隣にこんなに謎めいた状況があるのに、しつじさんはいつも通りに支度をはじめます。
「えー、つまんないですよ」
「駄目、明日だよ」
◇◇◇◇
外気から遮断されたテントの中はとても暖かく、朝の目覚めはそれは快適なものでした。
夢心地まくらと、地面に直接敷いて寝ても全く不快感を感じない現実とはおさらばマットレス、羊のもこもこ毛布、どれも結構いいお金をかけて手に入れたかいがありました。
昨日の疲労も見事にリセットされてます。
上着を羽織ってテントから外へ出てみると少し肌寒い風が吹きますが、寝ぼけた意識も覚まさせるようです。
「しつじさん、おはようございます」
「おはよ、ひめさん」
私よりも早く起きていたしつじさんは旅立つ準備も既にできているようでした。
一体何時に起きているのでしょうか?
荒野の旅に比べ森の中は食料の宝庫です。
今日の朝食はキノコと薬草の健康ソテーと、焼き鳥、木の実のフレッシュジュースです。
「はあ絶品です」
しつじさんはやることがなく暇そうに火を枝でつついています。
「食事が終わったら着替えて行きましょうか」
朝食をたっぷり食べた後私の着替え終わり、谷へと向かっていきます。
昨日は暗くて良く分かりませんでしたが、確かに下の谷には広く広大な湖がありその上に船が数多く浮いていました。
湖の端には多くの船と人がいたのでとりあえずそこを目指して歩きました。
岸に小型の船を泊めて一人の男性が立っていました。
「こんにちは」
「いらっしゃい、お嬢さんは観光客かい?」
おそらく舵をとる長い棒のようなものを持ち、さわやかに笑っていました。
私は知りたかった疑問を尋ねてみました。
「この湖は国なんですか?」
「ここは湖でも国でもないよ」
青年は首を傾げて不思議そうな反応をしました。
「あれ?この方向からくると看板が無かったかい?」
看板?私は否定的ながらも記憶を巡らせました。
「あ、・・・水はけの悪い地域」
「そ、ここは国じゃなくてこういう地域なんだよ」
「なんかこの地域の土は粘土状の地質で水がたまるんだよ」
「お嬢ちゃんの少し前に大量の雨が降って、この通りだよ自然のダム状態なんだよね」
「雨が降らない季節になると干上がってもとに戻るんだけど今はこの通り」
「へぇすごいんですね」
「水が干上がれば村も出て来るんだ」
驚愕の結果でした。
「この時期の交通手段は船のみ、俺は個人船、一日3万でどうだいお嬢さん」
「食事、観光、水辺の催し物などここのことなら何でも案内するよ」
私は水に無数に浮かんでいる船を改めて眺めました。
「長靴どころか頭までどっぷりだね、まるでお風呂だよ」
「こんなの望んでません!」
「だから、あのおじいさんは山の中腹で船を売ってたんだね」
「てことはここでも船は買うことはできるんですか?」
個人船が一日3万pinはやはり高いです。
「勿論、個人用に船を買う事もできるよ」
「船を買うなら14万pinだ」
14万pin。
「しつじさん」
「何」
「お金がやばいです」
ここに来る前に商人の国で支払い、買い物をしたので残金は約13万pinしかありませんでした。
「アルバイト募集してるところってありますかね」
「なんだい、旅人さん金無しかい」
そんなにあからさまに態度を変えないで欲しいです。
「ん~お姉さんなら船を回ればメイドぐらいあるだろうけど、その子供がいるとちょっとね・・」
しつじさんを見下ろします。
「俺は別でなにか質素な求人を探すよ」
「俺はひめさんの方が心配だよ」
「へ?」
すごい間抜けな声が出てしまいました。
「危ない事はしないでよ」
しつじさんはため息を漏らしながら言いました。
「やり取りは紙飛行機、緊急時は発煙筒で連絡。ちゃんと持ってる?」
「持ってますよ」
「俺もある程度お金がたまったら会いに行くよ」
「なんだい、そのちいせぇ方が保護者なのか」
会話を聞かれていたようで、ガハハハと豪快に笑うお兄さんを横目で笑われました。