商人の国2
「支払いしてきたよ」
もうひとつの『旅行屋』の方に支払いに行ったしつじさんが帰ってきました。
”いらっしゃいませ~”とトムさんの声が聞こえてきます。
「もらったんですか?」
しつじさんの手には袋に入った泥の着いた野菜を持っていることに気が付きました。
どれも少し前に畑から取ってきたような新鮮さを感じます。
「良く分からないけど、もらった」
「美味しそうですね」
「でもメロンは上手くいかなかったらしい、よ?」
あまり状態を呑み込めない様で首をかしげます。
「鍋にしましょうよ」
「そうだね」
しつじさんはもらった野菜を腰に巻いてあるウエストバックの中にいれました。
小さなバックにそれ以上ある容量が見事に入っていきます。
このポケットがこのトムの店と契約している空間です。
1m×1mが1ブロックのモノを2つ契約していますが、意外とすぐに埋まってしまうのでもう1ブロック追加を考えています。
因みに、私の方から掛けている黄色のポシェットも中のサイズは違いますが同じものです。
【お手入れ用布】一枚200pin
水いらずで剣を傷つけず油汚れも血液も綺麗に落とせる便利な布。
【食料植物】 一粒350pin
荒地でも水だけで育つ1日で育つ植物、栄養はそこそこ、味はまずい。
2日後にできる果実はほんのり甘い。
【保存食】 各500pin
賞味期限は5年。
しつじさんの興味のあるものは主に食料や実用的に使用するものです。
私のように先ほど買った長々と商品説明を聞いた発光虫の棚でも足を止めることも、面白そうな商品を物色する事なんてまずありません。
「トム、これ1ダースある?」
「勿論ございますよ」
【ピンポイント地雷】 1500pin
女性でも簡単に設置可能。
設置した真上にきた時のみ作動します。
威力は中。
【うさぎのぬいぐるみ】 3500pin
子ども、特に女児のベットに置くことでいい夢を見せてくれます。
匂いが続く限り有効。
よくよく見てみればこんな女児用のぬいぐるみの隣に地雷が置いてあるなんて、ちょっとはコーナーを決めておいた方がいいのではないでしょうか。
しかもぬいぐるみのほうが値段が倍以上もするなんて。
「なんですか、この人形は」
その時、店の周りにはあまり綺麗そうには見えないおじさんの人形が何体も吊るされているのを見つけました。商品タグを見ると、【フラグ人形】とありました。
お値段100万pin。
「あらあら、もしやお客様、転移魔法を契約しているにもかかわらず、フラグ人形を知らない!」
またいつの間にか後ろに立っていたトムさんが声を出しました。
「それで?これはなんなんですか」
内心かなり驚いてしましましたが、悟られない様に尋ねました。
「つまり、お客様はフラグをそのまま差していると?」
「もちろん」
ここに来ると前に地面に差した青いフラグの事です。
「それ、危なくないですか?」
「?」
何を言われているのか分からず私は困惑しました。
「もしお客様のフラグが誰かに発見されたら、どうします?」
「もし牢屋の中に移動されてたら、どうされるんですか?」
フラグとは転移魔法を使う時の飛ぶ場所、目印のことです。
私たちは来る前に立てたフラグの場所に転移魔法で帰ることができるのです。
「・・・なるほど」
つまり転移先のフラグを別の場所に移動されても、その場所にしか帰ってこれない。
フラグは動かないので見つかって悪用されると危ないんですね。
「今はそのフラグを見つけてくるとお金を支給する仕事さえあるんですよ?」
「そんな貴方に勧めたい、フラグ人形!」
トムさんはフラグ人形の方に指を指しました。
「これは人形技師が作った生きた人形」
「一定の会話もでき、契約者の魔力で動きます」
「これで人の多い国でもフラグだとばれずに周りの生活、場所に溶け込むことがでるのです」
「なぜ、こんな汚いおじさんなんでしょうか」
見れば見るほど路上にいるような中年のおじさんでした。
「フラグを隠すための人形なんですから、目立ってしまっては意味を無さないでしょう?」
欲しい!
「買います!」
即決でした。
「お買い上げありがとうございます」
「ちなみに愛玩用の美しい人形もございますよ」
”ご覧になりますか?”とトムさんは勧めてきました。
「それはまた今度にします・・・」
結局、今回のお買い上げはジャックと豆の気(直立用)、印象リップ、発光虫、ピンポイント地雷、フラグ人形、その他実用品、食料を買い込みました。
「お買い上げありがとうございました」
トムさんはさわやかな表情で笑いました。
ドアを開けると人の声が一気に耳に入って来て少し驚きました。
振り返って店を見てみると、やはりあんなに店内は広かったのに小さな店にしか見えません。
とても不思議です。
「どこかまた寄るんでしょ?」
しつじさんは私を見上げてきました。
「ええ、洋服をちょっと見に行きましょ」
私たちはその後、お気に入りの洋服店で私用に新しい服をいくつかと、新作のネイビーのドレスが売っていたのでそれも衝動買いしてしまいました。
しつじさん用に大きめの黒いシャツを買いました。私はもっとカラフルな服はどうかと提案しましたが、汚れが目立つし洗濯も大変だからという理由で却下されました。
「えっと、お米や保存用の缶詰、調味料も買いましたし」
私は頭の中にあるお買い物リストを探します。
「これで買わなきゃいけないのは大丈夫ですね」
確認の意味でしつじさんを見ると面白いことになっていました。
「これ以上買い込むとひめさんも手で持つことになるよ」
そう言ったしつじさんのポケットから不自然に人の足が一つ出ていました。
入りきらず飛び出したフラグ人形の足です。
知らない人が見たらきっとちょっとした事件だと認識されるでしょうが、ここは商人の国。
不思議なモノや知らない商品、変わった人がいても平然と受け入れられてしまいます。
「この空間の中大変な事になってるんだけど」
フラグ人形を押し込んだら貰った野菜は入らなくなったようで、抱えて持っていました。
「やっぱりもう1ブロック追加で契約したほうがいいかも」
しつじさんはやはりバックから飛び出した足が気になるようで、ちらちらと見ています。
「そうですね」
私のポケットもパンパンでした。
「残金いくら?」
「13万と2400pinほど」
ちなみに、もとは500万pinほどありました。
基本的にしつじさんが稼いだお金ですが、買い物についてはほとんど口出ししません。
最低限の助言はしますが。
「もう行きましょう」
「今回は早いね」
若干驚いたようにしつじさんは私のほうを見上げてきました。
「買えないなら、見ても悔しいだけですから」
「どうせここにはよく来ますし」
「お金がいくらあっても足りないですね」