紙の国2
次の日、しつじさんと一緒に魔法の紙飛行機が買えるお店に来ました。
そのお店自体は大きそうですが、外見は古い木造の建物でした。
垂れ幕がかかった引き戸を開けると一番最初に目に入ったのは鮮やかな色とりどりの紙でした。
「すごい、綺麗」
「いらっしゃいませ」
受け付けにいるのはよく言われる若く美しい看板娘がいました。
「すいませんここで手紙の紙飛行機が買えると伺ったんですが」
「ええそれは間違いないのですが」
そういうと娘さんは少し考えるように顔をしかめました。
「実は予約で埋まっていまして…・・・次は一年後なんです」
「えっ!」
「失礼ですが、旅人さんですよね?」
「そうです」
「少し料金は高くなりますが、旅人さんなら多分優先してくれると思います」
「お願いします!」
「それなら少し取り合ってみますね」
そういうと娘さんは奥へと入っていきました。
私は店内に綺麗に飾られた紙を眺めていました。
丁寧に作られた上質な紙は私が持っていたとしても、もったいなくて使えそうもなさそうです。
しつじさんは興味がなさそうに近くに置いてあった椅子に座っていました。
「興味ないですか?」
「あんまり、何に使うの?」
何に使うかと聞かれると悩んでしまいますが、そういう問題ではないのです。
そうやっていると、奥から娘さんが戻ってきました。
「はい、優先してくれるそうです」
「ではこちらへどうぞ」
娘さんに促されるままに廊下を進みます。
開いているドアからは忙しそうに働く男性の姿や、楽しそうに笑っている女性達の声が聞こえます。
次第に人の声が聞こえなくなるほど奥に進み、物音はしなくなりました。
木造の真っすぐな通路は窓もなく、閉鎖的でした。
ギシギシと床が重みで軋む音しか聞こえない状況はどことなく緊張します。
「こちらになります、どうぞごゆっくり」
娘さんは一つのドアの前に来ると頭を下げて来た道を戻っていきました。
私はゆっくりそのドアを開けると、一人の女性が大きな機材の前で作業をしていました。
ここは作業場のようで、無造作に機材や空いた瓶や色とりどりの紙が置いてあるのが分かりました。
「汚いけど、どうぞ」
お姉さんは私たちに気づくとこちらへ来るように促しました。
「貴方たちが旅人?」
「はい」
お姉さんの近くまで来ると、汗をかいていることに気が付きました。
長い髪を軽く結わえて、首からタオルを下げていました。
「いつまで滞在するんだ?」
「えっと、長くても一週間ぐらいです」
そういうと”ふーん”と薄い反応をしました。
「一年も予約が埋まってるなんて大変ですね」
「そういうわけではないけど、私しか作れないから注文は多くてね」
お姉さんは滴る汗をタオルでふき取りながら笑いました。
「でもせっかくこの国に来てくれたんだから旅人には優先してるんだ」
「できるだけ早く作るから、心配ないよ」
お姉さんは座ってるテーブルの横に置いてある引き出しの上から三番目を開けました。
その中には沢山の小瓶が敷き詰められていて、二つ掴むと私としつじさんに一つづつ渡してきました。
「ではさっそくこの小瓶たっぷりに魔力を注いで頂戴」
「えっと、」
なんだかやり方が分からずしつじさんを見るとあっという間に小瓶に透明な液体がたまっていました。
「ビンに力を流すようにするんだよ」
しつじさんは私を見上げて説明してくれました。
「っ、―――!」
私はその通りにやってみると、ゆっくり中に液体がたまっていきます。
「できました」
力みを解いた瞬間ふらっと足元がふらつきました。
「大丈夫?」
「大丈夫です、少しふらついただけですから」
心配そうにひつじさんは見上げてきました。
「あまり慣れてない人がやると、貧血みたいになるからしばらくジッとしてなさい」
お姉さんは中身がたまった二つの小瓶を受け取りました。
そして匂いを嗅ぐように中を匂いを嗅ぎました。
「あら、あなたは無臭なのね」
「こっちは良い香りね」
「甘いハチミツの香りがするわ」
どうやらしつじさんの小瓶は香りが無く、私の小瓶はハチミツの香りがするようです。
「香りなんてあるんですか?」
私は鼻をスンスンと鳴らして周りを嗅いで見ると、お姉さんは苦笑しました。
「匂いが分かるのは私の能力なのよ」
「これを紙に混ぜて作るのよ」
「そうね、3日ほどしたらまた来てちょうだい」
お姉さんは笑顔で送り出してくれました。
来た道を真っすぐ戻ると店の入り口、看板娘さんが待っていました。
「どうでしたか?」
「3日後に来てくれと言われました」
そう聞くと何かに娘さんは予定を書き込んでいるようでした。
「この国の名産は紙なんですよね」
また展示された美しい紙を見ながら尋ねました。
「そうです」
「すごい上質な紙ですね」
娘さんは品のいい笑顔を浮かべます。
「この近くの植物はとても繊維の質が良く、いいものが作れるんですよ」
「名産といっても本当に小さな集まりでたまに来る注文を受けていただけなんです」
「この紙飛行機はお姉さましか作れない特別なものなんです」
「お姉さまが軍の学校に連れて行かれてたんですが」
「戻ってきてくれたんです」
「それからこの国は変わりました」
「これを目当てに観光客の方も来てくれるようにもなって、」
「私たちの紙を知ってもらえることは、とてもうれしいですね」
そういって娘さんは本当にうれしそうに笑いました。
◇◇◇◇
「ここの求人はなんだか良いのがありませんね」
店を後にして私たちはいつものように求人を確認しましたが、特に今月はお金に困っていないのでバイトもしなくて大丈夫でしょう。
「今月の支払いは大丈夫だよね」
同じ心配を抱いたのか、しつじさんは私に質問してきました。
「大丈夫ですよ、そろそろ通知が来ると思うんですけどね」
「3日後にできるって言ってたけどいつ出発するつもり?」
しつじさんが下から覗き込むように見つめてきました。
「そうですね」
私は少し考えました。
「では長いしても無駄ですし、受け取ったらそのまま出発しますか」
いつもバタバタと追われている支払いも今月の分はもう確保してあるので、この国ではアルバイトをしなくとも大丈夫でした。
私たちは紙飛行機ができる3日間自由に行動することになりました。
「しつじさんはどうします?」
「まだ買った本も読み終わってないし」
「何読んでるんですか?」
「遺伝の病気」
また変な分野の本を読んでいるようです。
「じゃあ私はちょっと遊んできますね」
そんな風に旅の疲れを取るように私は毎日サウナにエステに通い、お金と引き換えにゆっくりほぐして行きました。
◇◇◇◇
予定通りにまた紙屋さんに行くと綺麗に包装された紙がありました。
「待ってたよ」
看板娘さんと作業場にいたお姉さんがいました。
「うわ、綺麗ですね」
私の紙は淡いオレンジ色で、しつじさんのは真っ白でした。
「これを交換して使うの」
お姉さんは逆に手渡しました。
「使い方はいたって簡単」
「中に伝えたい言葉を書いて、紙飛行機を折る」
「風のある夜に外に向かって投げるだけで相手に届くの」
「雨が降っていると届かないし、濡れるとインクがにじんじゃうから」
「それからこれは相手の魔力を感知して届くものだから」
「風がなかったり相手の魔力を感知できない状況だと飛ばないから、その場の状況に注意して使って」
「じゃあ私はまだ作業があるから」
「ありがとうございます」
お姉さんは私たちに軽く会釈しながらまた作業場のある奥の方へ歩いていきました。
料金は2人で10万pinジャストでした。
既に宿は出ているのでこのまま出国します。
「面白いモノを作る人がいるんですね」
「そうだね」
「次はどこへ行く?東と西に道があるらしい」
国の出入り口がいくつか存在するみたいですが、私はポケットからコンパスを取り出し振動でゆらゆらと揺れている針を見ます。
赤い先は私の方を向き白い先は目の前を指しました。
「まっすぐ行きましょう」
私たちはこの国へ入ったときに買った滞在ビザを、国の出入り口に立っていた門番に渡しました。
「延滞も無し、手続きはこれで終了です」
「ありがとうございます」
「どうぞ良い旅を」
検問所を抜けると目の前が一気に開けました。
植物が多く茂っており風に乗ってサワサワと柔らかくなびいています。
”ここまでおいで~”
”こら遊ばないの!”
その植物畑の中で子供や女性たちがかごを持って隙間から見え隠れしました。
しつじさんは既に前を歩いていて私は早歩きでその後を追いかけ、私たちは次の国へと出発しました。