通販タヌキ
ある昼下がりの生放送番組。
「こんにちは!この時間がやってまいりました。
テレビの前、パソコンの前、タブレット端末の前のみなさん。
今日はテレビ初、いや、メディア初登場の商品の販売を行いますよ。
メモの用意はよろしいですか?
最初に言っておきますが、これは“世紀の大発見の産物”、“化学の最終形態”、“生物の最大の可能性”、これらを全ての表現をまとめても、まだ不足しているほどの素晴らしい商品です。
実際に購入されなくてもかまいません。
ただ5分だけチャンネルをそのままに、必ずやこの商品の便利さ、コストパフォーマンス、見た目の可愛らしさに目を奪われるでしょう。
私も最初、この話を聞いたときは信じられませんでしたが、目の当たりにしてびっくりしたの、なんのって……。
前置きはこれぐらいにして……それでは、みていただきましょう。
今日紹介するのは……こちら!!!」
この放送を見ていた人間は、あまりにも大げさな謳い文句に、かえって興味を抱き、ついテレビ通販の放送を見守る。
高級なスーツを着た男は、洗濯機ほど大きさの箱を取り出した。
箱は黒い布で覆われており、中が見えない。
中からはガサガサという奇妙な音が不規則的に聞こえている。
男は布をめくりあげ、中を確認する。
「中の物は……大丈夫そうですね……では御覧に入れましょう。今日の商品はこちら!」
男が箱に覆われていた布を一気にとる。
そこに現れたのは、四足歩行の動物の姿。
灰褐色の長短の密集した毛におおわれた、ずんぐりとした体。
目のあたりと足は黒い毛におおわれ、そこからのぞかせるつぶらな瞳が可愛らしい。
その姿は、まさしくタヌキだった。
「皆さん、チャンネルはそのままで!
いえ、馬鹿にしているなんてとんでもない。
これからこのタヌキ君が素晴らしいことをやってくれます。
では、かごから出してみましょう」
男がかごを開けると、タヌキはおとなしく出てきた。
訓練されているのか、テーブルの上におとなしく座っている。
「では、手始めに……テレビになれ!」
男がタヌキに呼びかけると、驚いたことにタヌキが消え、代わりに50型ほどの大きなテレビが出現した。
一瞬の出来事だった。
この瞬間、まばたきした者には何が起こったのか分からなかっただろう。
タヌキがテレビになった。
尻尾がテレビから生えていること以外は、家電量販店に置いてあるような新しい型のテレビと何ら変わらない。
いや、尻尾が生えているからこそ、タヌキが変化したものだと証明した。
この放送は生放送。
編集などする余地はない。
では、これは何かのマジックだろうか?
テレビ局には、いまだかつてないほどの問い合わせの電話が殺到した。
「もちろん、これだけではありません。次に……掃除機になれ」
先ほどまでテーブルの上に載っていた大型テレビは、またしても一瞬で消え去ってしまい、代わりに掃除機が出現した。
タヌキがテレビから掃除機になった瞬間、ゴールデン時間でもないにかかわらず、このテレビ局が創立して以来の高視聴率を記録した。
「どんどん行ってみましょう……椅子!机!冷蔵庫!洗濯機!」
タヌキは次々と姿を変え、男が言ったあらゆる家電に変化した。
視聴率はウナギのぼり。
テレビ放送始まって以来の最高視聴率を記録した。
また日本のみならず、インターネットを通じ、海外のサイトでもあまりの閲覧者の多さにサイトがダウンしてしまうほどだった。
「さて、変化するのはこの辺にして……実際、このタヌキ君の変化した姿でどれぐらいの機能があるのか見てみたいですよね?それもご覧に入れましょう!」
するとタヌキは掃除機に変化したかと思うと、静かにスタジオの床を掃除し始めた。
タヌキの尻尾がついた掃除機は静かなうえに、人の手を借りずとも勝手に掃除し始める。
そして何より、ほかのどんな高価な掃除機よりもきれいに床のごみを除去しているように見えた。
「さて、これだけ高性能なタヌキ様ですが、気になるのはそのお値段ですよね?
このタヌキ様一匹家にいれば、ほかの家電はいらないわけですから、そのぶんお値段もそれなりにすると思いますよね?……」
視聴者は手に電話を持ち、かたずをのんで、そのタヌキの値段の発表を待つ。
「気になるお値段は……なんと驚き、送料込み、1000円!!!」
送料込みの1000円だって!!!???
ほぼ送料のみの価格である。
視聴者は驚いた。
言うまでもなく、その瞬間、世界中から注文が殺到した。
生放送をリアルタイムで見ていた安藤もタヌキを注文した一人だった。
彼は妻と暮らしているのだが、その妻は専業主婦のくせに、ぐうたらで、家事をほとんど行わない。
家事を行うのは仕事終え帰宅した安藤の役目だった。
だから、このタヌキがいれば、どれだけ助かるだろうと考えた。
それに値段が1000円なのだから、少しぐらい役に立たなくとも、痛くもかゆくもない。
放送後、すぐ注文した。
そして、数日後、タヌキが自ら安藤家の玄関の前にやってきた。
タヌキは料金を受け取ると、毛皮のポケットの中にお金を入れた。
タヌキはカンガルーみたいな有袋類だっけ?という疑問を感じながらも、安藤家の中に招き入れる。
タヌキは実によく働いてくれた。
昼からソファーの上でビールを飲みながらごろごろしている妻と対照的だった。
安藤は考えた。
タヌキがいれば、もう妻はいらないとも……。
ある日、帰ってくると、タヌキがいなくなっていた。
妻に聞いてみたたが、いつの間にかいなくなったといっていた。
安藤は再び前のような生活に戻るのかと落胆した。
ところが、今日の妻はどこか楽しそうに、今まで見向きもしなかった料理を自ら進んで行っている。
「今日は、新鮮な珍しいお肉が手に入ったの……」
それからというもの、妻はよく家事をこなしてくれるようになっていった。
掃除に洗濯、料理まで何でもそつなくこなした。
その変化を喜ばしく感じながらも、フッと疑問に思い質問する。
「何故、君はそんなに家事をするようになったんだい?」
「私は……生まれ変わったのよ」
たしかに、タヌキがいなくなってからというもの、以前の妻とは何か違う気がする。
目の周りに黒いアイシャドウを濃く塗ったり、ズボンのお尻の部分に毛皮の装飾品をよく付けたりするようになった。
まあ、家事をしてくれるようになったんだし、これくらいの反動は仕方ないと納得した。
もう1つタヌキがいなくなってから、いいことがあった。
妻が妊娠したみたいだ。
あのタヌキは我が家に幸運をもたらしてくれたラッキーな動物だったのかもしれない。
生放送終了して数か月後。
放送時に商品を紹介した男は、丸々と太ったタヌキと共に車に乗り込む。
「うまくいったようだな……」
「ええ、テレビ局の連中の話では、この前の番組の視聴率は過去最高だったみたいですよ。おかげでタヌキの販売の注文も驚くほど殺到しているそうです」
車の中で会話がなされる。
話しているのは、男と太ったタヌキ。
「しかし、あなた様のおかげで私もこの先、贅沢な暮らしができそうです」
男がタヌキに感謝を述べ、頭を下げる。
「くるしゅうない。面を上げい。今思えば、人間界で夢も希望も家も家族も失い、ホームレスだったお前と自然界で何もかも得て、人間界の物を欲しがっていた野心家の私達タヌキ一族の出会いは必然だったのかもしれないな」
タヌキが胡坐をかきながら、ふんぞり返って男に話す。
「しかし、あのメディアを使った作戦は見事だとしか言えません。やはり、あなた様は天才なのでしょう」
男はタヌキをほめちぎる。
「そうだとも。私たちは本来、下等な人間どもよりも高等な存在なのだ。今頃、私たちの一族も人間界の生活に満足しているのだろう」
「ええ、調査してみましたところ、どこの家庭でもうまく溶け込んでいるみたいですよ」
「便利なタヌキとして家庭に潜り込んで、住人の癖やしぐさをコピーしたのち、そこの住人を殺す。そして、そこの住人に化け、人間として暮らす。……シンプルだが素晴らしい計画だろ?」
「ええ、ただ……あなた様一族の中には変化が未熟な者がいましたから、少しヒヤヒヤしましたがね……」
「うむ……確かに目の周りの色がひどいクマみたいに黒くなったり、尻尾が飛び出したりする者がいるが、アホな人間どもは気づくまい」
あなたの周りを見てください。
目の下のクマがひどい人はいませんか?
もしかしたら……