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一夜目 噂は熱いうちに解け?

 「私、高校三年生ってもう18歳なんだから、さすがに男子も大人になるかと思ってたけれど、期待外れだったわ」

 「具体的には?」

 「男っていくつになっても下半身に思考が支配されてるってところ」

 「逆に上半身に思考が支配されてるやつってどんな人間なんだろうな」

 「揚げ足を取らないで」

 「お前足ないじゃん、どうやって取るんだよ」

 「そういうのを揚げ足を取るっていうの!」


 ベットに腰かけてクッションを抱きながら怒る朱音。

 対する俺は、床に座って耳にスマホを当てながら喋っている。

 ――これが家において自室で朱音と喋る為の苦肉の策だ。

 『あの事件』から俺の背後霊になった朱音は、俺から三メートル以上離れることはできない。

 逆に言えば三メートル以内なら地中でも壁の中でも上空でも好きな場所にいることができる。

 それを利用して学校にいるときは、念のために教室の壁に埋まってもらっている。

 本人はそのことについて不満はあるようだが、こればっかりは我慢してもらいたい。

 なにせそうしなければ――『見られて』しまうのだ。

 

 『私もびっくりしたのだけれどね。私が意図的に姿を現しても全く霊感のない人には見えないってことはあの村にいたときから分かってたのだけれど……。その逆、まさか姿を隠していても私のことが見えるぐらい霊感の強い人がいるだなんて、予想もしてなかったもの』


 しかもその霊感のかなり強い人がクラスにいて、そのことで一悶着あったのだ。

 その反省を生かしての『処置』だというのは朱音も重々承知しているだろうが、朝から夕方まで壁の中というのはなかなかしんどいらしい。

 しかも、ずっと姿を隠し続けるのにも集中力が必要というのだから、こうして家で俺が自室にいるときぐらいは完全に気を緩めた状態で話したいという要求には答えるほかなかった。

 というか俺も別にそのことについて反対意見があったわけではない。

 ただし、それにはそれで別の問題があったのだ。

 なんということはない、家族である。

 もし息子が自分の部屋で虚空に向かって楽しげに話しているところを見ようものなら、親は精神病棟に行かせることを躊躇しないだろう。

 あるいは妹が朱音の姿を見たら恐怖で失神しかねない。

 朱音に関しては、誰かが部屋のドアをノックした瞬間に姿を消せばいいのだが、俺はそうもいかない。

 というかたまにノックを家族が忘れることもある、というか俺も忘れる。

 おかげで何度妹に怒られたか……。

 そこで考えたのが、この『携帯で友達と話しているように見せかける作戦』である。

 これにより俺が精神異常者に見られる可能性はない。

 そして、携帯で誰かと話していることはドアを閉めていても分かるのだから、俺の注意を引くためにノックをする可能性が高くなる。

 これにより、不慮の事故が起こる可能性を減らした上で朱音は姿を現して俺と喋ることができる。

 これは画期的だ!素晴らしい!――と、思いついた当初は朱音とスマホを片手に喜んだのだが。

 これには一つ重大な欠陥があった。

 いや、欠陥は過大表現かもしれない。実際この作戦が功を奏しているのか、不慮の事故が起こったことは一度もない。

 本来の目的はこれ以上なく果たしていたのだが、一つ見落としていたリスクがあった。

 というのも、俺は朱音のことを下の名前で呼んでいる。

 そして下の名前で呼び合うというのは、かなり親しい間柄でないとないことだ。

 そして『あかね』という名前は、女子に圧倒的に多いわけで……。

 率直にに言えば、俺は友達でなく彼女と部屋で毎日携帯で話していると家族に思われていたのだ。

 そのことに気づいたときはもう遅く、家族はすでに俺に彼女がいると思い込んでいてしまった。

 母親からは、友達と外に遊びに行く時も「言ってくれれば少しはお金あげるから、彼女におごってもらうなんてことはないようにしなさいよ!」と言われるし、父親からは「口を出す気はないが、万が一の時はしっかり避妊しろよ!」とか警告をされるし、妹に関しては「お兄ちゃんに彼女なんて……、なんであたしに何も言わなかったの!?あたし、妹なんだよ!?お兄ちゃんは、お兄ちゃんは……」とかよく分からないことを言って部屋に閉じ籠もるしで、もう散々だった。

 仮に収穫があるとすれば、予想とは反して妹が以前より増して甘えてくるようになったということか。

 てっきり最初の反応からして疎遠になるかと思ったのだが……、今までの時折勉強を教えたりゲームを一緒にやる程度の兄妹関係から、ようがなくても頻繁に部屋に来たり、休日には外に出掛けたりと、距離が縮まった感じだ。

 どのような心境の変化があったのかは全く分からないが、険悪になるよりはマシなはずだ。

 ……それにしたって、もうあいつも高校一年生なのだからそろそろ兄離れするべきなのでは。

 俺が知らないだけでもう彼氏がいるのか、それとも世間一般の兄妹とはこんなものなのだろうか。

 ともあれ、予想外の事態に俺たちはどうしたものかと頭を抱えたが、面倒くさいのでもう放っておくことにした。

 これが学校のクラスにまでそんな誤解が広まったのなら別の案を練ったかもしれないが、しょせん家族四人程度だ。

 そうそう漏れることはないし、誤解させたままで不都合なことも特にない。

 なにより俺と朱音の関係のことを考えれば、あながち誤解とも言えないだろう――、そう結論付けた。

 そして時は流れて――現在。

 俺とはスマホで通話するようにして、なんだかご立腹の朱音と喋っているわけである。


 「なぁ、朱音。どうして今日はそんな男嫌いみたいなこと言ってんだ?何か見たのか?お前を男性不信にさせるような何かを」

 「……まるで自分には全く心当たりがないみたいな言い草ね」

 「うーん、自分では正直全くわからん。今日の俺、そんな下半身で物を考えてるような言動とか態度をしてたのか?そもそも女子と話すことすらほとんどないこの俺が」


 今日は友人と下ネタトークもそこまでしていない……。それにそんな日常茶飯事なことで朱音が腹を立てるようなことは今までなかった。

 もしかしたら溜まっていた鬱憤が今日爆発したのか?

 それなら仕方がない、たまりにたまった愚痴のはけ口として徹することにしよう。

 

 「本当に分かってないのね……。ううん、覚えてないだけかも。それに、別に道弥に対して腹を立ててるというわけでもない。単に呆れてるだけだし」

 「そうか、そりゃよかった」

 

 とりあえず胸を撫で下ろして一安心。

 お説教タイムが始まるわけではなさそうだ。

 しかしそれではいったい何が、彼女を呆れさせたのだ?。

 朱音はいったい、壁の中から何を見て、何を聞いていたのだろう。

 

 「華子さんのことよ」

 「あっ……。あぁ~、はいはい。あったなそんなん」

 「『あったなそんなん』じゃないわよ。全く、時谷君の話を鼻の下を伸ばして聞いてたのはいったい誰だったんだか」

 「いやぁ、話半分に聞いてたからすっかり忘れてたぜ……。そんな話してたな、そういや」


 トイレの華子さん――それは俺が時谷から聞いた都市伝説の一つだった。

 三年間通っていながら寡聞にして知らなかった河時南高校の都市伝説の一つ、トイレの華子さん。

 普通に聞きなれた都市伝説であれば、トイレの花子さんが浮かぶところだが。

 花は花でも、華美な方の華子さんだった。

 そしてこのトイレの華子さんにまつわる話こそが、朱音の機嫌を損ねるような話というか――、その話を興味津々に聞いていた俺を見て、朱音は呆れたのだろう。

 というのも、その華子さんの言うのは――。


 「本当に男はああいう話大好きよね。そんなの実際にいるわけないのに。そんな男子にとって夢のような穢れた女子なんて、そうそう普通の高校にいるわけないでしょう?」

 「いや、だから俺は……」

 「ふん、私知ってるんだから。華子さんが巨乳らしいって時谷君から聞いた瞬間、ちょっといい反応してたの。男ってどの人も女の子のおっぱいと顔しか見てないんだもの。あーやだやだ」

 「朱音さん?俺別にそこは」

 「はぁ、そうよどうせ私はペッタンコよ。これでも中学生にしては発達が良いって、周りの女子に羨ましがられたり、男子の目線を集めたりしてたのに。本格的に体が成熟する前に死んじゃったから、何年たっても体が中学生のままだし。道弥のクラスメイトに比べたら私なんて貧乳の部類よ。そりゃそうよね所詮中学三年生なんだから、高校生の大人びた体に比べたら貧相になるわよ」

 「そりゃまぁ、死んだら成長もできないからな……」

 「道弥だっておっぱい大きい方が好きなのよね、いいわよ別に知ってたから。道弥にべったりな妹の亜弥ちゃんに甘えられてるとき、道弥の視線が時々胸にいってるのもしっかり見てたわよ?」

 「ちょっと待て、俺は亜弥の胸なんか見てないぞ。人を妹に欲情する節操なしの変態野郎みたいに言うのはやめろ」

 「欲情してるかはともかく、気づいてないだけで結構見てるのよ。亜弥ちゃんも気づいてると思うわよ?」

 「うっそーん……」


 確かに亜弥は朱音とは比べ物にならないバストを誇っているけれども!

 というか高校三年生にも全く引けを取らないどころか、少なくとも俺のクラスの女子だったら完封できそうなサイズではあるし、兄としてはよくもまぁそんなに育ったなとは思っているけれども!

 勉強教えてるときとか視線のやり場に困る時もあるけれども!

 流石に実の妹に欲情するようなことは断じてない、俺にとって亜弥はただの妹だ。

 それ以上でもそれ以下でもない……それよりも朱音が自分の胸についてコンプレックスめいたものを感じていることの方が驚きだ。

俺自身まったく気にしていないので、触れることすらない話題だったのだが……。


 「まぁまぁ、いいじゃないか。俺は胸の大きさで態度を変えたり区別したりするような男でもないってことは、俺を見てきた朱音なら分かってるだろ?」

 「……え、えぇ。そうね、そうだけれど。今まで、その、『する』時も私の胸に不満そうな顔もしなかったし。おっぱいが大きい方が好きなのは普通の男子なら当たり前だし。お道弥が体つきが豊満な女子に浮気したことなんて皆無だったし。……亜弥ちゃんは除いてだけど」

 「妹と仲良しなことまで浮気にカウントされるのか……?」

 「まさか、するわけないじゃない。――向こうがどういうつもりかは別だけど」

 「え?向こうがドーナツ?何で急に声小さくするんだよ」

 「いえ、何でも。くしゃみが出そうだったからこらえただけ」

 「くしゃみぐらい自由にしろよ」


 よし、どうやら朱音の機嫌も戻ってきたようだ……多分。

 随分回り道をしてしまった気がするが、そもそもは華子さんの話だったはずだ。

 男子にとって夢のような穢れた女子――というのは、その通りといえばその通りなのだが、なんというか、身もふたもない言い方で、かなり侮蔑の意を含んだ言い方だ。

 しかしその気持ちも分からなくはない。

 なぜならその説いての華子さんは、一般的にイメージされる都市伝説や怪談とは全く毛色が違う。

 時谷曰く、その都市伝説の内容とは、

 ――華子さんは管理棟四階、生物室の前のトイレにいる。

 ――彼女に会いたければ深夜に学校に忍び込め。

 ――女子トイレの一番奥の個室の閉まっているドアを三回ノックし。 

 ――『華子さん、遊びましょ』と声をかける。

 ――すると個室のドアが開き、中には華子さんがいる。

 ――そしてその華子さんは、


 「――その人の少しの生命力と引き換えに、性的行為をさせてくれる……か」

 「ありえないでしょ、普通。突っ込みどころ満載よね」

 「まぁ、まず深夜の学校に忍び込めるかがわからないし。それに華子さんの外見がいまいち定まってないのもおかしいしな」


 『俺は華子さんにお世話になった』――と言い張る男子は一定数、学年に関わらずいるらしい。

 しかし、華子さんは黒髪ロングで清楚な雰囲気だったというやつもいれば、茶髪でショートカットでまさしくビッチという感じだったとか、金髪ツインテールの幼女だったとか、年上だとか、面白いほどに千差万別なのだという。

 強いて言えば巨乳というのは共通していることが比較的多いが、幼女なんていうやつがいる時点でそれも疑わしい。

 だが流れは全く同じで、事が終わるといつの間にか消えていなくなっており、違う日に行ってみても二度と会えない。

 そして、彼女と交わった翌日から風邪をひいて寝込んだ――ここまでは全員が共通した体験をしているらしく、それがまた真実味を増しているとかなんとか。

 その風邪とやらが、引き換えにした生命力の欠如によるというものだとでも?

 全く馬鹿らしい、現実味を帯びているからこそ逆に嘘くさい。

 思春期特有の妄想が、いつしか噂となって尾ひれ端しれついて独り歩きしてるんだろう――そう時谷は切って捨てていた。

 それに関しては俺は全くの同意だ。

 それでも、俺がその話に興味を持ったのは、決して華子さんが巨乳だとかそういうのにつられたわけではなく。

 

 「実際にそういう非現実は現実としてあるってことを、知ってしまったからだろうな」

 「え?どういうことよ」

 「つまりさ、俺はこうして朱音という存在を知ってしまっているから、死んだ人間が幽霊となって現世にいて、生きている人間に影響を及ぼすことができることを知っているから。だからこそその華子さんなんていう空想が現実にいる可能性もあると思って気になったんだろうなって」

 「………………………………………」

 「ははは、実際は時谷が言う通りなんだろうけどな。――あ、もうこんな時間じゃねぇか。寝ないと」

 

 時計を見ると、あと一時間足らずで日付が変わろうとしていた。

 明日も学校なのだ、早いとこ寝る支度をして明日に備えよう。

 受験勉強は……、ま、いいだろ。

 まだ六月だし、何やるかも決めてないし。 

 あーでも、来週テストじゃん……。受験生なんだから定期考査なくして自分の勉強をさせろよ。

 なんて都合いいことばかりうだうだ考えていたら。


 「……ねぇ道弥、今日って徹夜出来る?」

 「え?いや、まぁその、出来なくはないけど」


 出来ればしたくない、ぶっちゃけさっさと寝たい。  

 なんでテスト前日でもないのに徹夜なんて…………はっ!?

 も、もしやこれは『お誘い』なのか!?

 さっきまでそういう話をしていたから、朱音もそういう気分になってきたとか?

 よ、よし、それなら仕方ない。二日前ぐらいに『した』ばかりだが、テスト期間に入ったら一週間近くできないしな!

 明日の学校なんて知ったことか!俺だって思春期なんだ!

 と、息巻いていた俺にかけられた次の言葉は、お誘いはお誘いでも、『普通』のお誘いだった。

 いや、それは今までにないことではあったのだが、果たして。


 「この後、学校行くわよ」

 「へ――へぇあい!?なんでベットじゃなくで学校なん!?」

 「思い出したのよ、いつだったか道弥が生物室で授業を受けたときに、何か『違和感』を近くで感じてたのを――。それも、生物室に行くたびに毎回」

 「ま、毎回って、それ」

 「それも、トイレの方から。三年生になってから一度も言っていなかったから忘れてたのだけれど……。ねぇ道弥」


 もしかして。

 もしかすると。

 「――その華子さん、本当かもしれない」



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