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いつもの風景

 人生で一番勉強する期間はいつだろうか?

 勿論答えは人によって様々だろうが、十人十色とまではいくまい。

 少なくとも七割の人は、大学受験の時と答えるであろう。

 人生を大きく左右する、戦争が禁じられた国においておそらくもっとも熾烈な争いである受験戦争。

 そこでは極めて多くの人が自分の限界を悟り、挫折し、絶望し、悲嘆に暮れることになる。

 模試の結果で一喜一憂してはならないといわれても心はざわめくし、周りの仲間が敵に見えてくる上に、教師や親までもが厳しい言葉をかけているように思えてきて、疑心暗鬼に陥ることもあるだろう。

 やらなければならないことは山積みで、一つ片づければ二つ増え、時間は圧倒的に足りず、無理なく建てたはずの計画すら思い通りにいかず、想像を絶するストレスと不安に押しつぶされそうになり、努力の末に夢をあきらめることにもなるかもしれない。

 救いなんてない戦争、犠牲しかない闘争。

 ただ、その先にある栄光を目指して立ち上がり、剣ではなくペンをとり、自分の頭脳だけを頼りに戦い抜く――。

 

 「あー、今から考えるだけで嫌ンなるわー。誰だよ学歴で人に優劣をつけようなんて考えたやつは、経歴だけで人間の価値が決まるわけないだろ、なぁ時谷?」

 「……そんなこと言ってる時点でお前の人間的価値はたかが知れてるけどな。それに学歴だって目安にはなるさ。要するに受験においてどれだけ根気と計画性と要領があったかが計れるからな」

 「でも高学歴があんだけ集まった政治家があの体たらくなんだぜ?会見で泣いたり汚職したり公約を無視したりよ。あんなん根気も計画性も要領もないからあんなことになるんだろ」

 「そりゃ根気と計画性と要領の使い方を間違えただけだ。結局将来どんな職に就くにしろその三つは重要になるよ」

 「へぇへぇ、学年トップ常連の人は言うことが違いますねー。近所のラーメン屋常連の俺には眩しくってみてらんねぇぜ」

 「お前な……、まだ六月の段階でそんな後ろ向きなこと言ってたらこの先キツいぞ」

 「梅雨前線が通り過ぎたら本気出す」

 「お前春の桜前線の時もおんなじこと言ってたからな」


 次は発達した温帯低気圧が通り過ぎたら本気出すに変わる予定だ。

 そんなわけで高校三年生の六月である。

 高校生活最後の梅雨になるかと思うとこの雨も感慨深い――わけがない。

 河童着ても髪の毛は濡れるし手は冷たいし足から雨が浸水してくるしカッターシャツの下は汗をかくし、もういっそのことパンツ一丁で登校してやろうかとまで思ったことがある。

 そしてこの六月は、受験生にとっても辛い時期なのだ。

 早いところは部活の最後の大会が終わったことによって受験モードに切り替える連中が出てくるし、そうでなくとも夏を乗り切るための準備期間としてこの六月はうってつけなのだ。

 逆に言えば、この六月に自分の勉強スタイルを模索できなかった奴は、夏が迫るにつれて焦ることになる。

 しかしそうかといって、この時期からあまりに本腰を入れすぎると、秋に必ず訪れるスランプ、失速が長引くというのだ。

 これは受験に失敗し、浪人せざるを得なくなった先輩からの重いアドバイスだ。

 

 「性的快感も受験勉強も、ピークが早すぎると嫌われる」


 ……参考にする気が失せる名言だった。

しかし実際に戦い抜いて敗れた人の言葉だけあって、冗談とは受け取れない。

 何事も失敗から学ぶべきだ。

 その失敗が自分のであれ他人のであれ、その失敗を無駄にしないことが失敗に対する弔いになる。

 失敗が成功の母ならば。

 その母に対する親孝行をすべきであろう。


  「いや、俺だって今からガチガチに勉強するつもりはないけどよ。ただ……」

 「ただ?」

 「――このクラスの雰囲気はどうかなと思っただけだ。白谷はどう思うよ?これ」


 言われて、周りを見渡す。

 今この時間は、ガイダンスが終わった後の余った授業時間だ。

 とはいえこんな中途半端な時間から授業をするわけもなく、各々の自習に割り当てられている。

 担任の先生も今はいない、集会の後の話し合いだか何だかがあるのだろう。

 受験生としてこの自習の時間を勉強に使い、自然とクラス全体も静粛な雰囲気になってしかるべきなのだが――、果たして。

  

 「この前のドラマ見た?やっぱ柿井君ってカッコいいよねー!探偵の役もばっちりはまってるし!」

 「分かるー!特に助手の小泉君とのカップリングが最高だよね!」

 「え?」

 「え?」

 「なんで広島の中継ぎは全員炎上するかのう?」

 「伝統なんじゃけぇ、しょうがなかろう」

 「ドラえもんが映画でポンコツ化する現象について詳しく」

 「それより出木杉君の出番を増やして、どうぞ」

 「貴様っ!いつたけのこ派に寝返った!?」

 「いつから僕がきのこの山が好きだと錯覚していた?」 

 「駆逐してやる……!きのこ派を、一人残らずっ!」

 「あ、俺彼女がきのこ派だからその戦いパス」

 「次田、お前もか!」

 「こんのリア充が!いったいどこで彼女をゲットしやがった!?」

 「エレベーター」

 「これは同人誌のような展開があったに違いない……」

 「詳しく話しやがれぇぇぇ!!」

 「あー、俺も華子さんにお世話になりに行こうかなぁー」

 「ついに都市伝説にすがるやつが出てきたでおい」

 「まぁ受験前の思い出作りにはちょうどいいんじゃね?噂が本当ならだけど」

 

 ――酷い騒ぎようだった。

 なんか腐女子発言とか広島弁とか日本を二分する陣営の戦いとかごちゃごちゃで、さっきから時谷相手にぼけまくっていた俺が突っ込んで回りたくなる有様だ。

 これが受験生の集まったクラスなのかと頭を抱えたくなるが(もちろんこうして時谷と駄弁っている自分のことを棚に上げるのは忘れない)、しかし一つ気になったことがあった。

 普段なら気にも留めないクラスの会話だが、今回は違った。

 

 「なぁ、トッキ―」

 「チョコレートのかかった細長いお菓子みたいなイントネーションで呼ぶんじゃねぇ」

 「――華子さんて、誰?」

 「は?白谷知らなかったのか?この学校で華子さんって言ったら――


  ――トイレの華子さんしかいないだろ」



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