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私が乙女ゲームの世界を傍観している理由。

作者: 白藍 林檎



「唄ちゃん!」



 ふわふわの髪と大きな瞳。

 ばら色のほっぺたにさくら色の唇。

 素直で誰にでも優しい性格。

 私の名前を呼ぶ彼女は、まさに愛されるために生まれてきたような子だった。



「愛ちゃん、どうしたの?」



 天城愛。

 それが彼女の名前。

 正真正銘、私、天城唄の双子の姉である。



「あのね!今からみんなでお昼ごはんなんだ。唄ちゃんも一緒に食べない?」



 にこにこの笑顔でそう言う愛ちゃんの後ろには、ずらりとそれはそれは見目麗しい青年たちが並んでいた。

 何故か私のことを睨むというおまけ付きで。



 私と愛ちゃんの話をしよう。

 昔から私と愛ちゃんは比べられることが多かった。

 私たちは双子だけど二卵性だから、容姿は全く似ていない。

 可愛い容姿のお母さんに似た愛ちゃんは、小さい頃からそれはそれは可愛がられていた。

 それに対して私はもう亡くなったお父さんに似ているらしい。

 別に容姿が劣っているわけじゃない。

 だってお父さん、超美人だったしね。

 私もお父さんに似てると言われて育ってきたから、自分の容姿がそれなりに見られるものだと分かっている。

 まあ性格はちょっと事情があって、子供の時から大人びていたかもしれないけれど、決して可愛くない子供ではなかった、はずだ……多分。

 だけどお母さんも親戚の人も何故か愛ちゃんばかり可愛がった。

 別に邪険にされていたわけではないけれど、明らかに私より愛ちゃんは愛されていた。

 彼女は愛されるために生まれてきた子。

 それもあながち間違いではないだろう。



 だって私は知っている。

 彼女がこの世界に愛されているヒロインであることを。

 ここがとある世界に存在した、乙女ゲームの世界であることを。

 私がヒロインの双子の妹に転生したことを。

 そして、私の前世が【男】であったことを。



 ーーーーー



 勘違いをしてほしくはないから言っておく。

 今の私は紛れもない女の子である。

 ちゃんと、心まで、女の子である。

 ただ前世の記憶があって、それが【男】の記憶である、とそれだけのことなのだ。

 だって考えてもみてほしい。

 私は生まれた時からずっと女の子として育てられてきたのだ。

 前世の記憶が戻ったのはまだ幼児の頃だから、はじめは戸惑った。

 転生したと思ったら何だか性別変わっているし、愛ちゃんを見てここが乙女ゲームの世界だと判明したし。

 私はこのまま女として生きていいのか考えた時もあった。

 でも成長するにつれて、【男】の頃の記憶はどんどん薄れていったし、どんなに悩んでも今の私は女の子なんだし、といろいろ考えた結果開き直ることにした。

 そう、それについてはもういいのだ。

 問題はもう一つの方。

 ここが乙女ゲームの世界だということについて。

 愛ちゃんがヒロイン、それなら妹の私は?と考えた時、大変なことに気づいてしまった。

 全くもってベタな設定だけど、私は愛される姉に嫉妬していろいろやらかす、いわゆる悪役だったのだ。

 愛ちゃんばかりが可愛がられる理由はこれだったのか、と妙に納得してしまった。

 主人公補正っていうんだよね、確か。

 あ、ちなみに言っておくけれど前世男だった私がこの乙女ゲームを知っているのは、前世の私の妹がやっていたから。

 そう言ってもヒロイン、悪役、攻略対象の簡単なプロフィールくらいしか知らないけれどね。

 とにかく私は困った。

 どうすればいいのだろう。

 オタクだったらしい前世の妹から、乙女ゲームに転生した系のネット小説は読まされた記憶があるからいくつか選択肢があることは知っていた。

 でもそれって大体、前世でその乙女ゲームをやっていて情報をもっている人が主人公だったんだよなぁ。

 私、何の情報ももってないし。

 前世の妹に無理やり付き合わされて……とか全然ないし。

 知っているのはこのゲームのヒロインが愛ちゃんで私は悪役、そして攻略対象は5人であるということ。

 ゲームの名前すら知らない。

 世界観とかになるともうお手上げ。

 あれ、これもうどうしようもなくない?

 私、何も出来ない……よね?

 まあ、それからいろいろ考えたけれど、結局、結論はこうなった。



「難しいこと考えるのはやめて、普通に生きよう、うんそうしよう。」



 大体、乙女ゲームの世界だと分かったところで何の情報もなかったら意味ないよね。



 私は愛ちゃんばかり愛されることを羨んだり、妬んだりすることはなかった。

 前世の記憶が戻るまでは、ちょっと寂しいとか思ったけれど、今ではそれもない。

 わざわざ子供らしい態度をとらなくてはいけない、なんてことがなかった分、逆に良かったかも。

 それに愛ちゃんは普通にいい子なのだ。

 これは前世の男目線が混ざっているのかもしれないけれど、愛ちゃんはとっても可愛い。

 守りたくなる小動物系美少女だし、言動は天然だし。

 女の子からすればあざといとか、男に媚び売ってる、とか言われるタイプなのかもしれないけれど、私からすれば愛ちゃんはただただ純粋で天然なだけなのだ。

 もし男だったら惚れて……いやいや、今の私は女の子!

 ……もしかしたら前世の私は愛ちゃんみたいな子がタイプだったのかもしれない。

 もうほとんど【男】の記憶はないのだけれど。



 ーーーーー



 そんなこんなで迎えた十五の春。

 私と愛ちゃんは高校へ入学した。

 その頃になると私は、すっかり乙女ゲームのことを忘れてしまっていた。

 だって忙しかったのだ。

 愛ちゃんを野獣たちから守るのに!

 ……最近気づいたのだが、どうやら私はシスコン化してしまったらしい。

 決して重度の、ではない。

 ただちょっと過保護なだけだ。

 でも愛ちゃんって天然だから放っておくと大変なことになるのだから仕方がない。



「唄ちゃーん!早く行かないと遅れちゃうよ?」



「うん。あ、愛ちゃん前向いて歩かないと危ないよ!」



「大丈夫、大丈夫……きゃっ!」



 私が注意した途端に誰かにぶつかってよろめいた愛ちゃんにため息が出る。

 でも転ぶことなく、ぶつかった相手に受け止めてもらえたようだ。

 あーあ、だから言ったのに……と思いながら愛ちゃんがぶつかった相手に謝罪しようと見上げた時。



「……っ⁈」



 私は思わず息を止めた。

 さらさらの茶髪に琥珀色の瞳。

 整った甘い顔立ちはまるでどこかの国の王子様。

 私はその男のことを知っていた。



「あ、ありがとう、ございます。」



「いいえ。あなたが転ばなくて良かった。」



「えっ……。」



「はじめまして、僕の名前は柳沢誠。二年生です。あなたのお名前を聞いても?」



(例の乙女ゲームの攻略対象の一人!)



 私がそれを思い出したのと、柳沢誠が愛ちゃんに名乗ったのは同時であった。

 そしてそれを始まりに、愛ちゃんの周りには見目麗しい男たちが増えていくことになる。

 やっぱりここは乙女ゲームの世界だったのだと、私がため息をつきながらその様子を眺めていたのがここ数ヶ月間のこと。

 そして現在、私はな・ぜ・か、にこにこ笑顔の愛ちゃんに見えないよう攻略対象の彼らから睨まれているのだった。



(私はただの妹なんだけどな……。何が気に入らないのだか。)



 もしかして、見目麗しい彼らに近づくために愛ちゃんを利用しているとか思われているのだろうか。

 それならば心外である。

 愛ちゃんは私の大事な大事な姉だし、そんなことはするはずがない。

 見目麗しい男たちの近くにいれば、惚れてしまったりするのではないかって?

 確かに私はもう女の子として生きているし、恋愛対象も男の子だけど、その可能性は全くもってあり得ない。

 なぜならば……。



「ごめんね、愛ちゃん。私、ちょっと用事があるんだ。」



「そっかー。じゃあまた食べようね!」



「うん!」



 自分のともう一つのお弁当を持った私が向かったのは、三年生の教室がある隣の校舎。

 A組と書かれた教室の扉を、私は遠慮なく開いた。



「こんにちはー。先輩、いらっしゃいますか?」



「あっ、唄ちゃん!あー湖月くんならいつもの席にいるよー。」



「唄ちゃん、やっほー!ねぇお菓子あげるからこっちおいでよー。」



「きゃー唄ちゃん久しぶり〜。あたしのところにも飴あるよ!」



 即座に集まってきたのは三年生のお姉様方である。

 昔から愛ちゃんは、私よりも愛されていた。

 老若男女問わず、みんなの人気者だった。

 だけど、年上のお姉様方からはどうしてか私の方が可愛がられることが多かった。

 それだけは愛ちゃんに唯一勝ったものなのだ……なんて。

 別に勝負してるわけではないんだけど。

 まあ、とにかく小さい頃はそれはそれは得をしてしまった。

 まだちょっと男の記憶が残っていた幼少期。

 近所のお姉様方に構われるのはとても幸せだった覚えがある。

 今ではちゃんと同性だと思っているよ。

 そこのところお忘れなくね。

 私は構ってくるお姉様方をあしらいつつ、ある席へと向かう。

 窓側の一番後ろ。

 そこが彼の席であるからだ。



「先輩!せんぱーい!起きてください。お昼の時間ですよー!」



 私の言葉にむくりと起き上がる大きな身体。

 くあ、とあくびをしつつ、腰にくる重低音の声で呟いた。



「唄?ああ、もうそんな時間か。」



 黒に近い灰色の髪とブルーグレーの瞳。

 気高い狼をそのまま人間にしたような、相手を圧倒するような空気と美しさをもつ人。

 湖月浅葱。

 それが彼の名前。

 そして、彼は……その何て言うか、私の、恋人である。

 高校に入ってから、私にもいろいろあったのだ。



「どうした、唄。行くぞ。」



「あ、はい!」



 いつの間にか教室の入り口まで移動していた先輩を、私は慌てて追いかけた。



「今日は中庭にするか。」



「う、あ、はい……。」



 くしゃくしゃ、と頭を撫でられて思わず赤面する私。

 何か乙女みたいだぞ、私!

 いや、確かに私は乙女なんだけど、その、こういうのは慣れていなくて、だから赤面するのは仕方がないのだ。

 それに愛ちゃんを守るのに忙しくて、私の恋愛経験値は皆無である、だから仕方ない、うん。

 わずかに残った男の記憶が、この状況に耐えられず、誰に言うわけでもない言い訳を心の中でしつつ、私は歩き出した先輩について行く。



「いってらっしゃーい!」



「ひゅーひゅー!相変わらずお熱いことで!」



「お幸せに〜。」



 後ろから追いかけてくるお姉様方の言葉にさらに頬が熱くなった。

 ああ、恥ずかしい。

 背中がむず痒いよー。泣きたい。



「今日は晴れてよかったな。」



「は、はい。そうですね。」



 視線をさりげなく逸らして答えたため、私は。

 ……ちゅっ。

 不意に額に触れた温かくて柔らかい感覚。

 それが何なのかすぐには理解できなかった。

 近すぎる距離、離れていく先輩は無表情だったけれど、確かに瞳の奥が楽しげに輝いているのが見えて。



「な、なななな⁉︎」



 ぼんっと効果音が出そうなほど頬を赤く染めた私は気がつかなかった。

 赤面中の私を、先輩が笑って見ていたことを。

 教室からあまり離れていない場所だったため、A組のお姉様方や他の三年生の先輩たちにばっちりその様子を見られていたことを。

 その彼らに私たちのやりとりが生暖かい目で見守られていたことを。

 それを私は後で知って、悶絶するのだ。



 ーーーーー



 そんなこんなで、私は意外と楽しくこの世界で生きている。

 愛ちゃんとは仲良くしているけれど、他の主要人物たちには出来る限り近寄らないようにしているし。

 いつの間にか私の悪役フラグは折れていたようだし。

 高校に入ってから、いろいろな出会いもあり、なぜかリア充にもなってしまった。

 私は、とても満足している。

 今の、この現実が幸せだ。



 だから私は傍観しているのである。

 この乙女ゲームの世界を。

 私は私の幸せを手に入れて。



 私がこの乙女ゲームの世界を傍観している理由。



(それは意外と単純な理由だったりするのだ。)




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― 新着の感想 ―
[一言] よくわかんない…
[一言] 主人公が無関心って良いですよねー。
[良い点] なんか可愛かったです! [一言] 湖月視点書いて欲しいです!
感想一覧
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