第1幕―7 その遭遇、奇遇に非ず
「眼前の障害を焼きつぶせ、神火の精霊!」
轟と音をたて、アルジーが前に突き出した左手の前に先程よりも一回り大きく、黄色みを帯びた炎が燃え上がり、風を切り飛来する自動販売機へと邁進する。見事に直撃し、勢いを失った自動販売機は地面へと墜落、いまだ炎を宿しているために中身の飲料が気化、膨張したためか派手に破裂し火の粉が散る。
そしてその燃え盛る鉄くずの上を、熱や火の粉を意に介さずに小柄な影が飛び越える。無論、それが何者かを理解している二人は棒立ちで迎えるはずなどなく、ジラが右手をかざし鞭ではなく水の球を銃弾のごとく射出し迎撃する。
小柄な影、ハンナはその目にも止まらぬ水弾を人並み外れた動体視力で認識し、両手に持ったコンクリートの塊――引き抜いた駐車場の車止めのうちの1つを水弾めがけ投擲する。25kgはあるコンクリートの塊は風を切り直進し、水弾へと直撃しぶちまけ、自身も砕け散る。そして、その水しぶきとコンクリート片のカーテンを裂きもう一つの車止めが飛来する。それはそのままに直進し、もはや誰もいない地面へと音をたて、破片をまき散らしながら衝突した。
「ハハハッ、どうしたんです? わたしは魔導術なんて使えない小娘ですよ?」
「どこの小娘がそんな軽々と4メーターは跳躍できるってんだよ、ちくしょーめ」
次いで跳躍したハンナが着地し挑発し辺りを見れば、目に入ったのは愚痴るように呟く神父とシスターそれぞれが自動販売機を中心に、左右に分かれ先ほどまで自身がいた地点へと走る姿だった。その姿に訝しげに顔をしかめ、追走を開始した。
「一体何がしたいんです、貴方たちは?」
「散々人様弄んで人間やめたような化物に、教える道理はないねッ!」
おそらくは服そのものに身体強化の魔導陣がかけられているのだろう、その身体に見合わぬ速度の目の前の二人の行う、目についたらしい自転車、原動機付き自転車、バイク、はては自動車すらこちらへと放り投げる妨害付の逃走。それらにイラつきながら口をついて出た文句に対する返答に、ハンナの心にズクリと鈍い痛みが走る。この程度の言葉なら、もう何十年と聞いたはずなのに、慣れたはずなのに。
「そうよ!化物を予備軍含めて全部ぶち殺す生贄に、教えてやる道理なんかないわ!!」
「……てめぇはいいかげんに黙りやがれボンクラがぁ!!口開くたんびにボロボロボロボロ漏らしやがって!」
「……アッ」
目の前の、あからさまなバカなやり取りに疑問が湧き出るがすぐにそんなものは霧散した。化物、予備軍、生贄……?
その単語は、脳筋を自覚するハンナの脳でもとあるものを連想させた。それは、およそ自身の知るものでは最も馬鹿らしい存在であった。
「貴方達、まさか神手の審判を使う気で……!?」
「だぁ、くそ! てめぇのせいだぞめんどうにしやがって!!」
自身の言葉に対する神父服の言葉で、想像が正しいことがはっきりとわかった。神手の審判は、血環魔導術の使い手を世界規模で殺害する魔導術だ。しかしそれは適性を持ったものを含めたすべてが対象という、秘匿を成すつもりなどない大惨事を発生させるおよそ理性的な判断力が働くのならば使うことなど考えもしない術式である。
「お前ら、それがどういうことかわかってるのか!」
「うるっせぇんだよ化物がッ! てめぇらをぶち殺せりゃいいんだよ!」
丁寧な口調も忘れて問いただせば、荒々しい口調で憎悪の言葉が返ってくる。その顔には仄暗いものしか浮かんではいない。相手が本気だと悟ったハンナは、なお慎重に距離を測る。こいつらの目的は、自身の殺害ではなく確保であるのだと判明したからだ。
「……あ? なんでこんなとこに人が? いや、機械仕掛けの神かよ、めんどくせぇな」
そんな中でアルジーが呟き、ハンナがそれにつられアンジーの視線の先へ視線を向けて。その先にいた人物は、ハンナの精神干渉魔導術を無効化した、樫屋修三であった。
――――機械仕掛けの神。この単語は、一般的には演劇用語として知られるものであるが魔導師、特に教会派の中でも吸血鬼に対し極めて強い憎しみを持ち魔導術を神の与えた奇跡であると考える集団である真神徒組にとって否定的な存在として、ある人々を指す言葉でもある。
魔導炉と魔導経路は、すべて先天的である。この考え方が真神徒組の思想の根幹を成しているのだが、近年協定を結んだ国々において後天的な保持者とみられる存在が確認されたのである。その多くはインプラント手術で魔導炉が存在する場所に電気を生じるもの、魔導経路が存在する箇所に通電線を埋め込まれた人々であり、強弱があるものの魔導術による精神干渉への耐性や結界による隔離の成功率を下げるなどの特性を持っていることが判明した。
真神徒組はこの人々を、奇蹟をただの人の身で否定してしまう存在として、奇跡の象徴である神を人の力である機械で現す彼らにとって矛盾した存在、機械仕掛けの神と呼んだ。
巻き込んでしまうかもしれない、と。樫屋が自身の想定よりも、はるかに強力な機械仕掛けの神であることにハンナは思い、意識が反れる。反れてしまった。
故にアルジーとジラが足を止めたことに、水流の鞭で中型のバイクが右から迫ることに気付くのに遅れてしまう。結果、鈍い音とともにハンナの身体を衝撃が突き抜け、体の内側がひしゃげる感覚が襲う。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ…………ッ!」
耐え切れず、苦悶の叫びが口をつく。その身体が勢いに任せ跳躍し、バイクと地面とにはさまれ引きずられ背中を強打した衝撃とともに動きが止まった。
「ハァ、ハァ、あああああぁぁぁぁッ!」
荒い息を整え、気合の叫びとともに重量200kgほどの中型バイクを跳ね除ける。
「あれぇ……ハンナ?」
そして聞こえた声に、ハンナの思考が白く染まった。