第1幕─5 その邂逅、穏やかに非ず
アルジー・チャーチルは、イラついていた。自身の目的をかなえるための行動がうまくいかず、その理由が自身のパートナーであるジラ・ヒルトンという馬鹿な女であること。もっと言えば、そもそもパートナーとして組んでいることそのものがストレスだ。そこに拍車をかけるように、ジロジロと周りから好奇の視線を向けられ目の前の馬鹿へ八つ当たりに怒鳴りたくなる。そのイラつきを、自身の目的を思い浮かべ鎮める。それは反抗だ、殲滅だ、復讐だ。
「……さぁ、終わったわとっとと行くわよ。何トロトロしてんの」
「うるせぇ、バカ。ちょっと黙ってろ」
どうにも目の前の馬鹿は我慢が足りないと、こちらの態度へ文句をつけるジラを蔑むアルジーは自身の態度にイラつきがにじみ出ていることに気付いていないようだった。
時刻は夕暮れ、アルジーは場所を変える時間を考えれば十分だと、未だにぐちぐちと文句を垂れるジラを尻目に歩き始めた。馬鹿のせいでのびた目的が叶えられるのだと口元を歪ませながら。
そして富士峰駅前の大通りをしばらく歩き、手頃な広さの駐車場を見つけたアルジーは足を踏み入れ着いてきていたジラへと振り返り口を開く。
「とっとと魔導力放出しろ、ジラ」
「偉そうな口きくぐらいなら自分でやんなさいよ。バカじゃないの」
「…………てめぇのじゃなきゃ意味ねぇだろ。じゃなきゃとっくにやってる」
どこかで聞いたようなやり取りをしながら、アルジーは頭痛を覚える。この身長160程度のシスター姿の馬鹿は魔導術と魔導力に関しては一流なのだ、頭の中身をのぞいては。その点もまたイラつく要因であるが、これから成さなければならないことは頭に血が上った状態では出来やしないのだとアルジーは茹りそうな頭を鎮める。残念ながら少なくとも、一昨日の時点で気付かなければ他人をバカ呼ばわりできる頭ではないということに気付いていない。
アルジーに言われて思い至ったのか、顔をしかめながらジラは魔導力を放出し始める。これで餌は準備完了、後はやるだけだとアルジーは拳を握った。
ジラが魔導力を放出してすぐに、大通りの喧騒が聞こえなくなる。人通りすら見えなくなったが予想通りの出来事らしく、シスター服と神父服が風にそよぐだけでそれを纏った二人組に目立った動きはない。だがすぐにアルジーの口角が吊り上がる。
「……おいでなすった」
「ずいぶんと、派手に呼ばれましたのでね。そこまで待ってはいないでしょう?」
現れたのは、一昨日追いかけていた目標。ハンナ・アトウッドである。その目は紅く、昨日見せていた年相応のはしゃいだ様子を微塵も感じさせぬ姿であった。また、そこには追われていた者とは思えない余裕もあった。
「ずいぶんと余裕があるみてぇだなぁ。昨日はあんなに無様に走り回って跳び回ってたのによ」
「そっちと違って気にしないといけないことが多いのよ。まぁ、そんなことより今日はあなた達に教えたいことがあってね」
言葉遣いは変わらず、しかし雰囲気は固く重い。向き合うアルジーとジラは、まるで押し潰されそうな感覚を感じていたが口角を持ち上げたまま向き合い続ける。
「奇遇だなぁ、俺たちもあんたに教えてやりてぇことがあんだよ」
「こんな奴とおんなじようなこと考えてるなんてやな気分だけど、その通りよ」
ジリと、二人が動く。それを見てハンナは紅い光を――――魔導力を腕を通し、掌に纏わせ。
――――――――正々堂々と戦ってもらえるだなんざ思ってんじゃねぇぞ、吸血鬼。
その言葉とともにアルジーが魔導力を放出した瞬間、紅が霧散した。