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第1幕―4 その休日、平穏に終わらず

 静寂とは言い難い夜が明けた土曜日、午前11時。富士峰市にある計12部屋の2階建てアパート、スプルースマギア103号室の呼び鈴が押された。


「はぁい、ただいま……おはようございます。わざわざどうしたんですか冴子さん?」

「おはよう、樫屋君。ちょっと頼みたいことがあるのよ」


 103号室の住人たる樫屋がドアを開ければ、そこにはスプルースマギアの管理人である三島・М・冴子の姿があった。普段はわざわざ部屋に訪ねることのない冴子の訪問に、寝起きらしくところどころ寝癖の付いた頭をかきながら疑問を口にする樫屋に冴子は微笑みを浮かべながら用件を伝える。


「ハンナちゃんにちょっとこの辺を案内してほしいのよ。私は今日はいろいろしないといけないし、樫屋君はバイト休みでしょ?」

「大丈夫ですけど、あんまり詳しいところは知らないですけどいいですか?」

「大丈夫よ。明日は私もこれといった用がないから、今日は樫屋君に軽く案内してもらって詳しいことは私が明日説明するわ。それに、ね?」


 そういった冴子は少し視線を下に向けると、樫屋に微笑む。その視線の先――冴子の背にはスカートの裾を握っているハンナがこちらの様子をうかがっていた。その様子に、冴子の言いたいことを察した樫屋は自身の昨日の態度を思い出しあいまいな笑みを浮かべる。


「あぁ、はい。わかりました。そういうことなら、喜んで」

「まぁ、ありがとう。もうすぐお昼だから、1時くらいに頼むわね」


 樫屋の返事にパンと手を叩き、機嫌よくお礼を言った冴子は時間を告げると自身の部屋である角部屋の107号室へと戻っていった。カルガモの親子のようにハンナを後ろに連れたまま。そのどこか微笑ましい様子を見送った樫屋は、欠伸をひとつかきながら部屋へと引っ込んだ。








「その、昨日はごめんなさい」

 

 時刻は天辺を超えた1時過ぎ、青いワンピースをを身に纏ったハンナは樫屋に頭を下げていた。昨日のことを謝らずにうやむやにしてしまったことなのだろうと、さきほどの様子の理由を考えていた樫屋は言葉を返した。


「HAHAHA、いいよ。ちゃんと謝ってくれたし。冴子さんの煮物も食べれたし」


 そう呑気に返す樫屋に、酷い嘆き具合を見ていたせいでもっと根に持っていると考えていたハンナは思わずぽかんとしてしまう。そしてそんなハンナの様子を気にすることなく、樫屋は呑気な調子で話を続ける。


「いやぁ、昨日の里芋の煮物は絶品だったね。ご飯は3、いや4杯は食べれたよ。銀鮭弁当は贅沢だけど、冴子さんの里芋は至高だよ至高。いや、煮物だけじゃなくて食べ物全般が、だね。毎日だって食べたいぐらい。いやぁ、あんなお嫁さんを貰う人は幸せもんだね。ていうかお嫁さんに欲しい、いやむしろ婿になりたい。あっ、ここのでかい植木のある十字路を右に曲がったとこ真っ直ぐ行って出る大きな道路をやっぱり左に進めば電車の駅に着くから…………ところでごめん、ちょっといいかな?」

「…………あっ、はい。なんですか」


 昨日冴子からもらったらしい里芋の煮物の話から始まった突然の熱い冴子推しに、思い出したかのような唐突な道の説明についていくのに必死だったハンナは、樫屋の質問に少々間を空けて返事を返す。その様子に樫屋は思わず苦笑いしながら遠慮がちに口を開く。


「いやぁ、君のことなんて呼べばいい? ハンナちゃん? ハンハン? それとも捻ってハン・チャン? はたまた……」

「ハンナでお願いします」


 樫屋が挙げた呼び方に、ハンナは思わず真顔で希望を通達していた。フレンドリーなのは大歓迎であるののだが、挙げられたうちの3分の2が悪ふざけに近いネーミングなのはなぜかと自身の外見年齢をかなぐり捨てて食ってかかりたい。あるいは殴りかかってもいいかもしれない。それらをすべて押し殺して、真顔を形作った表情筋をハンナはほめたたえたい気分だった。


「いやぁ、ごめんごめん。わかったよ、ハンナ。……ハン・チャンもかわいいと」

「ハ、ン、ナ、でお願いします」

「うん、わかったからその真顔止めて。なんか怖い、あと俺のことは好きに呼んでねよろしく」


そんなやり取りの最中も足は止めず、二人はそれなりににぎわっている富士峰駅の前までたどり着いた。身長180後半のそれなりに大柄な成人男性と、人形のような金髪の身長120足らずな少女の取り合わせは人の目を引いたが呑気な樫屋と、その発言に振り回されていたハンナは視線を意に介さずにいた。


「さて、とりあえず駅前までついたけど。ついでだからちょっと寄り道するね」

「すぐ戻らなくても大丈夫なんですか?」

「だいじょぶさ。これも案内案内、というわけでゲームセンターっていうところに遊び、いや案内するよ」

「ゲームセンターってなんですか?」

「あぁ、知らないのかぁ。これはしょうがないなぁ。うんしょうがない。ゲームセンターっていうのはねナウなヤングの遊び場さっ!いろいろなゲームがあるのさ」

「いろいろなゲーム……。ワタシそこで遊び、案内してほしいです!」

「HAHAHA、よろしい。それではレッツゴー!ほら一緒に」

「えっ、れ、れっつごー!」


 会話の内容も、はっきりといえば悪い意味で人の目を引いたがお構いなしに凸凹な二人は近くのg-無センターへと向かったのだった。













「すげぇ、フルコンボとかやるじゃん!」

「君が代で褒められてもぜんぜんうれしくねぇ」

「あっ、くそっ、これアーム柔らか過ぎじゃねぇかおい」

「せめてはさんでから言えよ」

「あー、全然でねぇ。判定辛口だなこのパンチングマシン」

「だよな、100kgいかねぇもん。一位のやつってどんなごりマッチョなんだよ、350kgって桁違いにもほどがあんだろマジで」

「格闘家かなんかじゃね、S・Kって奴」


 ガヤガヤとゲームセンター特有の喧騒に、ハンナは最初顔をしかめたがすぐにゲームに反応し目を輝かせる。音楽に合わせドラムを叩くゲームに踏み台を使って挑戦したり、コインゲームのコインの様子を興味深げに眺めるハンナに、そこへ近づく柄がよろしくないお方を樫屋が追い払ったり楽しく過ごしている。いまは銃型のコントローラーを使ったシューティングに興じているようだ。


「その持ち方やりにくくないですか、樫屋さん」

「えっ、いやぁ。なんか癖でつい」


 持ったコントローラの引き金に指をかけない樫屋にハンナが質問する。ハンナは踏み台を小さな子供に譲ったために今回は見学であるようだ。ゲームが始まると樫屋は流れるように照準を構えると次々と敵に弾を当てていく。その様子にハンナは称賛の声を上げる。しばらくは順調に進むが、しばらくすると攻撃を受けてしまいゲームオーバーになってしまった。


「いやぁ、楽しかった楽しかった。時間もちょうどいいし、そろそろ帰ろうか。ハンナ」


 そのままコンティニューせずにコントローラーを所定の位置に戻した樫屋は、腕時計を見てそうハンナに切り出した。その時計が示す時刻は5時、日はまだ沈み切っていないがおそらくもう帰るべきだろう。僅かに惜しいと感じながらもハンナは樫屋にうなずいた。





「お帰りなさい、樫屋君にハンナちゃん。……よかったわぁ、仲良くなれたみたいで」


 スプルースマギアに戻れば、門の所で冴子に出迎えられる。その言葉にハンナはうなずき、樫屋は笑いながら口を開く。


「えぇ、もうすっかり友達ですよ。ねっ、ハンナ?」

「まぁ、樫屋さんがそう思うならそうだと思いますよ、私は」

「それはちょっとひどくないかなぁ。あともっと親しみを込めてあだ名なんかつけちゃっていいのよ。かしやんとか、しゅうちゃんとか」

「考えておきます。樫屋さん」

「ならばよし! ……あれ?」

「あらあら、ほんとに仲良しですね」


 どこかとぼけたやりとりに、冴子はにこにこと笑いながらハンナの手を取った。


「それじゃ、お疲れ様でした。あとでお礼にちょっとしたおかず差し上げますね。」

「ひゃっほう! どういたしまして。それじゃ冴子さん、ハンナ。おやすみなさい」

「えぇ、おやすみなさい。樫屋さん」


 かなり大げさに喜ぶ樫屋に内心呆れながらも、ハンナは挨拶を返した。昨日と違って、日本に来たことを純粋に喜べそうな一日だったと思いながら。この後、冴子の作った夕飯に樫屋の気持ちに共感することになり、世界で最もおいしい食事に出会えた最高の日だと認定することになるとは知らずに。












 

「――――この辺りの詳しい地理はこの程度ですね。お疲れ様です、ハンナちゃん」

「ちゃん付けは人前だけじゃないのですね、冴子さん」

「あらあら、さん付けなんて光栄ですわ。失礼かもしれませんが、癖にしておかないとポロリと口をついてしまいそうでして。ごめんなさい」

「かまいませんわ。少なくとも、樫屋さんの挙げた呼び方よりは」

「樫屋君はフレンドリィですからねぇ。悪気はないんですよ?」


――――悪気があったら、性格が悪いなんてレベルではない気がしますが。

 翌日、冴子によるスプルースマギア周辺の詳しい案内を終えたハンナは、帰り道にて話しながらも思わずそう考えていた。樫屋修三、昨日過ごした時間で感じたことと目の前の教会派から指定されたセーフティハウスの管理人である冴子の話に間違いがないのなら間違いなく一般人であるはず。だとすると、あの反応はつまり。そこまで進めた思考は次の瞬間、保留にせざるを得なくなった。


「ハンナちゃん……わたしはこのまま」

「えぇ、大丈夫。わかっています。それでは少し行ってきますので細かいことはお願いします。――――来客のようですので」



 







 感じ取った魔導力に、一昨日自身を追跡したものを認識したが故に。





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