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第1幕―3 この巡り合わせ、普通に非ず

 少し呆然としていたハンナだったが、すぐに我に返った。目の前の嘆いている男には申し訳ないが、この出来事をなかったことにさせてもらうのだ。魔導術を知られることも知ることも、良いことなどありはしないのだから。


「月に一度の銀鮭弁当……ちょっと割高、贅沢気分な今日のごはん……」


 外国人であるので日本語のヒアリングには自信がないが、それでも十分以上に悲しみが伝わってくるあまりの嘆き具合に、むしろ感謝されるべきなんじゃないかとよくわからない心情になりながらもハンナは男の後ろへまわり意識を集中させる。


「心意に宿れ、神代の寄生木(ミスティルテイン)


 小さく呟いた言霊に呼応するようにハンナの瞳がぼんやりと紅く光り、透けるような白磁の肌の下を腕を伝って掌へと幾多へと血管のように同じ光が伝う。掌に紅の光が十分に集まったことを確認し、スゥと男の頭へと向け、近づける。

 毛先が触れるか触れないかの位置。瞬間、光が霧散する。


「……ッ!」

「ん……?」


 目の前の現象にハンナは思わず息を呑み、それに気付いたのか男がこちらへ振り返る。


「あー、うーんと……You can speak Japanese?」


 目の前に見知らぬ少女を認識した男は、昼間遭遇したトラブルの時と同じように呑気なものであった。まずは文句を言われるものと身を固くしていた少女は、ぽかんと気を取られてしまうがすぐに我に返った。


「ワタシ、日本語しゃべれますよ」

「え、あ、そう。よかったよかった」


 西洋人形を髣髴とさせる、外国人のかわいらしい少女の口からなかなか流暢に発音された日本語は、きちんと伝わったが故にわずかに男を戸惑わせ、ハンナの整った顔立ちを不安で歪めてしまった。


「あっ、いや、だいじょぶだいじょぶ。ちゃんと伝わってるよ。それじゃとりあえず、君の名前は?」


 それに気付いたらしく、すぐさま心配事を否定し名前を聞くという気遣いをみせる姿は先ほどまでの嘆きを感じさせないほどさわやかなものだった。


「ワタシの名前はハンナです。あなたは?」


 呑気な様子の目の前の男――背格好は、弁当を掻き集めるために床に這いつくばった状態と、胡坐をかいて座っている格好しか見ていないため詳しくは不明だが、そこそこの身長にそれなりの体格だろう。こちらに向けた顔はそれなりに整ってはいるが、特徴的な糸目の目尻にたまる涙が先ほどの光景をフラッシュバックさせてしまい、どうしても二枚目半にしか思えないために呑気な雰囲気に飲まれそうになる。

 だが、すぐに自身が弁当や家具やらを無残に散らかしてしまったことを思い出し、内心冷や汗をかいていることを気付かれないようにごく普通に返事を返した。


「俺は樫屋修三だよ。…………ところで聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 だがあっさりと明らかにダメな方向へと話は転がってしまい、ハンナの視線は完全に泳いだ。それはもう、泳ぐというよりも溺れもがくとでもいうべきだろうと自覚してしまうほどに。


「ナナナ、ナンデショウカ?!」


 言葉すらもとち狂ったダンスのようにもつれてしまい、ハンナの思考は完全に停止した。だが無情にも状況は止まらない。なぜか圧力を感じさせるような微笑みを浮かべた樫屋が、口を開く。


「いやぁね、ちょっとここに散乱してるDX銀……」


ピンポーンと、言葉を遮るようにベルが鳴った。ハンナにとってそれは神の救いのようにも感じられたが、そもそも魔導術に対する秘匿や自身に追手が存在することが思考からはじき出されてしまっている。実に残念な思考回路であった。


「樫屋くぅーん、ちょっとお邪魔するわねぇ」

「はぁーい、どうぞどうぞ」


 間延びした女性の声が聞こえた瞬間、目の前からの圧力が消滅する。どこかそわそわしているのはなぜだろうか。上がってきたのは、どこかほんわかとした印象を抱かせる女性であった。


「あらあら、こんな所にいたのね。探したわ」


 その女性はハンナへ視線を向けるとそういいながら抱き寄せる。自身にない柔らかさに埋もれながらハンナは考えるが、隅から隅まで頭の中の引き出しをひっくり返しても記憶の中に目の前の女性の顔はない。


「あれ、冴子さんの知り合いですか?」


 樫屋の言葉で目の前の女性の名前は分かったが、やはりハンナの記憶の中には見当たらない。困惑と柔らかなクッションでハンナは言葉を出せずに状況は流れていく。


「えぇ、今日来た親戚の子なの。かわいいでしょ?」

「そうですね、見た目に似合わずずいぶん腕白な気がしますが」


 樫屋のジトリとした視線が突き刺さるのを感じるが、ハンナは抱き込まれているせいか身動ぎが出来ない。というよりもむしろ、少々息苦しくなってきていた。


「あらあら、ごめんなさい。この子が迷惑をかけちゃったみたいね。ちょっと待っててね、作りすぎた煮物があったから持ってくるわ」

「はいよろこんで! 今はもう気にしてません! 自分、器が大きいですから」


 それでいいのかとハンナは思いつつも、ほっと胸をなでおろしていた。もっとも、後ろを振り向けばとろけたような顔をした樫屋のせいで安堵の感情が芽生えるのはずっと後になっただろうが。


「それじゃ、明日は土曜だからゆっくり寝れるわね。こんな時間だしご飯を食べたらしっかり寝て休むのよ。」


 はーい、と樫屋の返事を聞きながら外に出た冴子はしばらく歩き、三島・М・冴子という表札のかかった角部屋へと入った後に抱きかかえていたハンナを下ろして、口を開いた。


「初めまして、お待ちしておりましたわBaldwin(勇敢な友)ハンナ・アトウッド。そして、ようこそ。スプルースマギアへ」


 それはハンナの魔導師しか知りえぬ名と、目的地であった。






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