第九話:幸福と不幸
「ダメ。付き合ってくれなきゃ教えないよ」
「えっ!?」
「私、軽い気持ちで愛してるとか好きだとか言ってたんじゃないよ?」
「え、だって、じゃあ今までのは…」
「全部ホント。でも私とあなたは性格がまるで逆。うるさくしていっぱい迷惑かけてるのも分かってる。だから今まで軽く見せ掛けて愛してるとか言ってきた」
これは冗談なんかじゃない。彼女の瞳には少し涙が浮かんでいた。こんなに真剣に、しかもクラスが別になって数年話もしなかった俺の事を想っていてくれていたなど考えもしなかった。むしろ愛してるの言葉が迷惑とすら感じ、必死に愛情表現する彼女をどれだけ傷つけてきただろう。
「悪い。今まで本気でそんなこと百回くらいも言ってたなんて思わなくて…」
「いいよ。こっちもトモダチ関係壊したくなくてワザと軽いノリで言ってきたんだし。でも気付いて欲しかったな。ってか、私なんかが恋人だなんて迷惑だよね」
「いやっ、そんな…」
「ごめん。なんか気まずいよね。だからせめて今まで通り相手してくれたり遊んでくれない?」
彼女は必死に笑顔を作っていた。
「いや…」
「そっか、そぅ、だょ、ね…今まで、こんな、私の、相手、してくれて、ありがと、ね」
彼女の顔はもう涙でグシャグシャになっていた。
「そうじゃなくて、その、お、俺も末砂記と一緒にいたい!」
彼女が苦手な筈の俺の口から、無意識にそんな言葉が飛び出した。
「ふへぇ?」
そして俺はしゃっくりが止まらない彼女を衝動的に抱き締めた。
「こっ、こんな俺で良かったら…」
彼女は一度泣き止んだ。
「ホントに?」
「ホント」
そう言うと彼女はまた泣き出した。
「ふへへぇぇーん!! こ、こちらこそバカ、だけどよろしく、ね?ふぇーん!!」
「うん。じゃあ少し休んだら寄り道しながら帰ろうか?」
この人生で愛の告白をされたのは四度目だが、これほど疲れたことはなかった。
「そういえば未砂記って軽音部だよね」
「うん。そだよ」
「じゃあ、リスペクトするバンドとかあんの?」
「んと、やっぱサザンかな! 地元だし、私の大切な人が好きだったんだ! あっ、男じゃないよ! 小さい頃お世話になった人!」
「えっ、じゃあキノコ公園ライヴ聴きに来た?」
キノコ公園とは、正式には「茅ヶ崎公園」という野球場やテニスコートのある広い公園だが、地元の子供たちには「キノコ公園」と呼ばれている。サザンオールスターズは2000年、キノコ公園の野球場で地元ライヴを敢行した。
「当たり前じゃん! せっかく地元に住んでるんだよ! まさか来なかったの!?」
「いやいや行ったよ。じゃああの時近くに居たんだね」
「そうだね! なんか運命だね!」
「いや、きっとあの時ほとんどの市民があそこに居たから」
「そだよね。あのサザンだもんね。あっ、そろそろ優成ん家だね」
「ハァ、帰りたくね…」
「じゃあ今日私ん家誰もいないから泊まってく?」
「いや! 初日からそれはマズいだろ!」
「う〜ん…」
未砂記は残念そうに俯いた。俺の本心は未砂記の厚意に甘えたい。
「じゃあ」
「うん! またね!」
未砂記に一声かけて俺は家の扉を開ける。そして俺の視界には…。
「はぁー!? へぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ど、どうした優成!? そんな素っ頓狂な声出して!?」
「こ、これ!!」
「へっ? って、な、何これぇぇぇぇぇぇ!?」
俺の家にいつも以上にとんでもない事が起きてしまった…。