第五十一話:ようやく辿り着けました
こんな身近な所に答えがあったんだ。
あの頃を思い出して、ようやく俺は真実に辿り着いた。
卒業ライヴの練習、車の運転免許を取得するために教習所通学、学生時代が約一ヶ月で終わるというのに何かと忙しい優成。
今日はファミレスでのアルバイト契約が満了のため退職する。共に働く末砂記は進学のため契約更新だ。今は最後の仕事を終えて事務所で店長に挨拶をしている所だ。店長は円形脱毛、丸顔に縁なし眼鏡を掛けていて、目尻が垂れ下がった人の良さそうなおじさんだ。
「二人が居てくれて本当に助かったよ。ありがとう。すぐに辞めちゃう子が多いから最後までやってくれると店としても私としても嬉しいよ」
「いやいやそれほどでもあるよ。店長、年なんだから無理すんなよ?」
「まだまだイケるって! 別の店長になったらこの店潰れちゃうぞ?」
「う〜ん、そうかもな」
実はこの店、この店長が就任するまでは食器もロクに洗わず、賞味期限が切れた商品を顧客に平然と提供していたのだ。前の店長は当時のアルバイト社員にそれを密告され降格し、転勤になったのだ。
「んでさ、店長、今日から働いてもらえそうな俺の替え玉を用意してきたぜ?」
店長に言い残して優成は事務所を出て客席へ向かった。
実は今日から働いてもらえそうな替え玉など用意していなかったのだが来店している客の中に何となく自分と似ている知人を発見してしまい、優成は後継者にちょうど良いと思ったのだ。
優成は席で三人の友人達と会話している知人客に声を掛けた。
「お客さま〜、ちょっとよろしいですか?」
「あら、あなた、ここでバイトしてるのね」
「その件でお話が」
後継者候補とは、後輩の絵乃の事だった。勿論、彼女はバイトに勧誘されるなど知らない。
優成はとりあえず絵乃をロッカールームへ連れて行き、壁に立て掛けてあったパイプ椅子を広げて座らせその旨を伝えた。
「今日からなんて、突然そんな事言われても困るわ。それに履歴書だってないのよ?」
絵乃は少々攻撃的な目付きで冷静に返した。
「あぁ、それなら大丈夫。本当は履歴書ないと規約違反なんだけど俺と末砂記も履歴書なしだったから。それに、ここの店長いい人だぜ? 俺が居なくなると人手が足りなくなって困るらしいんだ」
絵乃は少しの間、俯いて左手で頭を抱えた。
「はぁ、仕方ないわね。でもコンプライアンスに反するから履歴書を用意してからでいいかしら?」
「あぁ、『コンプライアンス』がどんな意味だか知んないけど、サンキュー」
絵乃は割とあっさり承諾した。クールだけれど困った人を放っておけない彼女の性格を優成は理解していた。それは自分と共通するからだ。
ちなみに『コンプライアンス』とは公正・公平に物を行う事で、この件ではアルバイトの申し込みに必要な書類(この場合は履歴書)を用意していない場合、特別な許可がない限りこれに反する。簡単に言えば『ルールを守る』という事だ。
こうして無事に後継者が出来た優成は絵乃と二人で店長に挨拶をした。絵乃はそのまま友人が居る客席に戻り、優成は思い残す事なく店を出た。
家に帰った優成は自分の部屋のベッドでグダグダゴロゴロしながら考え事をしていた。枕元には腕輪やネコ、ゴキブリなど、様々な形をしたビーズ細工が所狭しと置いてある。
優成はその中からゴキブリ形のビーズを手に取り思考を始めた。
ビーズは本当に幸せを呼んだのか? いや、ビーズを始めてから俺の生活がいくらかマシになったのは事実だ。でもそれは偶然か? いや偶然なんかじゃない、俺だけ幸せになったならともかく末砂記やオタちゃん、大甕も石神井さんも、結果的には良い方向へ進んでるんじゃないか。
間違いない、これは必然だ。ビーズに人を幸せにする力があるのは間違いない。
だがその一方で図に乗って何でも自分の思い通りにしようとすると悲惨な結末が待っているという話も聞いた。
緑と赤の透き通ったビーズを交互に紡いだゴキブリ形の細工を右の親指と人差し指でつまみ、時々その人差し指で長い触覚をちょんちょんしながら真剣に考える優成であった。
じゃあどん底だった去年の春から今に至るまでに何があっただろう? 何をしてきたんだろう?
末砂記からビーズを貰って、末砂記に告られて、付き合い始めた矢先に末砂記がアイツに刺されて、末砂記を見舞いに行って、俺は泣き叫んで自分の無力さと未熟さを思い知り…
あれ?
この一年間、末砂記に絡んで俺は人生は転機を迎えたのか?
「もしかして、末砂記が俺に幸せを届けに来たのか?」
すると部屋の扉がカチャンと開いた。
「う〜ん、それはどうかな?」
「うわっ!? 何でここに!? 勝手に人ん家に上がり込みやがって!! ってかどうやって入った!?」
突如、優成の部屋に現れたのは彼とは違い自動車の免許を早く取得した末砂記だった。
「大丈夫だよ。ネコちゃんから許可は取ったから。縁側から一緒に入ったんだよにゃ〜?」
「ぉああん!」
末砂記の後ろからネコが付いてきていた。
何度か説明しているが宮下家に住むペットのネコの名前は『ネコ』だ。
ネコはそのまま部屋に入り絨毯にバタンと倒れる様に横たわった。すると末砂記もそれを真似て絨毯に寝転びネコの頭を右手で撫で、可愛いにゃ〜、と話しかけた。ネコは目を閉じてとても嬉しそうだ。その証拠に人間で言えば前足を地に着けた正座の体勢になり、足踏みを始めた。優成はそれを見て自分もネコの背中を撫でてみた。
「フシャーッ!!」
ネコは閉じていた目を急に見開き立ち上がって牙を剥き出しにしながら優成を威嚇した。
「何だその態度の違いは!! 俺が猫嫌いだってなら分かる。けど俺は猫好きだ!! 今まで俺に懐かなかった猫はお前以外にいないぞ!?」
優成は心の底から少々本気で落ち込んだ。
「ネコちゃんは女の子のほうが好きなんだよね〜」
「だからって五年近く一緒に暮らしてる、尚且つ命の恩人である俺を威嚇しなくたって」
優成がネコと出会ったのは中学二年生の秋、妹と山の中を歩いていると突然骨と皮しかないくらいに痩せ細った生まれて何週間も経っていない子猫がフヒャ〜、と今にも死にそうな声と共に二人の前に現れた。二人はその子猫の身体全体を撫でて立ち去ると、何やら後ろから付いてきちゃってるではありませんか。それを振り払う事など善良な中学生と小学生に出来る訳ないじゃないですか。結局、その山から約五キロメートル離れた海岸地域の家まで付いて来ましたよ。
白い毛なのに汚れて黄色くなっている子猫を取り敢えず小学校低学年の時にカブトムシを飼っていた空の大きめの虫籠に入れ、動物愛護病院に連れて行き里親探しを依頼したが二週間は預かってくれという事なので家で預かった。
一緒に暮らしてりゃ愛着も沸いて来るでしょう。ましてやこの家族は母親、優成、妹は猫好きだ。
という事でそのまま家で引き取り、一緒に暮らす事となり現在に至るのだ。
最初は食べる気力もなくミルクしか飲まなかったネコも今ではすっかり余分な肉が腹に垂れ下がり、特別贅沢ではないが、思うに幸せな生活を送っているのだろう。懐いてないとはいえ、五年前は死にそうだったネコがこうして日常の生活を送って、走り回ったり眠っている姿を見れるだけでこっちも幸せな気分になる。
優成はそれを熱心に末砂記に語った。
「あっ! あのビーズの力って、もしかしてそういう事か!!」
優成はようやくビーズの本質に辿り着けた様だ。末砂記はやっと気付いた? と言わんばかりにフフッと彼に微笑んだ。
一年間に渡ってお送りしてきました私の処女作、『いちにちひとつぶ』は次回で最終回を迎えます。
本作は最初から一年分、全五十二話の予定で執筆してまいりました。三日坊主の私でもやれば出来るんだなぁと少し達成感に浸っています。
『いちにちひとつぶ』が終了しますと、次は本作で前回から登場している腰越絵乃をメインとした、登場人物たちの成長を描く『あいはぐ』がスタートする予定です。絵乃は『あいはぐ』のささやかな宣伝のために本作に出張させてみました。
『あいはぐ』の公開は『いちにちひとつぶ』の最終話公開後を予定しております。引き続き私、おじぃの作品にお付き合いいだきたく存じます。
それでは(^-^)/