第五十話:ぼくらのメッセージ
今の自分だって幸せだけど、でもやっぱり満足出来ないんだよなぁ…
だって、一度しかない『この自分』の人生だから。
最終話目前にして新キャラ登場です!
女子チームに続き、男子チームの曲も完成した二月二十二日、この日は三送会(三年生を送る会)で軽音楽部の部員、総勢約百五十名と顧問の朝川夕子先生が学校のホールに集まった。この会では在校生の一,二年生がライヴを行う事になっている。三年生の後輩たちとの交流は実質これで最後となる。とはいえ部員数が半端なく多い上、他の部活と掛け持ちしてバンドに参加しているメンバーも居るため、一度も関わる事なく終わる部員も多く居るのだ。
会を始める前に、約百五十人の生徒でざわつく中、顧問がステージの上に立ちヴォーカルマイクをヴォーカリストの如く握った。彼女は二十三歳の教師一年目で担当科目は軽音楽部の顧問だが家庭科だ。身長は百五十七センチ、髪型は金髪のポニーテール。顔はやや童顔で一見すれば高校生だ。元気で明るい彼女は生徒たちから色んな意味で人気だ。
「みなさ〜ん、こ〜んにちは〜!!」
夕子の掛け声と共に一同が大きな声で返事した。
「こ〜んに〜ちは〜!!」
ざわめきの中、夕子は語り始めた。
「今日は集まってくれてありがとう! 三年生たちの卒業を祝って今日は一,二年生たちがライヴしちゃいま〜す!! でもその前に、在校部員を代表して絵乃ちゃんから卒業する三年生のみんなにメッセージがありま〜す♪♪」
「えっ!?」
どうやらメッセージをスピーチさせられる事など知らされていなかった彼女は、一年生、ヴォーカルの腰越絵乃だ。
長く艶やかな黒髪とスマートなボディ、身長は百六十センチ程。上品で大人びた容姿とクールな頭脳を持つ所謂『デキる女』といった印象で男子からの人気はあるが、彼女自身は馴れ合いを求めないタイプで仲間をあまり作ろうとしない。
「お願いね〜♪♪」
「分かったわ」
急な依頼にもアドリブでクールに対応。それが絵乃クオリティ。
優成たちはそんな絵乃を遠目で見ていた。
「あらあら絵乃ちゃん、夕子ちゃんに嵌められたな」
「もし優成が絵乃ちゃんの立場だったらキョドって(挙動不審になって)大変だったね」
「あぁ、納得だ」
クールな性格だけどクールに対応出来ない、未砂記にも絵乃にも敵わない。これが優成クオリティ。
「は〜い、じゃあ絵乃ちゃんがスピーチするからみんな静かにしてね〜♪♪」
夕子の掛け声で部員たちのざわつきがほぼ収まり、ホールは静かになった。
床に座り込む部員たちの視線がステージに立つ絵乃に集中する。中には絵乃のスカートを覗き込む不届き者も何人か居た。絵乃はその不届き者の一人を顔は正面を向いたまま、目だけで見下ろし一瞬冷た〜い、クールな視線を送った。
「あぅ…」
その不届き者は蛇に睨まれた蛙の様になった。
ちなみに、睨まれた不届き者の名は『宮下優成』。クールで熱いハートを持った本作の主人公だ。
「優成ぃ、一昨日の事も含めて後でちょっとお話しようねっ♪♪」
優成は『一昨日の事』とは何なのか理解出来なかったが、未砂記の表情は笑顔なのに何故か非常に恐ろしかった。優成は何かとてつもなく嫌〜な予感がした。
そんな卒業生、優成を差し置き、絵乃の『卒業生』に向けたメッセージのスピーチが始まった。
「えぇ〜、三年生の皆様は、これから各々の夢や目標に向かって、この学校を卒業されることと存じます。しかし社会のは厳しく、矛盾だらけで、時には理想と現実のギャップに苛まれ、挫折してしまいたくなる事もあるでしょう。
でも、そんな時は共に同じ巣を旅立った仲間を、巣に残った私達、後輩達をどうか思い出して下さい。私達は皆様の『心の家』としていつでも力になります。
ですからいつでも、メールでも構いませんので、今まで同様『絵乃ちゃん!』って気軽に呼んで下さい。みんな離ればなれになっても決して孤独ではありません。皆様には、この百五十人以上の仲間が居ます。それだけ心に留めて旅立って頂ければ幸いです。これにて卒業生の皆様に贈る言葉とさせていただきます。ありがとうございました」
上品でクールな口調だけど温かい彼女のアドリブ展開には部員は勿論、教職員や校長も関心してしまう程だ。彼女の台詞は高校生というよりまるで卒業式で檀上に立つ校長の様だ。しかしこれも絵乃クオリティ。
「サァンキューえのーーーーーーーっ!!!」
「絵乃ちゃんサイコーッ!!」
「やばい、マジ泣きそうなんですけどぉ」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
「やっぱ敵わねぇわ」
「あーーん!! 絵乃ちゃんが言うとカッコイイー!! 優成ぃ!! 私もあんなカッコイイ事言ってみたいーっ!!」
「まぁ未砂記は未砂記らしくな?」
「だねっ!! でも十七歳であんな事言うなんて、絵乃ちゃんもきっと苦労してるんだね」
「そうかもな。クールなフリして本当は繊細なんだよな、アイツ」
「優成と似た者同士だね!」
「そうだな。あっ! いやいや?」
「優成は素直じゃないなぁ」
素直に言えば良いものを素直に言わない。優成は割とプライド高いのだ。
普段は至ってクールな優成だが、心配事が発生すると考え過ぎる一面もある、かなり落ち着きのない性格である事は今までの行動から見ても解るだろう。
「それじゃあ早速、一,二年生のオン・ステージでぇ〜す♪♪」
夕子の掛け声を合図にホールの照明が落ちて暗くなった。
アンプ、ギター、ベース、マイクを叩いてテストをする音が、ビュウィィィィィン!! ボフッ! ヴォンヴォン!! と、真っ暗なホールに響き渡る。最初に演奏するバンドが準備をしているのだ。この音や暗さが演奏者は勿論、客までもが緊張する。
そして間もなく演奏が始まった。このバンドはアメリカでも認められたロックバンド、B'zの曲を披露した。
以後も演奏は約三時間に渡って続き、最後は絵乃がヴォーカルを担当する一年生バンドとなる。
このバンドは毎回オリジナル曲を演奏し、絵乃が書く独特の歌詞は部員たちから注目を浴びているが、今回の曲はこのバンド全員で作詞したものだ。
演奏を始める前に絵乃からまた卒業生に向けたメッセージがある。メッセージは各バンドのヴォーカル担当が一言ずつ述べる事になっていた。
真っ暗なホールの中で、一筋のスポットライトを浴びた絵乃が稀に見せる微笑みで卒業生に再びメッセージを贈る。
「これからお届けする曲は、バンドのみんな作って一所懸命に練習した、私達後輩を可愛がってくれた先輩方に向けたメッセージソングです。私が詩を歌いますが、他のメンバーは楽器に気持ちを込めて演奏します。どうか、私達『四人』の素直な気持ちを聴いて下さい。『ぼくらのメッセージソング』」
曲は伴奏なしで絵乃の透き通るゆっくり、ローテンポな歌声から始まった。
『「光の空へ旅立つあ〜な〜た 空に描く夢果てなく さぁ、大きなみら〜い(未来)へ〜」
すると一旦静かになり、伴奏が始まった。楽器(ギター、ベース、ドラム)をフルに使い、テンポは徐々に上がって行き、サビに向かって加速する。
「ぼくらに〜思い出ぇ のぉこして(残して)心に軌跡をき〜ざ〜む(刻む) だから贈ろう ぼくらのメッセージ」
ここで曲はサビに入り、テンポは最高潮になる。
「心のい〜え〜(家)を〜 巣立つツバサ〜へ あなたのおかげでいま〜の 僕と私がありま〜す♪♪ 出会〜った春 はしゃい〜だ夏 文化祭の秋 声を枯らした冬」
間奏が入り、急にテンポが下がる。すると再び楽器演奏は止まり、絵乃の歌声だけがホールに透き通ってゆく。
「ページめくっていくぼくらのアルバム ぼくらのせ〜いしゅ〜んものが〜たりぃ(青春物語) もしも、疲れた〜ら 翼を休めてくれま〜すか?」
そして終盤、テンポは一気に上がりアンプを通して響く精一杯の楽器の音に掻き消されぬよう、絵乃も精一杯マイクを握り、精一杯の声でバンドメンバーみんなの気持ちをぶつける。
「ここはあな〜たの〜心の家!! だからいつでも待ってい〜ますぅ お茶とポテトチップス用意して 不器用な音楽BGMにおやつの時間 また会いましょう! 同じ空の下でっ!!」』
歌い上げると同時に楽器の演奏も終了!! 絵乃を始め、バンドメンバー四人は不器用だけど精一杯の歌を卒業生に贈った。
ホールは騒然っ!! 他の部員たちから盛大な拍手と歓声がざわざわとホールを震わせた。
最後に絵乃が締めの挨拶をした。
「ありがとうございましたっ! 卒業しても遊びに来て下さい」
これにて全てのステージが終了し、三時間ぶりにホールが明るくなった。
解散後、優成と未砂記は校門前の広場のベンチに腰掛けて雑談していた。
「いやはや、もう卒業か。めんどくせ〜なぁ」
「これから夢に向かって旅立つんだよ! 絵乃ちゃんが言ってたじゃん」
夢に向かうとはいえ、優成にとってその夢を実現するには少々軌道修正が必要だった。なので解せない部分もあるのだ。実は優成は夢を沢山持っている、意外とドリーマーだったりするのだ。ちなみにその夢の一つは『動植物たちが過ごしやすい環境を作る事』だ。
雑談を続けていると、目の前を絵乃が一人で通りかかった。
「絵乃っ!」
優成が呼び止めると絵乃は歩を休め『何か用?』とでも言いたげに二人を見下ろした。
「何か用?」
第一声はやはりそうだった。
「今日はサンキュー。ってか何で俺だけ睨んだんだよ?」
「あら、親愛の印よ? 親しくない人にそんな事はしないわ」
「あっ、そういえば優成に話があるんだった! 絵乃ちゃん、ちょっと優成を取り押さえてくれる?」
「えぇ」
未砂記の指示通り、絵乃は優成の背後に回り込み、優成の両脇を取り押さえた。
「えっ!? 何!? ってか絵乃もあっさり応じるなよ」
ぼふっ!!
「くほあっっっっ!!」
優成は未砂記に殴られた。
男の急所に当たった!!
優成はあまりのショックに意識が朦朧としてきた。
未砂記と絵乃はいくらか経験値をもらった!!
絵乃にとって男が急所を殴られて倒れるのを生で見るのは初めてだった。
絵乃はハッと口を開けて顔を赤らめていた。
「最近の優成は変態さんだからね。少しお仕置きしないとねっ♪♪」
???
急所を押さえるのに必死の優成は思考回路が混乱していた。
「変態? 俺が?」
優成には浸地や絵乃のスカートの中を覗き込んだ覚えがあるので何と無く意味を理解していたが急所を殴られるとは予想外だった。
「あ〜、スッキリした♪♪ 絵乃ちゃん、解放していいよ」
「えぇ」
顔を赤らめたままの絵乃は未砂記に目線を合わせ解放すると、優成は急所を押さえたままベンチに倒れた。
朦朧とした意識の中、優成はまたも良からぬ、いや、男として自然な心理だった。
『絵乃の胸、あんま大きくないけど柔らかくていい匂いだったなぁ』
取り押さえられた時、優成の背中に絵乃の胸が当たっていたのだ。
『あっ、そうだ』
優成はふと思い付いた。
「絵乃、幸せになれる魔法、教えてやろうか?」
優成が言う『幸せになれる魔法』とは一日一粒ずつテグスに紡いで行くと次第に幸せになる、ムシが良い様で実は莫大なリスクを伴うあのビーズの事だ。
「あら、私は幸せよ? こうして衣食住に不自由せず五体満足で生活出来ているのだから」
「おっ! 偉いぞ絵乃ちゃんっ!! それに気付いてるならビーズをやる必要ないねっ!」
「だな、やっぱ絵乃にも未砂記にも敵わないわ。俺なんか解っててもなかなか幸せだなんて思えないからなぁ」
未熟者、宮下優成は薄々気付き始めていた。『幸せになれるビーズの真理』を…。
今回から登場した『絵乃』は『いちにちひとつぶ』に代わる次回作のキャラクターで、本作にゲスト出演させてみました。