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いちにちひとつぶ  作者: おじぃ
最終章
49/52

第四十九話:卒業ライヴに向けて

 二月二十日、雲が少なく蒼窮に近い空を臨む午後、優成や未砂記たちは三月一日の卒業式に向けて学校の音楽室で卒業ライヴの練習をする事になっていた。集合時間の一時間前である十二時に到着した暇人の優成と未砂記は練習するにあたって非常に大きな問題にぶつかっていた。ちなみにバンド編成は優成、未砂記、オタちゃん、浸地(ひたち)、さやかの五人だ。


 暇人二人は現実逃避をしているのか、ステージに並んで未砂記が南側に腰掛けふゎ~っとした腑抜けた口調で会話している。


「なぁ未砂記ぃ、俺の担当ってギタボ(ギター&ヴォーカル)と作曲だよなぁ?」


「うん、そうだよ。でさぁ優成ぃ、私の担当ってベースと作詞だよね?」


「そうですよ」


 ……。


「そうだよねぇ~」


 その時、音楽室のエアー式自動ドアがピューッと開き浸地が入ってきた。


「こんにちは~、どうしたの? 二人とも目が死人だよ?」


「そうかなぁ、そう見えるかぁ、うん、そうだね、私もそう思うよ。きっと優成も私と同じ様な理由でぼぉ~っとしてるんだよ」


 二人から発せられる何処か重く、やる気と言うよりは投げやりな空気が教室より二倍広い沢山の音楽家たちの肖像画が貼り付けられた室内を漂う。二人の無気力には音楽家たちも何だかなぁ、といった所だろうか。


「で、二人が無気力になった理由は?」


 言いながら浸地は二人の前にしゃがみ込んだ。


 それと連動する様に優成のボーッとした視線の先は正面の行儀良く整列した机の脚の群れからさりげなく浸地のスカートの中へと移った。


「え~っとですね、そんな事言っちゃって大丈夫でしょうかね未砂記さん」


「う~んとね、先ず目線を浸地のスカートから逸らしてね。さりげなく見てるつもりでも判るからね」


 浸地はそれに反応した。


「おぉっと宮下、私のパンツ見たいの? 今日は見ただけでビンビンになっちゃう凄いの着けてるよ」


 それを聞いた優成は急に元気を取り戻して目を光らせた。


「えっマジで!? 見たい見たい!! 見せて下さい浸地さま!!」


 恋人の未砂記が隣に座っているのに浸地のパンツを平然と要求する優成であった。


「う~ん、ど~しよっかな~」


「マーロウのプリン買ってあげるから!」


 地元の銘菓、マーロウのプリンは、ワイルドな外人男性が目印のオリジナル計量カップにたっぷり200グラムほど入った口溶けの良い高級プリン。横浜(よこはま)のデパ地下などで入手可能。


「しょ~がないなぁ」


 すると浸地は自分のスカートを少しずつ、ゆ~っくりめくり上げた。


「ほ~ら、見えるかなぁ~?」


「あぁっ、惜しいっ! もうちょっと!」


 優成は鼻を伸ばして頬を下げ、完全にエロオヤジの「うへ~っ」としたいやらしい表情になっていた。


「え~っとね、浸地も悪ノリしないでね。本題に戻すけど、どうせすぐバレるから言っちゃって大丈夫ですよ優成さん」


「んじゃ、言っちゃいますか未砂記さん」


「言っちゃいましょう優成さん」


 ……。


 二人はせ~の、の合図で正面にしゃがむ浸地に打ち明けた。


「曲、まだ一音も出来てない…」


「詩、まだ一文字も書けてない…」


 本番十日前とは思えない二人の言葉を聞いた浸地は目が点になり魂が抜けるかのように、はぁ~っと息を吐いた。一方、優成と未砂記は何かスッキリしたのか黄昏れて、ほへぇ~っとした。


 三人とも心ここに在らずの中、浸地はふと我に還った。


「バカだろ!! あんたらバカだ!! ホントの意味でバカップルだよ!! ってかすぅ君っ!! 曲出来てないのはマジでヤバイからっ!!」


「はひっ!! も、申し訳ございません!!」


 優成、土下座。


「じゃあ今日は優成のおごりで三時のおやつだ!!」


「未砂記も他人事(ひとごと)じゃないから。でも賛成!!」


「おいっ!! ふざけんな!! おかしいだろ!! 何で俺だけこうなるんだよ!?」


 優成は誰かと同じ事をやらかしても何故か自分だけはめられてしまう性質なのだ。それに反論しつつも結局ご馳走してしまうのが優成である。


「でさ、バカップル二人に提案なんだけど、みんなで作詞作曲しない? その方が五人の個性が入ったこのバンドらしい仕上がりになるんじゃない?」


「おっ、それいいねヒタッチ!! うん! そうしよう!」


「そうっすね、そうしましょう。お願いします」


 そんな事情をオタちゃんとさやかにも説明し、結局みんなで曲作りをする事になった。曲は二曲あるので一曲を男二人で、もう一曲を女三人で作る事になった。これを機に一曲目のヴォーカルはメインが優成、サブが未砂記のツインに。


 二曲目のヴォーカルはメインが未砂記、サブが浸地のツインに変更となった。


 楽器はいずれも上達に時間を要するので当初のまま優成がギター、オタちゃんがドラム、未砂記が一曲目のみベース、浸地は二曲共にベースで、さやかは一曲目はサブギター、二曲目はバイオリンとなる予定だ。


 曲は遅くても今月の二十四日までに完成させ、残りの最低五日間を練習に充てる。


 十三時から最終下校の十七時まで、一曲はある程度、優成の頭の中に浮かんでいたのでサビまでを譜面(ふめん)に書けた。もう一曲は末砂記の感性が優れている為か詩も曲も思いの(ほか)あっさり完成した。


 女子チームが作った曲は切ないメロディーのバラードに仕上がった。まだ出来ていない男子チームの曲はベースが二人の激しくも疾走感のあるロックになる予定だ。


 ニ曲共、五人が気楽に、しかし一切手抜きをせず精一杯の気持ちをぶつけた、彼等にとって一生忘れない音楽になるだろう。


 気楽に精一杯の気持ちを表現する、というのは彼等五人のポリシーでもあった。そのためバンドメンバーで集まって会議をする時はいつも和気藹々としている。


 学校を出た頃にはスッキリした蒼窮に近い青空がいつの間にか都市の霞んだ星空になっていたが、それでも金星やオリオン座は見えていた。


 通いなれた海岸沿いの国道から伸びる、二車線で少し狭い通りのグリーンベルトを歩き、和気藹々と談笑しながら下校する。こんな日々も数える程だ。


 ちなみにこの道は後にSMAPの木村拓哉さんが出演する携帯電話のCMのロケ地となった。


「みんな今日はありがとう! って事で今日は優成がみんなに焼肉でもお寿司でも何でも好きなものご馳走してくれるって!!」


「おっ、さすが変態宮下!」


「じゃあ僕は寿司で!」


「よろしいのでしょうか? 宮下さん」


「はぁ!? いやぁ、何それ!? ちょっ待て!! 俺そんな事言ってねぇ!!」


 優成は未砂記に再びはめられた。


「お昼に言ったじゃん!」




「俺は言ってねぇから!! あぁもう分かった!! 好きにしろ!!」


 なんやかんやで投げやりになり、結局こうなってしまう優成であった。


「だぁ~いじょ~ぶ!! 私もみんなに手伝ってもらったからちゃんとお金出すよ! だから今日は二人でご馳走しよ? ね?」


「はぁ、そうっすね。未砂記には敵わねぇなぁ」


「ごめんね、無理言って」


「まぁしょうがねぇか。曲作ってなかったし」


「ありがとねっ!」


 優成は未砂記の『ありがとう』と言った時の笑顔に惚れていたのだった。


 優成は末砂記のような賑やかなタイプは苦手なのだが、 彼女の場合、ただ賑やかな訳ではなく、中学生の時からずっと好きだった優成に対して常に『こんな私と付き合ってくれてありがとう』といった謙虚な気持ちがあるのだ。未砂記自身も自分の様なタイプは優成にとって苦手な存在だと理解している。


 一方の優成も『いつも気を遣わせて悪いなぁ』といった気持ちがある。だから互いにもう少しだけオープンな付き合い方をしたいと考えている。


 話し合った結果、食事は焼肉屋で食べ放題となった。五人で座敷テーブルを囲みながら盛り上がる。


「じゃあ今日は私たちのおごりだから遠慮なくね!!」


「え、遠慮なく…」


 この期に及んで優成は渋っていた。


「サンキュー!! 日本一のバカップル!!」


「ありがとう!!」


「ありがとうございます」


 じわじわじゅわじゅわと炭火で肉が焼ける。ミディアムレア程度に焼けた所で未砂記が声を挙げた。


「じゃあ、烏龍茶だけど、カンパイッ!!」


「かんぱ~いっ」

「カンパ~イッ!」

「カンパ~イ」

「カンパイッ!」


 この夜、優成と未砂記の財布から一気に7500円が吹っ飛んだが、そんなのも青春の楽しい思い出の1ページになったりならなかったりするのだった。

アウトローなのかも知れませんが今回初めて作中に顔文字を使いましたm(_ _)m


優成と末砂記はカップルですが、付き合い始める前、優成は末砂記を


「うるせぇ奴だなぁ、俺、こいつ苦手だわ」


としか思ってなかったんです。


一方の末砂記は中学生の頃からずっと優成を好きなので、自分が苦手意識されているのを解っていてもついつい構ってしまうんです。それでは優成にとって余計マイナスイメージになってしまうのですが…。


ではなぜ優成が末砂記を好きになってしまったのか。それはバイト帰りに公園で告白されたとか、事件に家庭の巻き込んだ上に自分を刃から守ってくれたというのもあるのですが、何よりも彼女の


「ありがとう」


と言った時の笑みが優成にの目とハートに最高に素敵な印象を与えたのです。


これは私、おじぃの考えですが


『ありがとう』


とか、感謝の意を表す言葉って、世界で最高なんだと思います。みんなに感謝の気持ちがあれば戦争や殺戮なんて起きませんよね。



でも言葉って気持ちを込めて初めて意味を成すので、流れ作業で言っても意味ないです。



結局、多くの人がそれを忘れちゃってるんです。私も時々忘れてしまいます。それじゃいけないんですけどね。


どうにかなんねぇかなぁ、(人としての)馬鹿が得するこの腐った世の中。

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