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いちにちひとつぶ  作者: おじぃ
最終章
48/52

第四十八話:幸福のコツ

 ビーズが引き起こした悪い運命、それは石神井さやかの従兄弟である川越勇一がビーズの力を悪用した結果、未砂記の母親である仙石原よし江と同じく未砂記の姉である絵里が死に至った事だった。もっとも、よし江の死亡は確認されていないが、あれから約八年経過した現在も消息不明なのだからそう見るのが自然だろう。


 さやかは従兄弟のビーズの悪用によって家族を亡くした未砂記にそれを伝えるべく、その前にオタちゃんに相談を持ち掛け全てを打ち明けたのだった。さやかは未砂記に対する罪悪感を小学五年生から高校卒業間近の現在までずっと背負っているのだ。


 話が重く、今どうすれば良いのか判らなくなったオタちゃんは取り敢えずさやかを慰めた。


「よく打ち明けてくれたね。もう大丈夫だよ、これからも何か辛い事があったらいつでも僕に言ってよ。力になれるか自信ないけどさ」


 それを聞いたさやかは一気に緊張が解けた様で肩を下ろし、深刻そうな表情が柔和になった。


「ありがとう、小田君、決めた、私、明日仙石原さんに打ち明けてみる」


「分かった。じゃあ僕も一緒に行こうか?」


「ううん、これは私の問題だから、最後は自分で決着つけるよ、けど、ありがとう、小田君」


 ◇◇◇


 翌日は卒業式の前日で登校日だった。さやかは未砂記を校舎の屋上に呼び出した。この学校の屋上には小さな池があり、鴨の親子が列を成してぺたぺたと散歩していた。


「さやかちゃんが私とマンツーマンでお話なんて珍しいね」


 さやかは笑顔が絶えない未砂記にそんな話をするのが抵抗あった。しかしもう自分の中で後戻りは出来なかった。


「はい、とても大切なお話です」


 二人は近くの木のベンチに腰掛け、テーブルを挟み対面する。


 さやかは春の風が吹く青空の下で昨日オタちゃんに話した事と同様に全てを打ち明けた。それを聞いた未砂記がどんな反応をするか、さやかはそれがとても不安だった。


「本当に、申し訳ありません、とてもお詫びしきれません」


「そっか、そうだったんだね。でも大丈夫、さやかちゃんは何も悪くないよ。だからもう気負わなくていいよ」


 未砂記の反応は驚きを見せたものの落ち着いていた。


「でも、私が勇一にビーズを渡さなければ」


「それは仕方ないよ。勇一だって本当は良い人なんだから。私だって信頼してたもん。きっと彼も反省してるし、姉貴だって許してくれてるんじゃないかな? それよりさやかちゃんと勇一が従兄弟だったなんて知らなかったよ! あとビーズがさやかちゃんから渡って来てたなんて。その、う〜んとね、私はビーズのお陰で幸せになれたよ? 中学の時から好きな人とも付き合ってるし。だから結果オーライって事で! ねっ?」


「本当に、良いんですか?」


「う〜ん、じゃあ一つ課題を差し上げましょう」


 未砂記は何か思い付いたかのように左手の人差し指の腹で自分の顎を押しながら言った。


「はい、何でも言って下さい」


「私ね、まだ期末試験の追試課題が終わってなくてこのままじゃ卒業出来ないんだ。本当は提出期限過ぎてるんだけど、何とか頼み込んで今日まで待って貰える事になったんだ」


「はい?」


 追試など受けた事のないさやかにとってはその意味がよく理解出来なかった。というよりそんな状況が実在するなど信じられなかった。


「だから、それ、手伝ってくれない? 最初は優成に手伝って貰おうと思ったんだけどアイツも理解出来ないらしくて」


「は、はぁ…」


 その日の夕方、必死でレポート用紙十五枚の課題を終わらせた(終わらせて貰った)。ちなみに未砂記の追試課題の教科は化学で、内容は一年生の時に習った化学式の計算が主だった。さやかならそんな事くらい容易いが未砂記の能力では到底及ばぬものだった。未砂記はバッサバッサした課題のレポートを持って職員室へ急いだ。


「しつれーしまーす!! せんせーっ、課題出来たよー!!」


 定年近い講師はどこか間抜けな顔付きで円形脱毛が激しく、加齢臭が漂っていた。


「はぁ、あのですね、ここは職員室なんですね。もうちょっと静かな登場は出来ないですかねぇ」


 すると未砂記は講師にそっと(ささや)いた。


「これ以上文句言うと先生がソープ通ってる事ばらすよ?」


 講師は手の平反したようににっこりした。


「はい、文句なしの素晴らしい出来です。これで無事に卒業ですね」


 また未砂記は囁いた。


「うん、だって、さやかちゃんが答え教えてくれたからねっ!」


「…」


 未砂記は黙り込む講師を覗いた。


「どうしたの? せんせ?」


「やはり卒業は考え直したほうが…」


「そっか! じゃあばらすよ?」


 無事に(?)課題を提出した未砂記は荷物を下ろしたような気分で教室に戻った。


「仙石原さん、どうでした?」


 他に優成と浸地(ひたち)、オタちゃんが残る教室で南側の自分の席に座っているさやかが未砂記に問い掛けた。


「バッチリ! さやかちゃんが手伝ってくれなかったら留年だったよ! 本当にありがとね!」


「いえ、こちらこそ、そんな事で済ましてくれて、本当にありがとうございます」


 こうして、さやかの長年の悩みは意味を失った。幸福を手にする事が出来るビーズには、その容易さ故のリスクが伴い、使い方を誤れば誰かの命を奪う。未砂記はビーズの影響で二人の家族を失った。


 オイシイ話には必ずと言って良いほど裏があるのだ。だから幸福を感じた時は調子に乗らずそれに感謝する気持ちが大切で、それが幸福を全うコツでもあったりする。


 ビーズを始める前からどんな効果があるか知っていた二人の例を挙げると、ビーズの効果を実感して調子に乗った川越勇一は人を巻き込み間接的に二人の命を奪い、一方の未砂記は何かを意識しながらビーズを紡いだ訳ではないが、効果として好きな人、つまり優成と交際することが出来てそれだけで十分に幸福を感じている。そしてビーズを分けてくれた姉の絵里に感謝してきた。


 明日は卒業式。三年生の未砂記たちは軽音楽部に所属していて部外のメンバーもバンドに誘い、式の後に卒業ライヴを予定している。これが最後のステージになる。そして進学や就職など、それぞれの道へ旅立って行くのだ。

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