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いちにちひとつぶ  作者: おじぃ
最終章
45/52

第四十五話:仙石原絵里

 仙石原せんごくはら絵里えり、高校一年生。まもなく一学期が終了する。私にはつい最近彼氏ができた。


 彼氏の川越かわごえ勇一ゆういちは医者志望で、いつも進学補講が終わると教室で一人残って勉強をしている。話によると彼は中学時代まで勉学に於ける成績が芳しくなかったようだ。


 中学までは成績優秀だった私とは逆だ。


 そんな地道に努力する彼を、私は入学して間もないころから尊敬していた。それはいつしか憧れとなり、そしていつの間にか『夢へ向かう彼を応援したい』という気持ちと共に、高校へ進学してから成績不振となった私に新たなヒントをくれるような気がした。


 もしかしたら彼に告白したのは、『恋愛対象として好きだから』ではなく、『彼と付き合えば人生変わるかも』という期待を持ったからかもしれない。


 ギブ・アンド・テイクの存在しない、私が求めるだけの関係。


 それは彼を騙していることになるのかな? だって、本当に『好き』かどうか疑わしいのだから。


 彼は私のことが好きだ。それは以前からなんと無く感じ取っていた。だから告白に関しては自信があったし、なぜか彼と付き合わなければならないような、見えない力に引き寄せられるような感覚があったのだ。だから私はごく自然な流れで告白した。いや、どうしてかなにかの不可抗力がそうさせた感覚があった。


 とすると、私がしたのは『告白』というよりは『誘導』だろうか?


 それでも彼と一緒にいたり彼のことを考えると楽しくて、うきうき出来る。だからついつい小学5年生の妹、未砂記みさきに彼を自慢してしまう。


 それに彼もよく未砂記の面倒を見てくれて、そのときは私たち3人からほんわかとした空気が広がるのだ。


 そうだ、きっと付き合っていくうちに本当に好きになったんだ。


 日曜日、彼は親戚の女の子の面倒を見るためデートはせず、私も未砂記と共に過ごすことにした。午後は得意のクッキーを焼いて、まったりしたティータイムにしよう。


「み〜んみんぜ〜みぜみあ〜ぶらぜみ〜 お〜まえのな〜かまはど〜こにいる〜♪」


 未砂記がカタツムリの歌を自分なりにアレンジした替え歌を歌いながらクッキーの生地をこねる。未砂記はなぜかセミが好きなのだ。ちょうど外ではアブラゼミがじりじりと鳴いている。


 クッキーを焼き上げ少し渋めのアイスティーをお供にしながら妹と二人きりの貴重な時間を過ごす。日頃は学校の勉強で忙しく、こういう機会でもないとなかなかゆっくりお話ができない。


「は〜わ〜ゆ〜(How are you)?」


 なんとなく未砂記に問い掛けた第一声。


「まぁまぁやってるよ。えんどゆう?」


 未砂記はネイティブでは定番の返事をした。彼らはなかなかファインとは言わない。


「みぃとぅ〜」


 そう、私もギスギスした進学校で成績不振でもなんとかやっている。


 それにいまは彼氏ができたり、こうして未砂記とティータイムを過ごしたり、日々が充実している。


 だから、


「う〜ん、やっぱりハッピー」


 私のその言葉を聞くと、未砂記はにんまりした。


「それならきっと私もいまはハッピーだ。うん、こういう時間が幸せなんだよね」


「そうだね。って、未砂記、何かあった?」


 最近は中学校とは桁違いに高いレベルの学校の勉強や、勇一とのデートで未砂記の様子に気を配れなくなっていた。


 でも未砂記が「まぁまぁ」なんて言うのは珍しい。


 いつもなら元気だとか、前向きな返答をするのに。そういえば未砂記の友だちがいじめらていたと聞いていたけれど、それが解決したら今度は未砂記自身がその立場になってしまったとか?


「う〜んと、最近暇なんだよね〜、でも私は嬉しいよ。勇一と長続きするといいね」


 そうか、未砂記に構ってあげられなくなったから暇を持て余していたんだ。本当にそうなら二人の時間をもう少し増やそう。こういうことの積み重ねが、実はとても大切だったりするのだ。


 翌日の放課後、私は勇一の部屋を訪ねることになった。


 小さくて質素なマンションの一室。両親は共働きのため不在で滅多に帰って来ないらしい。


 夕方のちょっとしたひととき、少し弱くなった太陽光がカーテンの隙間から差し込んでくる。


「夏にサザンがキノコ公園でライブするの知ってる?」


「うん、絵里、サザン好きなんだよね」


「そうだよ、音楽番組での一言を実現するために駅前で署名活動してた人もいたんだから」


 二人は勇一の部屋のベッドに腰掛け好きな音楽やテレビ番組など、決して特別ではない話題で談笑した。ただ、勇一の左手の上には私の小さな右手が重なっていた。そこだけは二人の関係を示していた。


 しばらく続いた会話が途切れると、勇一は重なる私の右手から自身の左手を引き抜きその手を私の右手の甲を掴むように置いた。


 その手は温かくて、けどどこかざわざわしていた。


 瞬間、互いの心拍数が上がると同時に頬が少し赤らむと、私は胸の高鳴りを抑え、少し唾を飲み、勇一の瞳をそっと見つめ微笑みかけた。


 それに反応してか、勇一も、はっとして唾を飲み込んだ。


 ついに私も目を合わせられなくなり、頻繁に唾を飲み俯いたまま黙り込む。胸が張り裂けそうとはこの事を言うのか、気が気じゃない。知らぬ感覚への恐怖と少しの好奇心が交錯する。


 勇一の小さな手が私の背中を押さえて抱き寄せる。更に高くなる二人の鼓動、抑えられない衝動、やや多量の唾を二度続けて飲み込む私は、目を閉じて彼の胸に左耳を当てる。


 確かに聞こえる、心臓の音。


 ドクン、ドクン―――。


「すごい、心臓の音」


 勇一の息がどんどん荒くなるのがわかる。


「絵里、いい?」


「……うん、いいよ」


 私はそのまま、ゆっくりと、その温かい手に押し倒され包み込まれた。それは痛みを伴うけれど、とても温かく、私はからだから意識を離されそうになった。けれど彼の胸の中へと魂を吸い込まれてゆくような、不思議な感覚だった。



 ◇◇◇



 じめじめとした生暖かい夜、ゴールデンタイムのドラマが始まる少し前。こんな時間まで鳴いているアブラゼミの声を聴きながら、痺れる足で閑静な住宅街を歩き未砂記が待つ家へ帰った。デリケートなところが、まだジンジンと痺れている。


「ただいま〜」


 リビングでは夜遅くまで一人ぼっちにさせてしまった未砂記が私を出迎えてくれた。


「おかえり〜」


 私は心の中で未砂記に言った。


『こんな遅くまで一人ぼっちにしてごめんね、そしていつも私を一人ぼっちにさせないでくれて、本当に、ありがとう』



◇◇◇



「ただいま〜」


 アブラゼミの声が心地良い夜、姉貴が彼氏の勇一とデートをして帰ってきた。


「おかえり〜」


 両親は帰って来なくとも姉貴が帰れば一安心。寂しさはさっとどこかへ消えていった。


「遅くなってごめんね、いま焼きそば作るからね」


「うん、ありがとう!」


 遅く帰ってきても、姉貴はいつも通り私に夕飯を用意してくれた。ただ、どこか魂が抜けたような、心此処に在らずといった雰囲気ではあった。


 こんなことを口にするのは恥ずかしい私は、心の中で言う。


『姉貴、今日もおつかれさま、いつも私を一人ぼっちにさせないでくれて、ありがとう』

近頃は更新が遅くなりまして、日頃ご覧頂いている皆様には大変申し訳ございません。


今回は未砂記の姉、絵里の話をお送りしました。絵里の性格や人間性をちょうど良い具合に表現出来ているか心配です(-"-;)




それではまた次回(^∀^)ノ

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