第四十話:グロウアップ
小田博文、鉄道が大好きな高校三年生。みんなからは『オタちゃん』と呼ばれている。
僕の将来の夢は電車の運転士。だから進路は鉄道会社への就職を希望した。そして見事に内定!!
それ以外にも、二学期に入ってから僕の悪口も聞かなくなったし、超が付く程の大企業に内定ということで、見直したという声も。大企業でも中小企業でも、同じ人である事に変わりはないのに…。正直、その辺は奇妙。
それはともかく仙石原さんから貰ったビーズ万歳!!
と、いうわけで僕は夢に一歩近付いた。ただ、これは僕の幸福の単なる序章に過ぎなかったのだ。
僕はその頃、ある女の子の事を考えたり、一緒に居ると何か胸が擽られる様に苦しかった。珍しい電車が来た時とは違う、沸き上がる感情ではなく、軽く胸を焦がされるような感覚。
あ〜ぁ、なんか黄昏れちゃうなぁ…。
何だろう? この浮かれた気分は。
知りたい。その正体を。
新型車両導入よりワクワクする!
「小田君! 来たよ! コツニィサンサン!」
「あ、は、はいっ!あれが噂の!」
今日は大甕さんのお父さんと、『コツニィサンサン』の試運転を撮影に来ていた。この呼び名は僕らが勝手に呼んでいるだけ。『コツ』は車両センターのある『国府津』の電報略語で、『ニィサンサン』はE233系という東海道線に投入される新型車両。他に中央線や青梅線、五日市線、京浜東北根岸線、その他さまざまな路線で使用されている。
やっぱり電車もワクワクするや。
電車の撮影をした後、大甕さんのお父さんと別れ、僕は教習所へ行った。
教習所に着くと、仙石原さんと大甕さんが長椅子に掛けて談笑していた。偶然予約した時間が僕と同じだったのだろう。
「おっすオタちゃん!」
「おっ、撮れた? 233(にぃさんさん)」
「どうも〜、撮れたよ~」
僕は基本的に女子は苦手だけれど、この二人とは日常会話をすっかり平然と話せる様になっていた。
それは僕にとって大きな進歩だし、何よりこの二人の人の良さが僕を安心させているからだろう。
技能教習を終え、これから学科教習を受講する二人と別れ僕は教習所の出口の自動ドアに差し掛かる。
「小田君?」
この清楚な声は石神井さん?
一瞬でその情報を処理して振り返る。
「あ、こんにちは。石神井さんも教習だったんだ」
「はい、私は学科の方を」
清楚な容姿に女神のような笑顔でそう答える彼女に反応し、僕の心拍数は異常に上がって緊張してきた。この人と接すると今までの人見知りの緊張とは違う高揚がある。かと言って珍しい電車が来た時のものとも違う。この気持ちの正体が解らない。
「小田君、私、そろそろあの事言おうと思う。卒業試験が終わって自由登校になると顔合わせる機会なくなっちゃうから」
その言葉に一瞬戸惑った。石神井さんが重く受け止める必要はないのかも知れないけれど。
「そうだね、じゃあさ、少しお茶しよう?」
自然とそういう流れになった。今までなら自ら誰かをお茶に誘うなどなかったのに。でも石神井さんの気持ちを考えると、少し話をしてみようという気持ちになった。
これは2008年現在の話ですが、改訂した2012年現在、E233系はすっかり東海道線の主力となりました。黒い抗菌吊り手や、空気清浄機を搭載している快適な車両です。