第三十四話:宮下優成の年末
年末という事で、俺と未砂記は仙石原家の大掃除をしていた。俺は脚立を使い、外壁や窓を磨き、未砂記は部屋を掃除。昨日は雨が降って足場が悪い。
不安定だなぁ、足場がキュッキュいってる。滑りそ…
キュウィン!
「ぬほあっ!?」
カンッ! ズポッ! ドスン!
「とぅぉああ!?…………痛い、ケツ打った」
足を踏み外して脚立から滑り落ちた。怪我はしてない。
「うわ〜、大丈夫?」
見てたのかよ…。またダッセェ所見られた…。
「あぁ、まぁ…」
「それにしても面白い落ち方したねぇ!!」
うわ〜、嬉しそ〜、コイツ、俺の不幸を喜んでやがる、オマケにムフフみたいな目で見やがって。クッソ〜、覚えてろ?
「まぁ落ちた所で一段落して、お昼にしよう?」
「は〜い」
昼食の後、俺は再び窓ガラスを磨き、それを終えて末砂記と家の中の掃除を始めた。引き出しの整理をしていると、「優成へ」と語尾にハートマーク付きで緑のラメ入りペンで宛名書きしてあり、またもハート形のシールに封をしてある横長で水色の封筒が出てきた。未砂記から俺に手紙?
「未砂記ぃ、これは?」
「うわぁぁぁっ!! まだ見ちゃダメ!!」
何なんだ? 急に血相変えて、まさかラブレター?
うぉっと! 今度は日記帳を発見。意外とマメなんだ。
「じゃあこの日記は読んでいいか?」
「あぁ、それならいいよ」
あっさり承諾。早速開いてみる。
「今日から三年生!! 高校生最後の学年でキノコ(宮下)と同じクラスになれました! もう二度とない告白のチャンス!! ふぁいと!」
こんな感じで四月の新学期初日から始まり、現在までの記録がルーズリーフで綴られている。
整理を更に進めると、また一冊日記帳が出てきた。こちらは普通のキャンパスノートだ。
「あっ、これはちょっと…」
また少し焦った表情を見せ、閲覧を拒んだ。
「あぁ、分かった」
「ごめんね」
「いや、俺の方こそ、引き出しの整理なんかしちゃって、悪かった。俺は風呂掃除でもするよ」
悪いなぁという表情で謝る未砂記。誰にだって見られたくないものはある。
当 然だが、例え恋人同士という特別な関係であっても、それを侵す権利はない。いや、権利とかそういう事ではなく、本能的に引く、というより理性が覗きたい気持ちを沸き立たさせない。それが人にして人という生物だろう。
その面に於いて俺は、自己が生きとし生けるものの中で『人』に匹敵、若しくはそれ以上の存在である事を証明していると思う。逆に言えばそれを抑えられない人、若しくはそこまでの発想に至らない人は、俺の中の定義では人とは呼べない、それに匹敵しない存在だ。一言で言えば、人間性に疑問を感じると言ったところだ。
しかし、アリストテレスが唱えた「全ての人は生まれながらにして知る事を欲する」という言葉があるし、確かにそうかも知れない。『知る』事を欲しない限り、人類としての発展は望めないが、時には『知る』事を求めない、それも人類として内面的に発展へ導く術だと俺は思う。
知るべき所は知る、知るべきでない事は知らない、その双方を履き違えず、常に良い方向へと持って行こうとする事で、この世界はより発展し、均衡を保てる。しかし現代日本の場合、組織の偽りや隠蔽と言った『知らせないようにしようとする行為』、マスコミの『知らせようとする行為』が互いに暴走し、これを保たせていないと言い切る自信が俺にはある。
未砂記の日記一つでこんなに色んな事を考え、しかも、最初に求めていた結論とは何か違うものに辿り着く俺。いや、結論など求めていないから最初とは違う方向にズレる。そもそも俺が考えていた事の主題は何だ?
◇◇◇
主題は『知る』か…。
結局、自分で暗中模索しながら『知る』事を欲しているようだ。
『目の前のそれを知ろうとしない事は、自分の別の気持ちを知ること』
これが結論。
ついでに、『知ろうとしない』事には大概、『面倒』という言葉をはらむ。
そんな事をボ〜ッと考え、いつの間にか風呂場に移動し掃除を始めると、何やら鈴の音が聞こえてきた。
シャンシャンシャン♪♪
「にゃ〜」
久々の登場、ネコという名の猫だ。
「こんにちは〜」
「…」
シャンシャンシャン♪♪
俺が挨拶をすると、ネコは無言で横を掠めた。
◇◇◇
掃除を終えて近所のコンビニへ。
「あら、宮下さん、こんにちは」
俺に挨拶してきたのは、こちらも久々の登場となる石神井さん。なんて礼儀正しい清楚で良い娘なんだ。
「こんにちは、石神井さん」
石神井さんは、俺が持ってる店内カゴを見つめた。やべ、そういえばコンドーさん入ってる…。
「あっ、これ、私も好きです」
少し頬を赤くしながらカゴの中身を見つめる。
えぇーっ!? まだ傷付いてなさそうなのに、こういうの意外と好きなの? 実はけっこう凄かったりして!?
「へ、へ〜ぇ、そうなんだ…」
「えぇ、結構イケますよ? 今までにない感じです」
結構イケる!? 今までにない感じ!?
「へ、へ〜ぇ、じゃあ早速試してみよう…」
「えぇ、是非! 意外と合うんですね、ポテトチップスとマヨネーズ」
あぁっ! そっちかぁ!
石神井さんが見ていたのは、コンドーさんの隣に置いた、ポテマヨチップスだった。こっちはこっちで意外だなぁ、こういうの食べるイメージないから。
「あと、煙草は駄目ですよ?」
煙草? うぁぁぁっ!!
そう言って、石神井さんはカゴの中の例の物を手に取った。
「い、いや、こ、これはっ、は、ハイポだよ? 意外とイケるんよ!?」
どうやら石神井さんは、コンドーさんを煙草と勘違いしていたらしい。煙草はカウンターで買うものだから買い物カゴには入れませんよ。なんだか冷や汗をかいてしまった。
「あっ! そうでしたか。失礼致しました」
石神井さんが隣に居るし、割と大きめの声でハイポとか言って誤魔化したせいで、レジに出した時、店員の目が異常に気になった。
未砂記の家に戻った俺は、色々あって疲れたのでソファーで昼寝。ネコが出入り出来るように少し窓を開けてあるので冷える。たまに枕元にネコが捕獲した鳥や虫が置いてあるので怖い。
◇◇◇
「コラッ、お前、ガールフレンドの下着盗んでブルセラに売ろうとしたんだろ?」
警察の取調室だ。俺が下着ドロ? いやまさか。
「何言ってんだぁ、ホラ、俺の一本やるから、正直に言った方が楽だぜ?」
警官は俺にセブンスターという煙草を勧めた。
「あぁ、じゃあ遠慮なく」
未成年に煙草勧めてるよ。法を犯した者を取り締まる警官が…。
「未成年の喫煙は駄目なんよ?」
警官は自ら勧めた煙草を自ら引っ込めた。そりゃそうだ。
「わぁってるよ(分かってるよ)。それに、俺は生憎タバコはやらない主義なんでね。兎に角、それでも俺はやってないから、アンタ、面倒なんでしょ?真犯人捜すの」
◇◇◇
なんだ、警察でのくだりは夢か…。寒いので手を口元に置き、体が縮こまっていた。
うわ〜、なんか気持ちいぃ〜、ズリズリ。
ん? 何にズリズリしてるんだ?
「うわっ、優成、隠れてそんな事するなんて最っ低ぇ…」
?
「現行犯だよ?」
現行犯? だからやってないって。それにあれは夢だろ? コイツ夢を覗けるのか?
!!!?
「いやっ、違う! 違う! これはっ!?」
な、なんでぇ!? なんで俺の手の中に未砂記のピンクのパンティーがあるのぉ!?
「このバカチン!!」
ボコッ!!
「ぬぁふぉぁっ!!」
未砂記に急所を殴られた俺はその場で疼くまった。
シャンシャンシャン♪♪
「にゃ〜」
ネコが疼くまる俺の頭の上に何かを置いていった。
「あっ、そういう事かぁ!! ごめんね優成ぃ」
ネコが置いていったのは俺のトランクスだった。つまり、未砂記のパンティーを置いていったのも多分コイツだ。
「ごめんじゃ済まねぇ…」
急所を殴られた時の痛みは相当な物だ。ゴールデンボールにジワジワ響く…。
「でも、パンティーでズリズリしてたのは事実だよね?」
あっ、そういえば。
「いやそれも違う!! 寝ぼけてて!!」
ボコッ!!
「どふぅああああ!!」
「ゴメン、今のはノリでやった」
テヘヘって顔しやがって。こっちがどんなに辛いか分かってるか?
「お、覚えてろ…」
そのまま暫く、情けなく縮こまり、三十日、晦日の夜を迎えた俺だった。
明日はいよいよ大晦日。Oh! 味噌か! うぅ、我ながら寒っ。
ネコのために窓を開けているので、外の冷たい風が部屋に入り込む、そして、自ら心まで冷やした俺だった。
今宵もテグスにビーズを一粒通す。
気が付けばもう年末。
作中の、ネコがパンティーを加えて来たのは実話です(°o°;;