第三十一話:カミナリイルカ
夏休みもあと残り僅か。埼玉の友人二人と遊ぶため東京に向かっていた。埼玉県の人は東京で遊ぶのが当たり前らしい。神奈川に住む俺に埼玉在住の友人が居るのは、さいたま市内に親戚が住んでいて、幼少期に公園で遊んだのがきっかけだった。
遊ぶのは遊園地。俺と二人の合流地点となる駅に集合。オタちゃんに電車の時間をきっちり調べてもらった俺は集合時間十五分前に到着。
だがそんなのは無駄だったようだ。二人が到着したのは集合時間十五分後だった。
「わりぃ。服選んでたら遅れた」
「悪いね。一服してたら時間を忘れちゃって」
なんなんだコイツら…。
ここで呼び名を紹介。服選びで遅れたのはロッカー。ハードロックが好きだからだ。一服して遅れたのはスモック。スモーカーではあまりにダイレクトなので少し言い換えてこうなった。
遊園地に着くと、とりあえず園内をフラフラし、ベンチに座って一休み。
「ねぇねぇ、この格好なら大学生に見えるよねぇ?」
ベンチ横の灰皿を見つめ、スモックが大学生に見えるよねぇ? などと言い出す。それはつまり…。
「おい優成ぃ! あっち行こうぜ!」
「あぁ、ってか今は俺アイツの事知らねぇ」
「ねぇちょっと何それ?」
こんな所で検挙されたくないのでスモックと少し距離を置き俺とロッカーは缶コーヒーで一服。スモックはやはりマルメン(煙草)をポケットから取り出した。
それにしても吸ってる時のアイツって自分の世界に入り浸ってるよなぁ。
◇◇◇
同時刻、神奈川の未砂記の家。
「優成のビーズもオタちゃんのビーズも大分増えたなぁ。オタちゃんは夏休み一杯で終わりにしてもいいかな」
そろそろビーズの秘密、話してもいい頃かなぁ。でも良かった。二人とも。前に比べれば…。
◇◇◇
夕方、優成たちが遊ぶ遊園地。
「なぁ、何回乗るんだよ…もう疲れた。肩凝った」
「うるせぇなぁ! これのために来たんだろ!?」
「そうだそうだぁ。一服したらまた乗ろう」
俺は絶叫マシーンの乗りすぎで疲労が蓄積していた。もう十一回乗っていた。そしてスモックよ、君は一日何本吸うんだ?
「じゃあ最後の一回行こうぜ!」
マシーンは出発すると目の前の勾配をゆっくり上昇してゆく。
「あぁ、まただ、もういい加減にしてくれ…」
頂上で止まりそうなくらい速度が落ちる。
あぁ、きた…目ぇ閉じよう…
グァァァァァァァ!!
そして地に落ちる雷の様に一気に地面近くに下っていく。
「ぶほぅはぁぁぁぁ!! ぐほぁっ!!」
中年オヤジが痰を吐く時の様な俺の絶叫っ!!と言うより凄まじい風によって出てしまった声…
身体が宙に浮くぅ!!何度乗っても慣れないぃぃぃっ!!
「Mother f×××er yeah!! うほ〜いっ!!」
「うゎゎゎゎい!!」
二人とも楽しそうだなぁ…。
急降下の後、イルカが海を泳ぐ様にループを繰り返したマシーンはようやくコースを一周。絶叫尽くしの長い時間がようやく終わりを告げた。
だが再び俺を悲劇が襲うなんて、この時は思っていなかった。
その後は食事をしながら男同士の雑談を楽しんだ。
「じゃあな!!」
「じゃね!!」
「じゃあまた」
遊園地を出て朝集合した駅で解散。
「あ、もしもしオタちゃん?いま秋葉原なんだけど、帰りの電車教えて」
「この時間なら通勤快速あるから、それに乗れば品川から大船まで三十分間ノンストップだから早く帰れるよ」
「おう、じゃあそれ乗るよ。サンキュー」
俺は言われた通りに品川から大船までの三十分間ノンストップの通勤快速に乗った。三十分間ノンストップの…。
うぅ、まだマシーンの酔いが残ってる…電車が揺れるだけであの急降下の感覚が…。
うわ、なんか目眩が…。
キィィィィィンという駆動音を出して電車は品川を出発。
やべぇ気持ちわりぃ…。そうだ! ここは十五両目! 車両の端っこにトイレがついてる!
「す…すみません、失礼します…」
俺は通勤客で混雑する車内をトイレという希望に向かって人と人の間ノッソノソ進む。
あれ…?
ぬゎぁいっ! トイレが無いっ!! ここ十五両目だよな!?
オタちゃんにメールだ!!
「その通勤快速は新型車両だから十五号車にトイレはないよ。トイレはその位置から六十メートル先の十一号車までないよ」
六十メートル!? この揺れる人混みを!?
顔が青白くなるのが自分でも分かる。
なんとか三十分我慢して次の大船駅で降り、色々吐き出した俺は、なんとか未砂記の家に辿り着いた。
「おかえりんりんすずむし優成ぃ〜!! どうしたの? なんか顔色悪いよ」
もう未砂記の変な挨拶に突っ込む気力もない。
「あぁ、まぁ色々あって…」
「絶叫マシーン乗りすぎたんでしょ?」
「はい」
「うわっ、ゲ〇臭い!!どっかで吐いたでしょ」
「あ、はい、吐きました…」
最悪だ。あんな酷い目にあって最後にはカノジョにゲ〇臭いとか言われた…まぁあの二人に、特にスモックに関わるとロクなことないのは分かってた。アイツにMP3貸したらイヤホン壊されたり、二年前の夏、池袋で遊んだ時は夕方地震があって電車止まって帰れなくなったり…まぁそれでも付き合いが途切れないから友達なんだけど。
「お疲れさま! 優成のことだからきっと嫌になっても断れなかったんだよね? お人よしだから」
「あぁ、まぁな」
ふっ、ふふぁ〜!! 女神さまぁ〜!! なんてお優しいお方なんだ〜!! あなたと付き合って良かったよ〜!!
「涼しい顔しちゃって、ホントは嬉しいんでしょ? 素直に喜びなよ! それにゲ〇臭い時に涼しい顔されてもカッコ良くないよ!」
「う、うるせぇ…」
なんとか無事(?)に一日を過ごした俺は、今日もビーズをテグスに一粒通した。
今回の話は私の実体験に基づくものが多々含まれています。絶叫マシーン乗りすぎて帰りの電車で感覚おかしくなったことがありました(´Д`;)