第三十話:優成のプチ環境教室
俺を好きになった理由を尋ねると、彼女は再び困った表情になった。
「あの、なんか俺、まずい事言ったかな?」
「ううん、そんな事ないよ。でも好かれた理由は自分で考えてね!」
「自分で考える? 好かれた理由を?」
「そう! 自分でねっ!」
う〜ん、なんだろ…そもそもそんな事考えるのってなんかなぁ…俺も日本人だなぁ…欧米の人はそういう事考えるの得意そうだよなぁ…。
未砂記の家に戻って俺達は受験勉強を始めた。家計が苦しい俺は就職、末砂記は進学で、夏休みが終わりに近付き、就職試験まではあと僅か。
ハァ…四十日以上の連休とも今年でサヨナラかぁ…。
「ねぇ優成ぃ、夏休み中にどっか行かない?」
「あぁ、いいけど?」
そうだよなぁ、就職試験の勉強も大事だけど遊ばないと勿体ないよな。
「じゃあ何処にする?」
話し合いの結果、少し奮発して日帰り旅行をすることにした。ただ旅行するのは九月になってからだ。夏休み中は都合がなかなか合わず、近所で遊んだり海水浴などをして過ごした。
翌日、俺は改修中の家に戻り庭の手入れをした。未砂記もついてきて手入れを手伝ってくれるというので連れて来た。
「うわ〜っ、なんてこった…」
「あ〜、大変だねぇ…」
庭には池があって、その池の水草が増えすぎたワカメのように池を埋めつくしていた。
「あ〜、俺のビオトープ計画が…」
「草取らなきゃね。ってか優成ってそうゆうの好きなんだぁ」
「うん。小さい頃からの趣味」
ビオトープとは、簡単に言えば昆虫などを含む動植物が共存する人工的な空間の事。庭に池を作ったり周囲に木を植えたりして自然に近い空間を作るのだ。
俺は小さい頃から自然に興味があり、この庭のビオトープはここに引っ越してきた小学三年生の時から作り上げてきたものだった。
この池からは春にはオタマジャクシが泳ぎ桜が咲く頃にヒキガエルになったり、初夏にはオオシオカラトンボやヤブヤンマといったトンボが飛び立ってゆく。
水草が増え過ぎると良くないのは、そこに棲む生き物の身動きが不自由になったり、植物は光合成もするが呼吸もするので、外の酸素が入りにくい水中では二酸化炭素の濃度が高くなることもあるからだ。実際に密室で大量の植物を置き、そこで一晩過ごした人が酸欠で死亡したという話も聞いたことがある。
「ねぇ優成ぃ、ここって決まった種類の生き物が棲んでるんだよねぇ? なんで種類が決まってんの?」
「あぁ、それはここの環境が変わってないからだよ。この庭には木があるから池の周りに木陰が出来る。例えばオオシオカラトンボは周りが木で囲まれていて泥で濁った水質の池を好むんだ。この池はその条件を満たしているからオオシオカラトンボは毎年ここに来て産卵する」
「へぇ、じゃあ普通のシオカラトンボは来ないの?」
「あぁ、普通のシオカラトンボは開けた明るい池が好きだからな。同じ池でも日向にはシオカラが居て木陰にはオオシオカラが居たりするんよ」
俺が小さい頃からこういうのが好きにだったきっかけは生まれ故郷の田舎町で虫を追い掛けている時に出会った同い年くらいの少女がきっかけだったが、それはまた別の話で。
「そういえば最近あんまりトンボ見ないね」
「あぁ、住宅地が増えたり温暖化の影響もあるのかな」
未砂記の言う通り、子供向けの図鑑には何処にでもいる普通のトンボと記されているシオカラトンボすら滅多に見かけなくなった。それにトンボだけじゃない。ヒグラシの声もあまり聞かなくなったしアマガエルも見なくなった。環境は目に見えるくらい確実に悪化している。
「環境悪いんだね。私もなんか出来る事あったら協力するよ」
「サンキュ。まぁ出来る事っていったら例えば紙は燃えるゴミに出さないで古紙回収に出すとか身近な所かな」
「あ、それならやってるよ!」
「おぉ。じゃあこれからもな」
「は〜い!」
進学とか就職とか進路の事も大事だけど環境も大事だ。環境対策にはよく言われるリサイクルとか節電等の他に地元で収穫された農作物を買う等もある。地元の物を買えば遠方から物を運ぶために使われるトラック等から排出される二酸化炭素の量が少なくなるからだ。
夕方、庭の手入れを済ませ、俺たちは末砂記の家に戻った。そして夜、いつものようにビーズをテグスに一粒通し一日を終えた。
長く続いた未砂記の話が一段落した所で今回は優成の趣味の話をおひとつm(__)m
でも今後の展開に繋がる(?)ネタを撒いておきました(^^;
環境を大切に。