第三話:小さな幸せ
連休最終日、俺は予定通り、オタちゃんと電車に乗って出掛けることにした。
駅で待ち合わせをして、先ずはいつもの電車からスタート。
俺たちの住んでいる神奈川県は割と観光資源に恵まれていて、普段から遠出することは少ない。そのためかどうかは分からないが、その日の俺は少し緊張していた。
オタちゃんは今乗っているいつもの電車について語り出した。
「この電車は東海道線用の通称“にぃさんいち”。東北線にもこのタイプは走っているけど座席の配置とかが違うんだ。東北線タイプは湘南新宿ラインとして横須賀線の逗子まで乗り入れてるんだ。東海道線タイプは群馬の前橋まで行くよ」
俺からしてみれば東海道線も東北線からの逗子行きも一緒だが、次に見たら気をつけて見てみよう。
そうこうしている間に景色は変わっていく。さっき喋り始めた時はビルが立ち並ぶ渋谷辺りにいたのに、いつの間に外は埼玉か群馬の田園風景に。普段落ち着かない生活を送る俺にとって、このただ広がる田園風景には何かホッとするものがあった。
「電車って凄いでしょ? いつも乗り慣れている車種でも、長く乗っていれば、いや、いつも降りる駅より一つ先まで乗るだけでも、いつもとは大分違う風景を見せてくれるんだ」
そんなオタちゃんの言葉に、俺はただ納得するしかなかった。
しかしこの後、この旅行計画は地震による列車運転取りやめで中止になった。
俺たち二人が辿り着いた土地でもやや大きく揺れたので、万一に備え急遽引き返した。
以前、土曜日の夕方に東京都足立区で震度5弱を観測した時、当時付き合っていた大甕浸地という女の子とのデートで新宿に居た俺は、電車の大幅な遅れで日付が変わる頃まで家に帰れなかった事があった。
殺気立った人々、振替輸送で混んだ地下鉄、家に帰れないのではという不安、あれには懲り懲りだ。
関東で大地震が起きたら地元はどうなるのか。そんなことを帰りの電車で話していた。
江ノ島の近くまで戻ったら、なにやら浜辺でコンサートをしていた。
アーティストの歌に聞き浸りながら、何だか不思議な気分を味わっていた。今日は俺にとって、イベントフルな一日となった。
たまにはこんな穏やかで楽しい思いをしても悪くないかな。素直にそう思った。地震を除けば。
その夜もまた、ビーズをひとつ、テグスに通して就寝した。